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クラスのお嬢は身の程なんて構わない!  作者: 舟渡あさひ
ガールズバンドは平穏知らず
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第68話 まるでプレゼントを包むようですわね

「ハンカチ、使う?」

「ありがど……ヂーン!」


 鼻までかむ?? いいけども。


「で、多々良は桃ジュース二つも持ってなにしてんの? こんな時間に」

「返さなくていいです。いや、これは、えっと……差し入れ?」


「……ふへっ、多々良らしいね」


 留目さんは俺がプレッシャーに負けて手に入れた当たりの桃ジュースを受け取って、それから代わりとばかりに俺のポケットにハンカチをねじ込んできた。


 いいって言ったのに!


「それ飲んだら寝てね、明日帰るんだから。寝不足だとまた車酔いするよ」

「多々良に言われたくないんだけど。いい子は寝る時間でしょーが」


「別にいい子じゃないしなぁ……それに、今日は歌詞ができるまで寝ないって決めたから」

「あたしがやるからいいって言ってんのに……ねえ、どこまで出来た?」


「まだ単語並べてるだけだけど……」

「見して」


 缶に口をつけながら差し出された片手に、渋々スマホを乗せる。

 すると単語の箇条書きにすぎないメモを、留目さんは興味深そうにしげしげと眺めた。


「ふーん? 多々良って成績いい印象ないけど、意外と頭いいよね。あたしじゃ出ない語彙だなぁ」


 一言余計だなぁ……。


「……留目さん、一つ聞いていい?」

「内容による」

「え、ええと……留目さんは、どうしてプロになろうと思ったんだろうって、気になったんだけど」


「んー……多々良って口堅い?」

「どうだろ……言うなっていわれたら基本言わないけど、話さなきゃダメだって思ったら話しちゃうかも」

「正直だな〜」


 ヘラっと笑いながら返されたスマホを受け取る。留目さんは話し始めるまでに二度ほど、唇を湿らせるようにジュースを飲んだ。


「あたしさ、アイドルになりたかったんだよね」


 瞬間、脳裏に浮かぶ。スポットライトを浴びながら歌って踊る、フリフリドレスの留目さん。


「笑わないでよ? 似合わないのはわかってるから!」

「そう? めちゃくちゃ似合うと思うけど」


「お、おぉう……多々良って、いつか刺されそうだよね」

「なんで!?」


 えっ嘘? 機嫌損ねた?

 顔逸らされた。ヤバい。顔色が読めない。


「いや別に、なりたかったって言ってもあれだけどね。宝くじ当たんないかな〜買ってないけど! みたいな。口先だけの夢だったんだけどさ。キラキラのステージってゆーのに、人並みに憧れたわけよ」


 よかった。とりあえず声は不機嫌ではなさそうだ。


「それでバンドに?」

「なりゆきでね〜。バンドもののアニメ見てたらパパが昔使ってたギター出してきて、触らせてもらって、そのままなんとなく。それでいつの間にかおやさい販売機を組んでて。で、初ライブやって――」


 留目さんの目が遠くなる。どこか遠くを見てる。


「他のバンドのおまけで出してもらって。でもメインのバンドが急に出られなくなって、めちゃくちゃガラガラでさ。なのに狭いライブハウスの、たった数人の目が、昔妄想したサイリウムでいっぱいの武道館よりずっと、眩しくて」


 見える気がする。俺にも。

 今目の前にはないその光が、留目さんの瞳に反射する。


「――そうだった。あたし、またあれが見たいんだ」


「……忘れてたの?」

「ちょっとね。満足しちゃってたみたい。成功か失敗かで言えば失敗だった癖にね。思い出させてくれてありがと、多々良」


「俺はなにもしてないよ」

「いーやしたね。このままじゃ気が済まないもんね。だから勝手にアドバイスします」


 アドバイス?


 展開の早さに置いていかれかけていると、そのまま処理するには大きい質問を投げられる。


「多々良はさ、なにを歌いたい?」


 ……歌?


「俺はボーカルはやるつもりないけど……」


「あたしはボーカルもやるから。だから自分が歌えないものは詞に籠めないことにしてんのね? まあ、時々手癖で気持ちが入らない、それっぽいだけのモノ書くときもあるけど……なすびのやつ、そーゆーの絶対気づくんだよなぁ……」


