ラーメン
翌朝から俺が始めた行為は
「野糞を見かけたら『回収・交換』する」
という行為だった。
本当は公衆便所の便槽に溜まってる排泄物を全部「回収・交換」したい所だが、この世界は業者がちゃんと回収して堆肥化を進めているので、業者の人達の仕事を奪うわけにはいかない。
ゆえに俺が回収するのは野糞に限定されるが…
結構な確率で落ちてる。
民度が低いって…
こういう時には有り難い…。
日本だと犬の糞ですら
「飼い主が責任持って持ち帰れ!」
という民度の高さだった。
ある意味で
「社会規範コルセット」
みたいなものでガチガチに縛られた民度の高さ。
本当に生き辛い世の中だった。
もっと何とかならなかったものなのかと疑問には思う。
(まぁ、その辺に普通に野糞が転がってる社会の方が素晴らしいのかどうかは謎だがな!)
ともかく野糞を「回収・交換」して、堆肥をリサイクルに出すと
ちゃんと「リサイクルポイント10」もらえた。
自分の糞じゃなくても「10ポイント」が稼げるのだ。
町も清潔になって、俺もポイントが貯まる。
誰にとっても良い事づくめ。
(…コレは病みつきになるよなぁ〜)
と自分でも思った。
前世では自分の尻すら自分で拭かずに
家族とか施設職員に拭いてもらってたし
エコロジーとは無縁のワガママ生活だった。
ちょっと言うなら
悪意の精神干渉魔法で操られてた状態。
理論破綻した感情・衝動に呑まれて内ゲバに走るように
敵意の矛先を操作され続けてた感じ。
あんな精神状態では誰だって
「エコロジーって何?美味しいの?」
とトンチンカンな捉え方しかできない。
俺が前世で無駄に窓のサッシレールに詰めて捨てたトイレットペーパーの量は凄まじいものがある筈だ…。
そうやって狂って
色々無駄に浪費して
色々余計に嫌悪され
色々余計に生き辛かった。
その代わりのように今では
「交換品が紙製の入れ物に入っている」
のだから…
もしかしたら、この世界でもキチガイが非合理的に色んな物を浪費するのも、何かしら意味があるのかも知れない…。
とか思ってる間にも野糞発見。
コレで今朝から23個目の野糞回収である…。
昨夜474だったポイントが704になった…。
カセットコンロが500ポイント。
カセットボンベが100ポイント。
電池が20ポイント。
小型鍋が50ポイント。
火を使って調理するのに必要な670ポイントを上回り
即席ラーメン1個5ポイント分を加えて675ポイント引いても
29ポイント残る。
(昼飯は久々にラーメンが食えるなぁ…)
と思わず顔がダラしなく緩む。
前世では俺は辛味噌ラーメンが大好きだった。
カタログにもバッチリ5ポイント景品コーナーに辛味噌ラーメンが載ってる。
コレは食うしかない。
それにしても結界魔道具の動力源である魔石はまだ魔力が切れない。
すぐに切れるかと思いきや…
結構保つものなのかも知れない。
勿論、いつ切れるか分からないのを考えると郊外へ出る気にはなれない。
魔石の魔力が切れて結界魔道具の効果が切れるまで町中で過ごすに限る。
だが…
(いつ切れるかの目安すら無いのは不安だよなぁ…)
と思い、一旦、人目のない路地裏に入ってから
ストレージから未使用の魔石を出し
背負い袋からは結界魔道具を出して
結界魔道具にセットしていた魔石を取り出し素早く未使用の魔石に取り替えた。
そして先程まで結界魔道具にセットしていた魔石を
「[鑑定]」
してみると…
「[魔石:ランクF動力源:所有者:イリシオ]」
と出た。
(残量は出ないのか…?)
