『青髭』の生き残り
警備隊員のオッサンに
「案内有り難うございました」
と例を言うと
「どういたしまして、と言いたい所だが、どの道町内を巡回する巡回時間だからな。いつもと違う巡回コースで回っただけだから手間は掛かってない」
と苦笑された。
そう話している間にも他の警備隊員が近付いて来て
「交代だぞ。バディオリ」
と話し掛けてきた。
「了解。ーーと、そういう訳で巡回時間が終わったようだし俺は詰所に戻る事にするよ。まだこの町の事で訊きたい事があるなら、アッチのオッサンに教えてもらってくれ」
古道具屋を案内してくれた警備隊員はバディオリという名前らしい。
「おうよ。冒険者ギルドの場所なら案内するぜ。その格好からして雑用専用の低ランク冒険者ってとこだろ?」
と今来た警備隊員のオッサンがニヤリと笑いながら尋ねたので
(そう言えば、この町の雑用仕事の報酬相場も知っておきたいんだよな…)
と思い
「有り難うございます。冒険者ギルドまで案内頼みます」
と答えた。
「それじゃ、お前は詰所へ戻っとけよ」
今来たオッサンがバディオリへ声を掛けて俺に向き直り
「コッチだ」
と言った時ーー
「ーーだ、誰か!来てくれ!」
とバタバタ見知らぬオッサンが走り寄って来た。
「し、死んでるんだよ!そっちの路地裏で!お、男が!血まみれで!」
と物騒な発言が飛び出し
「「はぁ?!」」
と警備隊員二人が反応した。
「どこだよ」
「誰が死んでるんだよ」
という警備隊員の問いに
「多分、よそ者だよ…」
と発見者のオッサンが答えて
「とにかく見てくれ」
と路地裏の方へ誘導した。
俺を冒険者ギルドへ案内してくれるという話は遠く彼方へ飛び去ったらしく警備隊員二人は発見者に連れられるままに路地裏へと向かったので、思わず俺も後について行った。
(…昨日の今日だし。…死体はおそらく夜中に見た殺人の被害者だろうな…)
と思ったのだが同時に
(いや、この町では一晩に二件ぐらい普通に殺しが起きてるのかも知れない…)
とも思ったので確認したくなったのだ。
盗賊が度々襲撃してくる町では人の命も特に軽そうだ。
俺が治安の悪い町の宿屋に泊まりたくないと思うのも宿代をケチるだけじゃなく、寝てる間に殺されたら敵わないという警戒心もあるからなのだ。
「被害者は男なんだな?若いのか?」
「ああ、若いんじゃないか。…と言っても俺達よりは若そうだって程度だろ。肌や筋肉の感じから30前くらいなんじゃないのか?…あ、ホラ、そこの角を曲がった所だ」
「…なるほど」
「ひでぇな…。酔っ払い同士の喧嘩か?…にしても、ここまでやるか?顔が腫れ過ぎてて元の顔がハッキリしないな。…服装や髪型の感じからすると、この町の人間で該当者は思い浮かばないが…一応行方不明者がいないか聞いて回る必要がありそうだな」
オッサン達が話し合ってるのを聞きながら
(服装や髪型の感じだと夜中に見た被害者そのままだな…)
と思った。
それにしても…
墓場で殺して、わざわざ町中まで運んで来たのかと思うと
(一体何の意味があるんだろうな?)
という点が気になった。
儀式殺人の場合は儀式を行った殺人現場に死体遺棄してはいけない、とか、俺の知らないルールでもあるのかも知れず…不気味だと思った。
「所持品とかタトゥーとかから身元の手掛かりが得られるかも知れないな」
と言って警備隊員らが死体の服のポケットを漁ると狼煙用の発煙筒と発火魔道具が出て来た。
手首には蜘蛛とトンボの刺青。
「『青髭』のメンバーが蜘蛛とトンボのタトゥーをしてるんだったよな…」
「『青髭』は壊滅してる筈だが、生き残りか?…生き残りは奴隷落ちして鉱山行きになってる筈なんだがな…」
俺は全く聞いた事もない情報だ。
だが、どうやら被害者は悪人だったらしい。
まぁ、頭部の左側を刈って、右側の毛を伸ばしてる変な髪型だし。
感性的に普通じゃない。
変態か、アーティストか、悪人か。三択の可能性があったが…
組織犯罪グループのメンバーとかだったのなら
助けなかった事に対して罪悪感を感じずに済む。
「なんだ、なんだ」
「何かあったの?」
と近所の人達が集まって来て
「うわっ!」
「げっ!」
と顔をしかめた。
死体を見てキャーとか誰も悲鳴をあげず
如何にも気持ち悪いグロいモノを見たと言わんばかりのリアクションだ。
ドライと言うか…
多分、死体を何度も見て来てて見慣れてるのだろう。
動物の肉ですら自分で捌く機会もない地球世界の先進国現代人感覚だと、この世界の人達が図太過ぎるように思えてしまう…。
被害者が身内ではなく知人でもないと余計に情緒的反応は出ないようだ。
「…その死体の人、一昨日から『メジロの巣箱亭』に泊まってる人じゃない?一昨日、声を掛けられて『良い宿屋を知らないか?』って訊かれたんで『メジロの巣箱亭』を教えて上げたんだよ?」
と若い女の子が言い出したので少しギョッとした。
「…そりゃぁ、また…」
「嫌な感じだな。凶悪盗賊団の生き残りがネスタに入り込んで宿屋で部屋取って滞在してたなんて…まるで襲撃前に下見にでも来てたみたいじゃないか?」
「狼煙用の発煙筒も持ってたしな…」
警備隊員らの会話を聞いて益々
(…助けようと思わなくて良かった…)
と思った。
だが…被害者と犯人が双子の兄弟だとすると…
犯人の方もまだこの町に潜伏してる可能性がある。
そもそも宿屋に泊まってたのは犯人の方かも知れない。
「…ひ、一人じゃない可能性もあるんじゃないかな…。宿屋に行けば荷物も残ってるだろうし、連れが居ればもっと何か分かるかも」
という言葉が口を突いて出てしまった。
余計なことを言うべきじゃないのだろうけど…。つい口出ししてしまった。
「そうか…宿屋に行ってみるべきだろうな…」
警備隊員のバディオリはそう言うと
「ザナージ。現場保管のためにこのまま此処に居てくれ。俺は詰所に応援を頼んでから宿屋に行ってみる」
と告げて走り去って行った…。