第63話 また私の見てないところで大事な話をしてますのね
夕食を挟んだことによる気の緩みか、はたまた一日の疲労の蓄積か。
食後の練習は、思ったよりも捗らなかった。
「『諦メロンは挫けない』……」
「くふっ……w おい、ヘンテコタイトルぼそっと呟くのやめろとめと。笑っちゃうだろーが」
「真剣なんですけど?」
「より問題だろ」
「諦メロンのなにが悪いってのよ!」
「ふっく……w だからやめろって!」
「真剣だっつってんでしょ!!」
留目さんと奈須さんの喧嘩にもいつものキレがない。瓜守さんもスティックを握っているのになんだかぼんやりしている。
かくいう俺も、上手くみんなに合わせられなくなってきていた。なんだか曲に入り込めない。
そんな俺たちに解散の号令をかけたのは、唯一いつも通りを維持できているディナだった。
「これ以上は逆に非効率そうですわね。一度解散しましょう。どうせ貸切ですし、続けたい人は気の済むまで自主練すればいいですわ」
「……はぁ、そうすっか〜」
「ごめん、私はもう休むねぇ……」
「きゅーりヘトヘトだもんね。あたしはもうちょっとやろ」
「俺は少し散歩してくるね」
三々五々、各々が各々で動き出す。言い出しっぺのディナは、弦を確認しているしまだ続けそうだ。
俺も後でまたやるからいっか、とキーボードをそのままに外に出る。目の前には海。改めて凄いロケーションだ。
ザクザクと砂浜を踏み歩く。海は奥へいくほど真っ黒で、なんだか宇宙への入り口みたい。
ああそうだ、これも書き残しておこう。
スマホを取り出し、メモアプリに「宇宙への入り口」と書き込む。
詞に入れたい言葉のメモ。なにも出来てない、といいつつも、作詞をすると決めた日からこれだけは一応続けてきた。
単語の羅列は未だ、詞の形を成さないけど。
「なーにたそがれてんだフッキー」
「奈須さん」
「うあやべ、靴ん中砂入った」
後ろから歩み寄ってきて、片方の靴を脱ぎ砂を落とす奈須さん。
ベースを片付けてるのは見てたけど、こっちにくるとは思わなかった。てっきり瓜守さんと部屋に戻るとばかり思ってたのに。
「んで、どうだい? 詞のほうは」
「……あんまり」
「おいおいしっかりしてくれよフッキー? 夏休み中が期限だってわかってるかー?」
背伸びしてまで無理やり肩を組んでこないで。近いです。
「ごめん、一応方向性は見えてきてるし、期限までにはどうにかするよ」
「ほんとに頼むぜー? せっかくとめとがあたしらの反対押し切って引き込んだんだからさー」
「はは……えっ?」
思わず横目で奈須さんを見る。その顔はいつも通りのようで、でも少しだけ、真剣な目をしているように見えた。
「なんだ? そんな意外かー? いきなり素人に『一回だけ混ぜてくれ』って言われて、『いーよー』なんて返すバンドのほうがよっぽど稀有だと思うけどなー」
道理だった。思い返せば、留目さんが話してくれたことだって『留目さんの理由』であって『おやさい販売機の理由』じゃなかった。
なのに今の今まで、少しも疑って来なかった。
「奈須さんは……嫌、だった?」
「嫌っつーか、まあメリットがないよなー。どっちかっつーと嫌がってたのはきゅーりのほうか」
「えっ」
とてもそんな風には見えなかった。
瓜守さんの指導はとても厳しかったけど、でもいつも真っ直ぐだった。
だからどれだけスパルタでも頑張ってこれたんだ。厳しくたって、理不尽なことは一度も――
――『休憩はまだだぁめ♡』
……あんまりなかったのに!
