不安とヒステリー
ロッカは心配したと言う割には言葉がキツいし、怒ってる…。
ロッカの表情を見ながら
(…ああ、そう言えば…)
と前世の親達を思い出した。
前世では俺は重度の知的障害者が皆そうであるように、信号の意味さえ分かって無かった。
環境に対する認識とか危機察知とか…
そんな感性が自分の中に全く無くて
車が来てても
「車道を横断したいと思ったら道へ飛び出そうとする」
行動を繰り返していた。
そんな俺がーー
まだ小学生の頃、独りで散歩に行きたいと思って
母が目を離した隙に独りで家から出た事があった。
大騒ぎだったらしい。
母は警察に通報して
「捜索願いを出したい」
と主張し
「居なくなった当日に捜索願いは出せない」
と言われ、ヒステリックになって電話口で揉めに揉めた。
俺がウロついてるのを不審に思った人が
これまた警察に通報して
そこでようやく情報が擦り合わされ
「家を抜け出したと通報のあった知的障害児だ」
と判明。
「家庭内で虐待されてて逃亡したとかじゃないのか?」
と邪推された事もあり
「見つかった」
という知らせが自宅へ来るより前に
養護学校の教師が警察に事情聴取で呼ばれていた。
先天性自閉症児は
「気分を害されると自傷行為を見せ付けて怒りを表現する」
のが定番行動…。
そんな先天性自閉症児の特徴に対して
「そういうものだ」
と知らない人達は
先天性自閉症児が奇声を発して自分の頭を叩いたり
自分の頭を壁や机に打ち付ける有り様は…
犯罪やトラウマによって引き起こされる異常な光景に見えるのだろう。
「親や教師から殴られたり、頭を壁や机に打ち付けられて虐待されているから、周りに気付いて欲しくて、虐待を独りで再現してるんじゃないのか?」
そんな無責任な濡れ衣冤罪が
身の回りの世話をする身近な大人達に振りかけられる…。
警察官もまた
そんな偏見・差別心理に基づく疑惑を持ち
自閉症児の周囲の大人を犯罪者のように疑った…。
そういう心理に人間は容易く陥る。
特に自分で正義感が強いと自惚れてるバカに
その手の勘違い冤罪捏造断罪者が多い。
(実際に障害児は虐待を受けやすいのでそういう疑いも必要ではあるのだろうが…有効値を過ぎた牽制や偏見が多数の人達から延々と降りかけられ続ける事で被疑者の精神を壊す事もある)
両親や養護学校の教師がそうやって警察に虐待者の濡れ衣を着せられて疑われた事に気付いていたかどうかは分からないが…
「心配した事でブチ切れる」
という心理を俺の母は見事に体現した。
家に戻ると母に
「このバカが!」
と叩かれた。
警察官は
「やはり虐待が行われているのに違いない」
と内心で疑いを深めていたようだが…
世の中には
「不安になるとキレる」
ような心理が存在する。
前世の母もロッカもそういう心理で怒るのだろう。
逆に不安になっても落ち着いてるような人間の方が少ない筈だ。
「世の中の大半の人間が不安になればキレて醜態晒して、それで通用してるのに、自分が不安になってキレれば何故か冤罪捏造されて、憎まれ、正義の名の下に誤認制裁される」
ような…
そんな悲劇に見舞われる事で
或いは
そんな悲劇を創り出して標的を壊す事で
人は
「不安に呑まれる者達のヒステリックな狂騒状態」
から抜け出して冷静に物事を判断出来るようになるのかも知れない。
俺自身の自傷行為も
「不安になるとキレる」
という心理の延長上の心理による衝動行為だったのに
俺は自分の母が
「不安になるとキレる」
と、それを本気で憎悪し逆恨みした。
あの人生を終えて覚醒してみれば
「物事の捉え方自体がダブルスタンダードだった」
と分かる。
自分は散々
「不安になるとキレる」
心理を体現して生きておいて
親が
「不安になるとキレる」
心理を体現すると
「俺を愛してないんだな」
と解釈して本気で憎み逆恨みしていたのだ…。
自分の意識が何故あんな状態に固定されて縛られて
自分と家族を苦しめ続けなければならなかったのか…
本当に意味が分からない…。
「ダブルスタンダードな物の見方をして内ゲバで憎しみあえ!」
と物の見方が定められてでもいたかのように…
俺はダブルスタンダードな物の見方をして
親を憎み
身近な介護者を憎み
気に触る者達を憎んだ…。
ウィルス感染したネット端末のように
俺の心は
俺の意識は
御都合主義的自己愛塗れになっていて
俺の存在そのものが疫病神と化していた…。
何故あんなにも不幸しか生み出さない不毛な心理に取り憑かれたまま不幸を生み出し続けなければならなかったのか…
本当に意味が分からない…。
だからこそ
俺はあのクソ世界から逃げ出さなければならなかったし
「不安になるとキレる」
ような心理に憑かれた連中に対しても
冷静に受け止めなければならないのだと思う。
もう惑わされたくない。
「キレられた→俺を嫌ってる→嫌い返してやる」
だのといった偽の憎悪に呑まれて逆恨みで相手の足を引っ張るような真似は二度としたくない。
もう二度と
「ただの環境の産物でしかない、不安がってるだけの人々」
に対して敵の濡れ衣を着せて憎みたくなどない。
そう思いながら俺は複雑な表情をしていたのだと思う。
不意にロッカが
「…ゴメン。一番辛かったのはお前だよな…。居なくなってた間に何があったのかは訊かない…。お前がどんな目に遭ってても、俺は絶対にお前の友達で居続ける気でいるんだからな。…それだけは覚えておいてくれ」
と宣うた。
宿屋の主人同様にロッカの中では俺は居なくなってた間中、金持ちに性的搾取されてた、という事で決定されてるらしい…。
スキルの事やログハウスの事を説明するのもどうかと思うので
敢えて誤解されたままにしておくが…
それでも気分的には色々と微妙だな…とは思った…。