第1話 カルディナ・バーネロンド! 淑女ですわ!
うちのクラスにはお嬢がいる。
学園のマドンナ。
なんちゃら姫。
なんとかの天使様。
どこかの学校にはいるかもしれないそれらとはベクトルの違う存在だと思う。
なにせ彼女は、自己紹介から異質だった。
『カルディナ・バーネロンド。淑女ですわ。皆様、よろしくお願いいたしますわね』
syukujyodesuwa???????
俺の席は一番前だった。彼女の席は一番後ろだった。
あまりに突飛な発言に音を文字化できないまま振り返ると、クラス中の視線が一直線。
彼女の緋い髪と金の瞳に、ただ真っ直ぐに注がれていた。
これは浮くやつだ。
高校デビュー失敗ウーマンとしてクラスで孤立するやつだ。
クラスの中には、俺と同じ心配をした人もいたと思う。
もしかしたら、誰より先に話しかけに行った佐藤さんもそうだったのかもしれない。
しかしそれは、全くの杞憂だった。
『あ、あの、バーネロンド、さん? あっ、私、佐藤良子。あのっ、あの、バーネロンドさんってもしかして、どこかいいとこのお嬢様だったり……?』
『まさか。エセですわよ』
esedesuwayo???????
まさかの二連撃。
油断したところに刺さる二の刃。
深々と刺さりすぎて同じリアクションが飛び出してしまった。
おそらく皆もそうだったのだろう。
既に最初のHRは終わり休み時間になっていたというのに、未だ全員の視線が集中していた。
周囲の得体のしれないものを見る目に全く怯まず、彼女は簡単に語ってみせた。
バーネロンド家。
それは、「パンがなければケーキを食べれば」なんて言っちゃうような人たちが本当にいた時代(多分)、ヨーロッパのどこかに確かに存在していた貴族家であるらしい。
その特徴として、良く言えば芯の強い、悪く言えば融通の利かない頑固マンであることが挙げられる彼らは、自らの信念を全うすべく、それぞれがそれぞれの道を歩みだし、勝手に離散・没落した。
歴史の転換点など、待つまでもなく。
彼女はその末裔であるらしい。
離散によって宗家も分家もわからなくなり、自らの発祥国すら「ヨーロッパのどこか」と曖昧にしか言えない状態なので、どうせ分家の端くれの末裔だろうとのことだ。
『ウチはただの一般家庭ですわよ。戦国武将の子孫だって、今では一般の方ばかりでしょう?』
ようするに、なんちゃってお嬢様なのだということらしい。
それを隙と捉えたか。彼女の左隣の席の男子、芝多くんが意気揚々と仕掛けにかかった。
『草wwwマジwキャラ付け? ww高校デビュー? wwwwてか連絡先交換しねぇ? www』
バカお前干されるぞ!
男子たちの心境はきっとそんな感じだった。
女子たちは知らない。多分引いてた。
しかし、こんなデリカシーに欠ける発言に対しても、彼女の対応はこれまた非常にスマートだった。
『あら、もしかして女性に連絡先を聞くのは初めてかしら?』
『はっ?』
『自分の準備も整わないまま声を掛けるだなんて。余程勇気を振り絞ってくれたんですのね』
『は? ばっ、ちげーし! は? なに? は?』
『そう照れなくてもいいじゃありませんの。なんなら、私が手解きして差し上げてもよろしくてよ? 女性の正しい誘い方』
『い、いらねーし! は? チョーシ乗んなブス! バカ! バーカ!!』
芝多くんは顔を真っ赤にして教室を飛び出していった。
完封。その一言に尽きる。
お嬢様はエセでも強かった。
たとえば、迷惑客を神対応で対処する店員さんを見たような、スカッとした空気が教室に満ちる。
後日芝多くんから呼び出されて仕返しされたりしないだろうか、なんて心配をしていたのは俺だけかもしれない。
しかし、彼女がすごいのはここからだった。
翌日朝のことである。
『うぃ〜wwおは嬢〜www』
『おは芝ですわ〜』
そこにはすっかり打ち解けた彼女と芝多くんが、謎の掌印を構えながらオリジナルの挨拶を交わす光景があった。
一晩で一体なにがあった。
後に芝多くんが自慢していた内容によると、あのあと彼女の方から連絡先の交換を申し出て、一晩のメッセージ交換の間にすっかり丸め込んでしまったらしい。
羨ましいだろ、と芝多くんが彼女の連絡先を高らかに掲げた時には、彼女は既にクラス全員との連絡先の交換と挨拶を済ませていたのが露呈したときの空気は、うん。思い出したくない。
なんにせよ、だ。
彼女はつまり、そういう人物だった。
一般家庭の生まれとは思えぬほどの気品とカリスマを持ち、明敏で立ち回りが上手い。
セットに手間がかかっていそうなウェーブのかかった緋色の髪(調べてみたらくるりんぱという髪型らしい。その名でいいのかレディースファッション業界)や金の瞳を携えた凛とした顔立ちは人目を引く。
だというのに、六月現在に至るまでにはとっくに、クラスの全員(俺以外)から『お嬢』と呼ばれ親しまれていた。
そんな賢く、美しく、それでいて高嶺の花に甘んじない親しみやすさで周囲に馴染む彼女が、だ。
「単刀直入に申し上げますわ」
そういうの良くないだろ、という学級委員のマジレスにより未完成のまま闇に消えた、芝多くん発の『一組女子可愛さランキング』でも一位から十九位までの枠の外側で、堂々の『お嬢枠』に輝いていた彼女が、だ。
「多々良 吹」
放課後、誰もいない二人きりの教室なんて手垢にまみれたシチュエーションで、俺にこう言うのだ。
「貴方のことが好きです。私と恋仲になっていただけないかしら」
なんでぇ?