権力不信
バディオリの目の前で【廃品回収】スキルを起動した。
範囲指定する事で
「ゴミじゃない死体」
を廃品扱いで回収対象にしてスキルを頂いた。
俺の目にはスキルの素は光として見えるのだが…
バディオリには見えて無かった。
「光なんて全く見えなかったぞ…。そもそもお前の言う透明ボードすら見えないし、画面操作とやらも単にお前が空中で指を動かしてるだけにしか見えない。本当に今ので死体から心臓が抜き取られたのか?死体にも全く変化が見られない気がするんだが…」
(なるほど、他人には俺のスキル関連の透明画面やスキルの素は見えて無いのか…)
と分かった。
「スキル関連のものが他人には見えないのなら、もしかしてバディオリがスキルを使っている時の様子もバディオリと標的以外の人間には見えてないのか?」
「それに関しては確信は無いが多分見えてないと思う。一応念のために標的を墓場などの人目のない場所に誘き出してからスキルを使ってる」
(…それだとなんで結界魔道具を使ってた俺に見えてたのかが分からないよな…)
と思う。
結界魔道具による不可視化と
スキルによる不可視化は
空間的に繋がってる?という推測ができるが…
(まぁ、分からないものは分からないんだよな…)
と早々に思考放棄する。
テレビの受信チャンネルが違うと別の番組は画面に映らない。
パソコンのように複数ウィンドウを開いて同時展開できなければスキル稼働時に見えるものとスキル不使用時に見えるものとでは差が出るのが道理なのだろう。
それと同じ。
俺以外の人達にはスキルの素を認識できない。
おそらく俺の【廃品回収】が
「他者の心臓からスキルを抽出できる」
から俺にだけ見えるのだという事。
(それにしても不思議だな…。スキルの素が心臓からとれるのは…)
心臓以外の場所には宿らないという事なのか…。
謎が多くて、しかもそれらは答えが出ない謎だ。
無駄に考え過ぎると神経衰弱になりそうだ…。
ともかく【気配隠蔽】スキルをゲット出来た筈だ。
【廃品回収】スキル起動時のスタート画面へ戻ると
「回収対象選択」
「選択項目一覧表示」
「範囲指定表示」
「鑑定スキル」
「気配察知スキル」
「聴覚上昇スキル」
「気配隠蔽スキル」
という表示に変化していた。
これで更に安全に近付いた。
自分の体臭にさえ気をつけておけば結界魔道具と気配隠蔽スキルとでかなり敵の目を眩ませる事ができる。
危険なのは魔物だけじゃない。
盗賊や町中の悪人のように人間もまた危険だ。
身を守るのに役立つスキルは幾つあっても良いと思う。
「それじゃ、こんな辛気臭い場所からは出るとするか。付いてくるだろ?」
とバディオリに訊かれて頷いた。
再び結界魔道具を稼働させてバディオリの背後にくっついてドアへと向かう。
死体安置所を出て教会を出ると結界魔道具の稼働をやめて姿を現した。
「本当に付いてきてるのか全く判断がつかなかったぞ」
と苦笑するバディオリに
「この魔道具、本当は壊れてたんだけどな。俺のスキルはゴミを回収すると、何故か有益要素を抽出した製品か、壊れる前の新品が交換品として出てくるんだ。
この町でも壊れた魔道具がゴミとして出されてるなら是非回収したいと思ってる」
と話した。
「なるほど。…お前、『修理屋』としてもやっていけそうだよな」
「でもそれはそれで問題はあるんだよ。高級品とかは製作者の名が入ってたりブランド名が入ってたりするだろ?そういった固有化要素が無くなった形で新品化されるからブランド自慢する目的で高級品を買ってる連中の所持品は修理できない」
「それは仕事を受ける際に説明して納得した客のものだけ修理するようにすれば良いんじゃないか?」
「プロとして金もらって仕事する際には客次第では簡単に不可抗力の不具合を罪を問えるものにすり替えられる気がするよ。
言い掛かりつけて因縁つけてくる奴らが湧いた時に公的権力は必ずしも味方になってくれる訳じゃない。
それなら修理は仕事としてやるんじゃなく、知り合いや友人に頼まれた時に善意で引き受けて気持ちだけのお礼をもらうという形でやった方が無難だ」
「何とも…人間不信の拗れた考え方をするものだな…」
「不条理な目に遭わされてもやり返す力もコネもない社会的弱者が用心深くなると、こういう考え方になるって事さ」
「警備隊員の一人としては考えさせられるよ…。ようは『庶民に因縁つける悪党を公的権力が取り締まってくれないから能力があっても起業できず能力発揮して社会貢献する事ができない』って事だろうからな。
衆目の目にはつきにくい『公的権力が悪党を取り締まらない』という消極的悪の積み重ねで、庶民が自分の能力や美点を活かす事が出来なくなって萎縮を強いられるようになるのを、権力者はもっと本気で危惧した方が良いのかもな」
「それは本当にそう思う。優しい人間がいない世知辛い世の中というのは大抵は『他人の善意に付け込んでトコトン相手を搾取してやろうとする』連中の搾取率が高い世の中だ。
他人の優しさに付け込む連中が排除も抑制もされずにのさばると、人々は自分の中の優しさを見せる事さえ自己保身のために控えなければならなくなる。
挙句マトモな人同士が繋がっていく事すら出来なくなる。
…偉い人達は真面目でマトモな人同士が繋がっていけなくなる人心分断がどれだけ根深く社会を病ませていくのか理解しないんだろうがな」
「…多分、お前は賢過ぎるんだろうなぁ」
「どうかな?…俺は大馬鹿者だったよ(少なくとも前世では)…。自分が馬鹿だった事を理解して、『二度と同じ失敗はしたくない』と思うからこそ、人間は用心深くなれるのかもな。
そしてその用心深さの動機をちゃんと他人に言葉として説明出来ればそれが賢さに見えるのかも知れないし…。
俺は多分、大した進歩はしてないんだよ。ただ自分の中に消えない後悔がある。
『二度と同じ失敗はしたくない』と思うからこそ『手を取り合える筈の者同士が争わされる』ような悲劇が単に自分の国で暮らしてるだけの者達に降りかかるのが二度と許せない」
「…俺にはお前がすごく杞憂にのめり込んでいて権力を過剰警戒してるように思えるんだが…」
「…そう思うんなら、それはアンタが警戒心を持つ必要性を強く感じた事がないだけだ。
自分達の先祖が生きてきた、自分達の子孫達が生き続ける筈の場所を取られ、社会的裁量権を奪われて、未来を奪われて、いよいよ生きていけなくなっても奪う者達への敵意を押し殺し続け、あくまでも奪う者達との対立を避けようとする事は『本来ならここで未来に生きている筈の未来の同胞の人生を消滅させている』という事だという事だけは理解しておくべきだ」
(まぁ、理解できるかどうかは分からないがな…)
思わず苦笑が漏れた。