「きゅーりの気持ちもわかるけどなー。あたしらは三人で〝おやさい販売機〟だから」
「なら、どうして」
「仕方ねーだろ? とめとが本気で〝やる〟って決めたら、あたしらじゃもうどーにもできねーんだよ。あたしらは、とめとの夢に乗っかってるだけだから」
施設の明かり。それを呑み込む海の闇。狭間の砂浜を奈須さんは歩き出し、俺が追う。
「とめとはさ、アレで一応本気なんだよ。本気でメジャーデビューしてプロになるって思ってる。笑っちゃうだろ? 無駄話ばっかで練習しないし、なんならあいつ一番ヘタだし、センスもないくせにさ」
「笑わないよ。応援したいと思ってる。奈須さんのことだって」
「言ったろ。あたしは乗っかってるだけだよ」
そんなことはない。ことは、もう知ってる。
「バンド名もメンバーのあだ名も、奈須さんが決めたんだっけ」
「……とめとの案が痛かったからなー」
「歌詞も奈須さんが可否を決めてるよね」
「きゅーりじゃ全部通しちまうからなー」
「今回の合宿も奈須さんが手配してくれた。スタジオのレンタルとかライブハウスへの参加申請とかも、いつもやってくれてるんだってね」
「あいつらがいい加減すぎるんだよ。金もねーのに無駄にでかい部屋借りたがったりさー」
「奈須さんも。本気なんじゃないの?」
聞かずにはいられなかった。
嫌なら嫌だと言って欲しかった。拒絶されたくはないのに。
それよりも、自分の気持ちに嘘をついて欲しくなかった。
「仕方ねーんだよ。あいつが本気でやれって言うからさ」
いつもの飄々とした、ヘラっと笑うような口調じゃなかった。奈須さんの真剣な声は、思えば初めて聞いた気がする。
「やれって言うくせにさ。気持ちだけは自分も本気なくせに。あいつバカだから、なんもわかってねーんだよ。なにをどうしたらいいのかとか、どうしなきゃいけないとか」
「だから奈須さんがプロデュース担当なんでしょ?」
「そんな大層なもんじゃねーよ。あたしもわかってるわけじゃねーしな。どーすりゃ売れるとか、プロになれるとか」
そんなことがわかるなら、きっと誰だって苦労しない。
だからこそ、暗闇の中を手探りで歩いていくのは、どれほど勇気のいることだろうか。
それはどれほどすごいことだろうか。
「わかんねーけどさ。いつも走り出すのはとめとで、必要なスキルはきゅーりが提供してくれて。あたしに出来ること、これしかないから。だからせめて、これだけはどんな手使ってでも成し遂げるつもりだったんだぜ?」
「それが奈須さんの凄いところで、きっと二人も、そんな奈須さんに助けられてるよ」
「……優しいな。いいのかフッキー? そんな風にあたしを甘やかして」
「いいもなにも、だって――」
「あたしは最初から、夏休みいっぱいでお前らを切るつもりだったんだぜ?」
例えば。足元の砂の下に、大きな空洞があって。
サラサラ、サラサラと、足場がゆっくり崩れ落ちていくような、そんな心地がした。
「最初、からって……」
「最初は最初。依頼を受けたときから。言い訳はいくらでもできっからなー。期待に届かなかったでも、ウチの音楽には合わないでも」
「どうして」
「それも言ったろ。メリットがない。とめとが刺激を受けて詞を完成させて、あとは二人を切って、あたしらだけでステージに立ってあたしらだけにファンでもついてくれりゃ、それが一番バンドのためになると思ってたんだよ」
「ちがうよ、どうして」
わかってるよ。君がどんな話し方をしてくれてたか、ちゃんと聞いてたよ。
貫くなら貫けばよかった。
やめるならやめればよかった。
なにも言わずに。なのに。
「どうしてわざわざ、俺にそんなこと――」
「いやー参ったよなー。どんな手を使ってでもとか言っといてなー。あたし惚れっぽいからさー」
一瞬で切り替わる。いつもの口調。
だけど、施設を見上げる奈須さんの横顔はやけに眩しそうで。
「なんでもかんでも、すぐ好きんなっちまうんだよな。とめともきゅーりも、お嬢もフッキーも。お陰で悪者ぶるのにも疲れちまったぜ」
それならどうして。
どうしてそんな言い方をするんだ。
そんな、大事な気持ちを、足枷みたいに。
「だからまあ、あんま心配すんなよ。二人ともちゃんと上手くなってるし、とめとの詞が出来たらもう追い出しもしないからさ。だから、マジで頼むぜ? フッキー」
施設に向かって歩き出す、奈須さんのその背中は逆光でよく見えなかったけど。
その声は、驚くほどはっきりと聞こえた。
「あいつの夢を、ただの踏み台にはしないでくれよ」
しないよ。
声にできたかも定かじゃない呟きを小さくなっていく背中に投げた。きっと届いてはいない。
譜久盛さんたちの背中を押すためにみんなを利用する、なんてつもりでは、もちろんなかった。ましてや踏み台だなんて思ったことはない。
だけどなぜだろう。今までちゃんと考えてこなかった。
バンドに混ぜてもらった。
練習を見てもらった。今もたくさん支えてもらっている。
俺はみんなに、なにを返せるだろう。




