草すらも資源
いつもは朝の身支度を済ませて宿を出ると
「冒険者ギルドへ直行して依頼を受け、早速仕事に入る」
訳だが…
今朝の俺は一味違う。
先ず服は昨日【廃品回収】で出てきた新品同様の服を着込んだ。
スエード生地の茶色の長袖上着とズボン。
冒険者が防具の下に身に付ける服の定番だ。
(因みに冒険者は真夏でも厚手生地の長袖長ズボンが当たり前)
硬い皮のブーツも付いてれば最高だったが…
流石にブーツは捨てられてなかった。
かなり大きめではあるが、本来なら身体にフィットするデザインの服だ。
筋肉の貧弱な俺がゆったり着てもそこまでブカブカではない。
ただ
(血まみれで破れてた筈だし、刺繍とかもあった筈なのに、綺麗に修復されてて刺繍が消えてるんだよな…)
という点は何度見ても不思議に感じる。
しかし新品同様の服だ。
気分も弾む。
今日の予定としては
「郊外へ出て小枝を拾い、小枝をノートへ変える作業を行う」
つもりである。
ノートを古道具屋ーー日本でいうリサイクルショップーーで買い取ってもらえば、黒パンとチーズ代くらいにはなる。
宿の宿泊代を稼ぐには、その後、何か依頼を受ける必要がある。
煙突掃除やドブ掃除。
堆肥化用排泄物回収。
公衆便所の掃除。
農家の畑の草むしり。
農家の収穫手伝い。
犬の散歩。
そんな感じの雑用。
他人の家に上げてもらえるベビーシッターやら家内作業のお手伝いは低ランク冒険者にとっては「汚くない、キツくない仕事」として人気。
競争率が高い。
だが、そもそもベビーシッターやら家内作業のお手伝いやらの競争率の高い仕事にしがみ付いてる連中は、ほぼ全員性格に裏表がある。
お喋り好き。
媚びを売る相手には愛想良く近づく。
競争相手になりそうな冒険者の悪口を吹き込む…。
そんなカスばかり…。
なので俺なんかも、ベビーシッターや家内作業の依頼を出す依頼主側の人達から妙な目で見られる。
既に悪口を吹き込まれていて
既に偏見が出来上がってる感じだ。
当然、依頼を受ける事があっても粘着な警戒と嫌悪の視線を向けられて居心地が悪い。
汚くもない、キツくもない良い仕事の筈なのに…
進んで受けたいとは思えない対人環境だ…。
こういった
「ポジション獲得のため、競争相手の評判を落とし、周囲に偏見を植え付けて回る」
ような心理戦で他人を陥れるカスな人間の本性というものは…
「陥れられた側の人間しか認識できない」
事が多い。
(標的視されてない普通の人達の目にはカスどもが「ただの愛想の良い少年少女」に見えている)
その手のカスにターゲットにされた経験のないお気楽な人達は
「騙されるために存在している」
かのように延々と騙され続ける。
カスに騙され
カスに踊らされて
人間関係面で作らなくても良い敵を作り
恨まれてしまう。
そんな素朴で騙されやすい人達…。
俺は正直、そんな人を見る目の無い人達とは関わりたくない。
「体調崩して体力的に汚いキツい仕事ができない」
時とかじゃない限りは…
自分から汚いキツい仕事を選んでこなしている。
今日も楽な仕事は選ばないつもりだ。
だが宿代を稼ぐには犬の散歩ぐらいでは稼げない…。
素泊まり用の安宿は小銀貨1枚と大銅貨5枚。
日本円に換算すると1500円くらいと激安。
「その程度の金を稼ぐ」
のでさえ公衆便所の掃除とドブ掃除を午後からしなければならない。
食事を1日2回しかしておらず、それも黒パン一個づつだけ(一個100円程度)なので暮らしていけてるが…
雑用は「特殊技能も知識も必要ない誰でもできる仕事」なので報酬額が低い。
昨日はスキルをもらうために教会へ行ってたので午前中しか働いていない。
昨日の夕食用の黒パンは前の日に頑張って余計に働いておいて買ってたものだ。
(ノートが幾らで売れるのか…。それ次第では、暮らしは一気に楽になるんだがな…)
希望はある。
「魔法収納」で自分の荷物を全て持ち歩けるので盗難に怯える心配が先ず無くなった。
稼ぎが少なくて黒パンが買えなくても金柑・ミニトマト・ピーマン・サプリメントの摂取で飢え死にはせずに済む。
俺は意気揚々と町の門を抜けて郊外へ出たーー。
郊外は雑草が生い茂っている。
気まぐれではあるが…
(草も廃品回収できないものかな?)
と思い、スキルを起動してみた。
草を回収できるなら
「選択項目一覧表示」
をタップすれば
「選択項目一覧」
に草が表示される筈。
なのだが…
どうやら回収できない様子。
(草刈りとかして「ゴミ」になって無いと回収できないのだろうか?)
だが俺の持ち物はどれもゴミじゃない。
「捨てられてたからゴミとして認識されてストレージ保存できる」
という事ではない筈。
(…それなら…)
と思い
「範囲指定表示」
をタップしてみた。
半透明タブレットがカメラ機能に切り替わった。
「範囲指定してください」
と書かれた画面に指を置くと
お絵描きアプリさながらに指を置いた所に点が出来た。
指を動かすと線になった。
(…これは…)
と、恐る恐る歪な線を歪な円へと描いた。
「ストレージ保存」
「回収・交換」
の選択肢が出たので
「回収・交換」
を選択。
するとーー
出来た。
出来てしまった…。
イネ科茎・葉→綱orゴザ
イネ科実→雑穀or雑穀粉
キク科茎・葉→除虫剤orサラダ
キク科花→ハーブティー
シソ科地上部→精油or調味料
ユリ科地上部→強壮剤or乾燥ネギ
バラ科地上部→止血剤orサラダ
セリ科茎・葉→催眠剤orサラダ
セリ科種→調味料
アブラナ科地上部→植物油orサラダ
と選択肢が表示されて
(えっ!植物油が採れるの?マジで?!)
と驚いた。
とりあえずゴザ、雑穀粉、除虫剤、ハーブティー、精油、強壮剤、止血剤、催眠剤、調味料、植物油へ交換する事にした。
草刈りした訳でもないのに
草がゴッソリ根元スレスレで狩られて消え失せている…。
「草ぼうぼうの野っ原が実は資源の宝庫だった」
と分かってしまった瞬間だった…。
(ストレージに「魔法収納」出来て良かった…。何でもかんでも製品化された物に交換出来てしまうんじゃドンドン荷物が増えていく…。ストレージ機能が無かったら大半を持ち帰れずに捨てなきゃならない所だったぞ…)
ともかく
「草すらも製品化された物に交換出来る」
と分かったのだ。
(今は雑木林の方へ向かって小枝を拾う事に集中しよう…)
そう思って雑木林へ向けて歩き出した。