生き残り
俺が泣き続けているのにも関わらず
俺の目の前の凛はトイレットペーパーを引っ張っている…。
どういうカラクリなのか不明だが凛の前には
トイレのロール芯とトイレットペーパーが現れている。
凛がトイレットペーパーを手に絡めて千切りグシャグシャに丸めると
今度は凛の前に掃き出し窓のサッシレールが出現した。
凛はサッシレールにグシャグシャにしたトイレットペーパーを詰める。
入らないのをグイグイと力を込めて無理矢理詰め込む…。
(ホント、バカだよなぁ…)
と思う。
無理矢理詰め込んで
「やりきったぞ」
とでも思ってそうなドヤ顔をしてる凛…。
俺は溜息が出そうになりながら
「ゴミ、ポイは?」
と凛に言葉をかける。
前世の父が凛に毎日毎日かけ続けた言葉だ。
それを言われると凛は、さっきまで一生懸命詰めたトイレットペーパーを指でほじくり出して、畳の上に並べる。
全部ほじくり出すと今度はそれを握ってゴミ箱の前まで行き、ゴミ箱に捨てるのだ。
やはりどういうカラクリか謎なのだが
凛の前にゴミ箱が出現して
凛はゴミ箱にグシャグシャのトイレットペーパーを捨てた。
するとーー
再び凛の周りはトイレ空間に変わっていて
凛はズボンを下ろして便座に腰掛けた。
毎度のことながら唐突に叫び出す。
自分の背中を背後のトイレタンクに打ち付けながら大絶叫し続ける。
トイレタンクが壊れてトイレの床が水浸しになる…。
そんな凛の所業を見ながら
「…お前は本当に、なんでそんなにバカなんだろうな…」
と色々諦めたような声が俺の口から出た…。
「…本当になぁ…。なんであんな世界に生まれちまったんだろうな…。あんな狂った世界に、自分も狂ったまま生まれて、誰の幸せにも貢献できず、自分自身すら幸せになれず、なんであんな人生が必要だったんだろうなぁ…」
何とも言えず寂しい。
寂しくて寂しくて堪らない。
それこそ
ーー何故こんなにも分かり合えないのかーー
という絶望が心に迫る。
心が凍えそうになる。
でもきっと必要な絶望だったのだろうと思う。
残酷さが溢れる狂った世界で
そんな世界の文明の恩恵を最低限は得ていたのだ。
先進国の底辺で暮らしていたのだ。
致命的な残酷さや狂気や絶望が
致命的ではない残酷さや狂気や絶望となって
致命度の薄められた形で人々へと降りかかるのだから…
それはちゃんと耐えなければ仕方ない。
仕方ない事だったのだろうと思う。
「便利な生活へと人類が進化する過程の犠牲や便利な生活を維持するための犠牲」
が怨念のように人類に憑きまとい人々を狂わせる。
もはや必然なのだろう…。
「…狂って、孤独で、寂しい人生って。…疲れるよな…。魂が、疲れるんだよな…」
俺は凛を怒鳴りたいような気持ちになると同時に
「お疲れ様」
と自分自身を労いたい気持ちになった。
人間以下の獣の心に憑かれ
欲望体に憑かれ
鬼畜の身代わりに地獄へ堕とされる呪いを抜け出し
失っていた人間の心を取り戻す。
そんな魂の通過儀礼は疲れるのだ…。
「ホント、疲れたよなぁ…」
俺がボンヤリと呟くと
スゥーッと凛の姿が薄れた。
と同時に凛の背後に墓場で見た不審者の姿を捉えた。
黒い三角目出し帽を被った黒づくめの人間…。
凛の姿が消えると
不審者の姿も変化してバディオリの姿になった。
(…ああ、そう言えば…。このオッサン、なんかスキル名のようなのを唱えてたよな…)
と思い出し
「…コンバンワ…。…あの、なんか…誤解があったら怖いので言っときますが。俺は別に悪い事をしようと思って此処にいる訳じゃありません」
と自己弁明する言葉を紡いだ。
バディオリのほうは呆然となっていて
「…ん、ああ…」
と歯切れの悪い返事をしただけで特に何も言わない。
「「………」」
沈黙が2、3分続いたと思う。
バディオリは大きな溜息をはいて
「…坊主が初めてだな。…俺が不審者にスキルを使って生き残った不審者は。…しかも出て来た過去の当人の姿が坊主の場合は明らかに別人だった。…一体何がどうなってるんだか…」
と困ったような表情で呻いた。
「…もしかして、とは思うけど。オジサンのスキルは罪人の前に過去の犯罪時の当人を出して、罪を当人相手に再現させるようなタイプのものですか?」
と俺が推理を口にすると
「よく分かったな」
とバディオリが感心したように目を丸くした。
それにしても治安が悪い町らしいと言えばらしい。
不審者にスキルを使って生き残った者が俺だけという事は、バディオリがこれまでに不審者認定した不審者は全員が殺人者だったという事になる。
人間の命が軽い世界の尚且つ治安の悪い町なので
それはそれで仕方ない事なのかも知れないが
不審者の殺人者比率の高さに本気でゾッとしそうになる…。
「あと、オジサンは俺の目の前に出て来たのが別人だと思ってるようだけど。俺には前世の記憶があって、さっき出て来たのは前世の俺なんで、別にオジサンのスキルが誤作動したとかじゃないよ。その点は安心して良い」
「…そうか…」
バディオリはすごく疲れたような表情をしている。
それは俺も同じなのだろうが…。
バディオリが疲れている原因には俺も思い当たる気がする。
(まぁ、嫌になるのも仕方ないだろうな。…不審者にスキルを使えばほぼ全員が殺人者で、過去の自分自身の模倣犯罪の犠牲になって死んでいくのを見せつけられるなんて…。そんなスキル。使えば使うほど絶対人間不信になりそう…)
と思ってしまうのだ。
「…俺は殺人者じゃないから、こうして生きてるし。オジサンがスキルを使う相手が不審者ばかりだから、たまたま過去の自分自身に殺されるようなクズだっただけで。…多分、人間の皆が皆、悪だって事でもないんだよ。…善い人も多い。…だから『人間』に対して絶望はしないで良いと思う…」
俺が慰めるようにそう言うと
「…そうか…」
と、やはりバディオリは疲れたような表情で呟いた…。