 あぁ、そっか。だからか。

 だから留目さんの歌はあんなに、なにともなく惹きつけられるのか。


「あっ」

「えっ?」

「あーそっか、なすびもこんな感じか。ふーん……なるほど……」


「あの、留目さん?」

「多々良のもさ、たぶんそうなってんのよ。これ全部、多々良が本当に言いたいこと?」


 指をさされて画面を眺める。

 言いたいことかと問われれば、そうだと言えるものもある。ただなんとなく、響きがいいなと思って入れたものもある。


「なんかね、ペラいのよ」

「ペラい……」

「そう。表面だけっていうか、詩的だけど、それだけっていうか。ふーん……なすびにはこれがバレてたんだ……」


 あの、俺へのアドバイスと自分の反省を織り交ぜられると受け取りづらいんですけど。


 でもなんとなく、わかる。

 薄っぺらい。それを自分でも感じるから、なんだかしっくりこなくて詞になるまで並べられなかった。


「多々良はさ、誰になにを言いたい? どんなことを伝えたい? どんな気持ちを歌いたい?」


「ディナにも聞かれたな……俺の表現したいことはなに? って」


 表現したいこと。

 言いたいこと。

 伝えたいこと。


「最初はさ、頑張れって言いたかったんだ」


 前に進む譜久盛さんに。止まってしまった音居くんに。


「頑張れって。大丈夫だよって。言ってあげたかった。でもね」

「でも?」

「今はちょっとね、『なんでだよ』って思ってる」


 ――私はどうして、彼に好きと言ってしまったのでしょう


「好きを伝えたことを、間違いだったみたいに言う人がいるんだ」


 ――応える資格だって、俺にはねえよ


「好きなものに、手を伸ばしちゃダメだと思っている人がいるんだ」


 ――悪者ぶるのにも疲れちまったぜ


「やりたくもないことをやれなかったことを、好きになってしまったせいみたいに言う人がいるんだ」


 ――誰でもよかったところにたまたま収まっただけだからぁ


「好きな人に見つけてもらったのが、自分の要素だけみたいに言う人がいるんだ」


 ――泣いてるときしか……っ! 本気になれないから!


「好きなことのためになりふり構わず頑張れるのに、人に劣ってるみたいに言う人がいるんだ」


 どれもこれも。覚えがある。

 ディナに気づかせてもらうまで、俺もそうだった。


 でも、だから。

 なんでだよ。やめてよ。同じにならないでよ。


 特別なことだよ。


 すごいことだよ。


 俺にはどれもこれも、眩しくて仕方がないよ。


 だから〝好き〟を、そんな風に言わないで。胸を張って。


 俺も、そうなりたいから――。


「俺に君を追いかけさせてよって、そう言いたい」


 どうか待っていてほしい。

 いつか俺が〝身の程知らず〟になったら辿り着く、その先で。


「じゃあ、練習だね」

「練習?」

「気持ちを歌にする練習」


 留目さんのギターが音を奏でる。

 よく知っている曲。だんだん俺も弾けるようになってきた曲。


「『あこがれ星』?」

「好きって言ってくれたでしょ。ほら、歌って歌って」


「えっ!? そんな急に……」

「歌詞は知ってるでしょ? ならあとは勇気だけだよ。ほれ早く」


 迷っている間にも曲は進んでいく。

 あとは、勇気だけ――。


「瞼閉じれば♪ 今も輝くー♪ 私だーけの一番星ー♪」

「そうそう! 上手い上手い」


 声が震える。ちょっと気恥ずかしい。

 でも、留目さんがどんな風に気持ちを込めて歌うのか、その見本はたくさん見てきた。


「胸に手ーを当ーてーれば♪ 今も湧いーてーくる♪ この勇気まーで嘘じゃあなーいでしょう♪」


 例え思い出がつくる幻想でも


 形をもたない理想でも


 闇夜の一枚奥にあれ


 私のあこがれた星


「はぁ……いい曲だね」

「でしょ。どう? 書けそう?」

「今までになく」

「ならよかった」


 最後の一滴までジュースを飲み干し、ギターを片付け始める。それが解散の合図だった。


「多々良」

「はい?」

「負けないかんね」

「……うん」


 その激励に勇気をもらって部屋に戻り、まず最初にしたのはスマホのメモを消すことだった。

 もうこんなものに頼らなくても、言葉の種は俺の中にある。


 たくさんの顔が浮かぶ。伝えたいことがあふれてくる。


 どんな言葉で伝えようかな。


 どんな歌なら届くかな。


 どんな気持ちを込められれば――君の心に、火を灯せるかな。


 その瞬間を思い浮かべるだけで、心が弾んで仕方がなかった。


☆今日のLyrics☆


『あこがれ星』


作詞:とめと


星が見たくて夜空を見上げた

思ったより星は見えなかった

「一番星見つけた!」 指を差した

あれは衛星だよって 笑われた


こんなにも空は 不鮮明だっけな

こんなにも星が 見えなかったっけ

子どもの頃 私を惹きつけた輝きは

どこに消えたんだろう


瞼閉じれば今も輝く

私だけの一番星

胸に手を当てれば今も湧いてくる

この勇気まで嘘じゃあないでしょう?

例え 思い出がつくる幻想でも

形をもたない理想でも

闇夜の一枚奥にあれ

私の あこがれた星


星になりたくて暗闇に立った

思ったよりも暗くはなかったんだけど

奥の奥の奥まで 照らせてはなくて

それがなんだかすごく 悔しかった


いつまでも私 追いかけてしまうよな

あなたの笑顔を 照らし出す日まで

子どもの頃 私を惹きつけた輝きが

君に届くまで


瞼閉じてもきっと輝く

あなただけの一番星

耳に手を添えれば ほら聞こえてくる

この音色は嘘なんかじゃないよ

例え 今しかない輝きでも

一瞬だけ灯る明かりでも

闇夜を払う光になれ

あなたの あこがれになって


瞳の奥で今も輝く

自分だけのあこがれ星

託された光が ほら


瞼閉じれば今も輝く

私だけの一番星

胸に手を当てれば今も湧いてくる

この勇気まで嘘じゃないから

だから 思い出がつくる幻想でも

形をもたない理想でも

闇夜の一枚奥にあれ


私の 私だけの あこがれ星


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