と残念に思いながら
鑑定結果を更に鑑定すると
「[魔石:ランクF動力源:所有者:イリシオ][ホブゴブリンの心臓から取れた魔石:チャルディーニ・ダンジョン産:エネルギー残量52%]」
と出た。
夜も稼働させっぱなしで、もうじき24時間になるのに半分も消費してない。
という事はランクF魔石で約二日分の稼働エネルギーか…。
鑑定の重ね掛けで鑑定情報が詳しくなるのは何となく
「そうじゃないか」
という想像に過ぎなかったが…
期待通りの結果が出てくれて嬉しい…。
(一旦、また柳林へ戻ってログハウスを出そう)
と思った。
今日の昼飯はこの世界に転生して初めて食べるラーメンである。
ログハウスの中でちゃんと味わって食べねば…。
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「暖かい飯って、暖かいってだけで余計に美味く感じるんだなぁ…」
と当たり前の事に感動した。
(そう言えば親父どんと恭君が豚骨ラーメンが好きだったお陰で、俺も一緒にラーメン屋に行ってたな…)
と思い出した。
ラーメン。
俺にとって米の次にいつも食べてた食べ物だった。
大好きだった辛味噌ラーメンの味は俺が前世で食べてたのと全く同じ。
懐かしい味に、思わずホロリときた…。
「…美味い、美味いよぉ〜」
と涙と鼻水が垂れた。
鼻水を啜りながらラーメンを食べる俺は滅茶苦茶カッコ悪い…。
というか、普通にキモイ…。
「かぁちゃん、おやじどん、きょう君…。うっうっ、うっ…。うわぁぁ〜ん…。うっぐっ…」
と泣いた…。
もう二度と会えないんだと、改めて実感したのだ。
恭君とは前世の弟の名である。
俺の前世の名前が岩田凛。
兄が凛。弟が恭。
共に一文字の名前で大変コンパクトながら立派な名前だ。
なのに俺が障害者で養護学校に通ってたので
弟は近所のクソガキどもから
「ヨウゴ」
とあだ名を付けらられてイジメられていた…。
高校に入るまでずっと近所のクズな同級生達に仲間はずれにされていた。
本当なら…
俺が
弟を守ってやる筈だったのに。
守ってやるべきだったのに…
俺が原因で弟は
バカにされ
仲間外れにされ
何年も何年もイジメられ続けた…。
俺はそんな事情も何も理解できてなくて
謝ることもできず
一緒に怒ることもできず
代わりに怒ることもできず
本当に何も分かってなかった。
どんな悔しさも
どんな悲しみも共有できていなかった。
今になって
正気の状態で
あの頃に食べてた味を味わって
初めて
ガツンと
自分自身の人間の心に衝撃を受けた…。
悔しい…。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい
悔しくて悔しくてたまらない。
弟を守ってやれなかったことも
弟を庇ってやれなかったことも
一緒に怒ってやれなかったことも
何もかもが悔しい…。
今更だけど…
家族を大事にしたかった。
家族から愛されたかった。
溜息吐かれて
諦めと許容の混ざった視線を向けられて
一方的に世話されて踏ん反り返るんじゃなく
優しくしたかった…。
愛してると
大事だと
そう感じたかった
そう伝えたかった
なのに
あのクソ世界は
たったそれだけの想いさえ
たったそれだけの人間の心さえ
俺に持たせてくれずに
「単に命があるだけ」
の状態で飼い殺しにしてやがったんだ…。
絶対に
もう二度と
俺はあんな人生は送りたくない…。
(…母ちゃん、親父どん、恭君、ごめんなさい。迷惑かけて心配かけて、本当にごめんなさいでした。…そして、有り難う。俺と一緒に生きてくれて、有り難う。あんなクソみたいな人生を、一緒に耐えてくれて…有り難うございました…)
二度とあんな目に遭いたくないのに
それでもあの人生は俺の魂に染み付いてる。
生き物の魂が輪廻転生し続けて
前世の記憶なんてすぐに忘れてしまうものなのに
「何故俺が、俺達が、こんな目に遭わなければならないんだ!」
と腹が立つような報いの無い人生は忘れられない。
共に苦しみ足掻いた者達との絆も忘れられない…。
ーーそんな悲しみと懐かしさを感じる味を
俺はこの世界で味わった。
(…よく噛んで、ちゃんと味わって、ちゃんと「ごちそうさま」を言う…)
何度も何度もしつこく躾けられた
前世の思い出…。