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運の良い孤児

挿絵(By みてみん)


この町に住み続けるのではなく、他の町も回って紙を売り歩いて転々として暮らす。


そのためには多分

(サンティとロッカには「俺のスキルで紙が生み出せる」事を実演して理解させておくべきなんだろうな)

と思った。


心配してくれる人がいる。

それは情緒的にはありがたい事なのだろうが…


別の見方をするなら

「俺が無能だと思われている」

事でもある。


「こういう特技もあるし、そんなに心配しないで良いんだよ」

と、ちゃんと俺の能力を知っておいてもらうべきだと思うのだ。


「イリシオのスキルは串や小枝からチリ紙やノートを生み出す能力だ」

と知り合いが思ってくれてた方が【廃品回収】スキルの本当の凄さも悟られずに済む。


(ロッカには今夜にでも説明するとして…サンティは宿も違うし、冒険者ギルドで待ち伏せしてわざわざ会う機会を作らないと、なかなか顔を合わせる事もないんだよな…)

と思い当たったので


(今から冒険者ギルドに出向いて、エントランスホール内の席に腰掛けて待っていよう…)

と思い立った。



冒険者の中には色んなヤツがいる。

仕事は「リスクに見合った報酬」であるべきだと思うのだが、依頼主側有利の買い手市場だと冒険者の仕事全体がハイリスクローリターンな方向へ流れやすい。

安定とは程遠い不安定な職業なのだ。


万年低ランク冒険者なんかは鬱屈した劣等感を抱えて生きる事になる。

そんな環境だと弱い者イジメも普通に起きる。


「人間、皆、平等」

などといった偽善は存在しない正直社会。


「弱い者イジメ→弱いくせに強者に逆らう弱者が悪い」

という価値観が普通に罷り通る。


だが逆に言えば

「強者・恐喝者のくせに被害者を詐称する」

ような弱者ぶりっ子の卑劣なヤツには誰もが普通に激昂する。


地球世界ほどには社会も国も複雑化も倒錯もしてない。

皆、気が短い。


弱者が目立ったり強者に因縁付けて返り討ちに遭うイジメは

「自己責任だ」

と見做されて切り捨てられる。


だが弱者が目立たず隅っこで大人しくしてる分には無難に過ごせる。


嘘を吐いたりせず

因縁を付けたりせず

野心も持たず

細々生きてる低ランク冒険者は

「社会内でちゃんと許容されている」

のだ。


日本では

「弱者は目立たず隅っこで大人しくしてても嗜虐者達の娯楽のためにイジメられた」

ので、この野蛮な世界より遥かに陰湿だった。


この世界のような正気の社会では

目立たず隅っこで大人しくしてる弱者は

普通に無視され

普通に無難に生きられる。


社会がシンプルで人々の精神もシンプル。

そういう分かりやすさが有り難い。



俺もサンティもある意味で運が良かった。

「この町の」孤児院は良心的だ。


他の町では「孤児院=人身売買組織」「孤児院=組織犯罪者育成組織」だったりもする。


子供は生まれ落ちる環境を選べない

善悪判断の狂った環境があれば

「適応するか、適応しないか」

どちらを選べるだけだ。


「善悪判断の狂った環境には適応しない」

と選択した子供達はカルトな環境では早々に夭折した事だろう。


「罪を犯さずに生きられる」

という事の有り難さに対して

「有り難い」

と感じられるのは

「罪を犯さなければ生きられない環境」

がある事を知っていて

「死ぬ事になってでも罪を犯さない」

という愚直さを貫いた誰かが居た事を理解しているからだ。


「愛されるに値する自分自身でありたい」

「自分で自分を愛せる自分自身でありたい」

そう願って

「肉体の命よりも、永遠の愛を選んだ者達が居た」

から


その想いに共鳴が起きて

「有り難い」

と感じてしまうのだ。


子供は生まれ落ちる環境を選べない。

生まれ落ちる肉体を選べない。


劣悪な環境への適応を拒んで夭折した者達の存在を思い出すと

(世知辛い世の中だよな…)

と改めて思う…。



********************



サンティには夕方には会えた。

郊外へ出ての仕事の割りに随分と早い帰還だ。


魔物討伐の依頼を受けるパーティーだという事もあり

「翌日に疲れを残さないように」

という方針らしく

「依頼の達成と共に速やかに引き上げる仕事スタイル」

なのだとか。


「目当ての魔物を討伐した後は徹底して戦闘を避けて速やかに町へ帰還する

のが、常に万全の状態でいるための体調管理でもある。こういう仕事で長生きするコツだな」

とサンティのパーティーの先輩冒険者が宣うた。


俺のスキルに関しては証人が多い方が良さそうだとも思い、サンティのパーティーメンバー達も居る前で

「実は…」

と目の前で木の枝をチリ紙とノートに変えて見せた。


「スキルのお陰で木の枝やゴミ箱に入ってる串とかから紙を生み出せるようになったんだ。だけど一つの町だと紙の需要も限度があるだろう?

だから複数の町を回って、道具屋で紙を置いてもらって、売れた分の紙を充填して代金を回収するようにしたいと思ってるんだ」

と説明し、町を出るという意向を話した。


「…要は紙専門の商人になりたい、という事か?それだったら商人ギルドに登録して、商人ギルドに商品を卸せば、ギルドが販売を代行してくれるんじゃないのか?

わざわざ町を転々とするのはリスクが高いだろう?魔物も盗賊も出るんだし」

とサンティに尤もな指摘をされたので


「正直、旅をしてみたい気持ちもある。世間知らずのままになりたくないからな。もっと歳を食って、もっと世間を知って、それから一箇所の町に根を下ろすのも悪くないと思ってる」

と答えた。


「…そういう気持ちは俺も分からなくはないけどな。…でもリスクが高過ぎるだろ?本当に危ないんだぞ?

…町から離れた場所に出る魔物は特に大群で群れてたりするし、盗賊もお前が思ってるより遥かに残虐だ。

死ぬかも知れないリスクを冒してまで『世間知らず』を脱却しようとする必要性は無いんじゃないのか?」


サンティはどうやら俺のプランに反対のようだ。


「…心配してくれて有り難う。…でもな、俺は多分こう見えて頑固なんだ。

リスクが高かろうとも、実際に自分が決めた生き方をしてみて、それが本当に社会で通用しないのか、確かめたい。

最初からビビって何もせずにいたら、ずっと不満が残り続けて、絶対後悔すると思うんだ」


俺がそう告げると

「…そうか…」

とサンティが肩を落とした。


明らかにガッカリしてる様子なので

「馬車曳いて大荷物運ぶ行商隊と違って、俺は身一つで旅出来る分、逃げるのも隠れるのも上手く出来る筈だよ。

木の枝さえあれば他に何も持って無くても商品を生み出せるんだし、盗られるものもない。

変な正義感も蛮勇も持ってないから、ヤバそうなら尻尾巻いて逃げるだけだし、死ぬ確率は低いと思うよ」

と安心させるように言ってやった。


サンティがキッと俺を睨んでから

「…死ぬなよ。というか、死んだら殺す。絶対許さない」

と意味不明な事を言い出したので


「うん。分かった」

と宥めるように返事をしつつ


「とりあえずコレやるよ」

とチリ紙とノートを手渡した…。




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