フンコロガシのソフトクリーム屋さん
ここは、とある高校の男子トイレ。
そこでは現在、三人の不良によるいじめが発生していた。
標的にされたのは、如何にも『ガリ勉』って感じのヒョロガリ眼鏡男子。
三人は彼を取り囲み、壁際まで追い詰めると、真ん中のリーダーっぽいオールバックが三千円をピラピラさせながら、メンチを切った。
「何でこれっぽっちしか、持って来てねぇんだよ!!『10万持って来い』って言っただろうが。」
「で・・・でも・・・」
「『でも』じゃあねえよ!!親の財布から、こっそり抜きとりゃあ良いだろうがよ。」
「そ・・・そんな事・・・ぼ、僕には出来・・・」
「ああ!?」
「ひっ!!」
彼の威圧に、ろくに言い返す事が出来ない眼鏡。
だが、無理も無い。
妙な事を言ったら、即行で拳が飛んで来そうな雰囲気なのだから。
オールバックは、そんなビクビクしている彼を見て、大きく溜め息を吐くと、
「・・・もう良い。『罰ゲーム』だ。」
と、言って、右にいる坊主頭の奴に洋式便所のドアを開けさせた。
ついでに便器の蓋と便座も。
そして、眼鏡を無理矢理そっちに向かせ、こう言った。
「便器の中の水を飲め。」
「えっ!?」
「『えっ!?』じゃあねえよ。当然だろ?持って来いっつったもんを持って来んかったんだからよ~。」
ドンと、彼を突き飛ばし、床に倒す。
そこをすかさず、仲間の二人が両サイドからガッチリ確保し、ズルズルと便器まで引きずっていく。
「オラァ!!とっとと、飲みやがれ!!」
「い・・・嫌だ・・・嫌だぁぁぁああああああああ!!」
頭を手で抑えつけ、力づくで便器の中の水を飲ませようとする二人に対し、必死に抵抗する眼鏡。
しかし、不良の力にヒョロガリの彼が敵う筈も無く、徐々に水との距離が近付いていく。
やがて、鼻の先が付くか付かないかになった時、
「待て!!」
「ああ!?」
後ろから男の声が聞こえて来た。
「だ・・・誰だ!?」
不良三人が周囲を見回す。
だが、どこにも姿は見えない。
隣の洋式便所と掃除道具入れのとこも調べてみたが、結局誰もいなかった。
「気のせいか・・・?」
オールバックがそう言った瞬間、再びその声が小便器の方から聞こえて来た。
「こっちだ、こっち!!」
「あぁ?・・・・・・あっ!!」
声のした方を振り向いた瞬間、三人の視界にある物が映る。
黒い虫とラーメン屋の屋台みたいなカートのおもちゃだ。
「な、何だお前は!?」
「『フンコロガシのソフトクリーム屋さん』だ!!」
坊主頭の奴の問いに、堂々とした態度で答える黒い虫。
どうやら彼は、『フンコロガシ』という虫で、ソフトクリームの移動販売をしているらしい。
彼は、それからすぐに自身の屋台から虫サイズの『茶色いソフトクリーム』をどんと出しながら、こう言った。
「まあ、『ソフトクリーム屋』っつっても、コーヒー味しか売ってないがな!!」
これに対し、坊主頭の奴が反射的にこう言い返す。
「嘘吐けぇッ!!絶対、うんこだろ!!」
確かにソフトは茶色いし、店主はフンコロガシ。
そう言いたくなるのも無理は無い。
彼のその言葉に対し、フンコロガシは即行で言い返した。
「うんこちゃうわ、アホ!!ダンディーでほろ苦い、『コーヒーソフト』や!!」
「騙されるかァッ!!」
すると今度は、大きく溜め息を吐き、呆れた感じにこう言う。
「ホントにもう・・・お前等人間のガキんちょは、茶色くてこういう見た目のヤツを見たら、すぅ~ぐ『うんこ』って言うんだから・・・・・・そもそも、本物のうんこはこんな形しとらんやろ。もっと、うんこについて勉強して来い。」
「誰がするか!!」
「それよりお前等、良い歳して『弱い者いじめ』とか恥ずかしくないんか?」
「ハッ、馬鹿かお前!!恥ずかしくねえから、やってん」
「あぁ~、俺の作ったコーヒーソフトはやっぱ美味いなぁ~。」
「話聞けよ!!」
自分から聞いておきながら、坊主頭の回答そっちのけで自身特製のコーヒーソフトを頬張るフンコロガシ。
そんな彼に忍び寄る魔の手!!
「!?」
気が付いた時には既に遅く、彼はオールバックの右手に掴まれてしまった。
「虫螻蛄如きがゴチャゴチャと・・・うるせぇんだよ!!」
そのまま力を込めて、右手を握り締める。
やがて、彼の握力に耐えられなくなったフンコロガシの体は、
「うんちッ!!」
という奇怪な断末魔を上げて、ぐっちょんぐっちょんになった。
彼の体液であろう茶色い液体が、オールバックの右手の拳の間から滴り落ちる。
これを見た不良三人は、邪魔者が確実に消えたと思い、ニヤニヤした。
ところがどっこい、
「残念・・・」
彼は生きていた。
今、オールバックの左肩に止まっている。
「『変わり身の術』だ・・・フッフッフッ・・・」
「な・・・にィ・・・」
驚きのあまり、右手と左肩を交互に見るオールバック。
額には、数滴の冷や汗がたらり。
そして、右手に残った茶色い何かを恐る恐る鼻に近付けると・・・
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
急に大声を上げて、手を洗うとこまで走っていった。
まあ、無理も無い。
彼が思いっきり握り潰したのは、『うんこ』だったのだから。
どうやらフンコロガシの『変わり身の術』は、丸太ではなくうんこを使用するらしい。
それはさておき、オールバックは左手でハンドソープを何回も押し、右手のみを動かして必死に洗い始めた。
両手で擦らないのは、左手に付着してしまうのを防ぐ為だろう。
今までにないくらい必死に手を洗う彼を見た坊主頭は、
「あ~、あの茶色いの・・・やっぱ、うんこだったか・・・・・・気の毒に。」
と、憐れむように呟いた。
もう一人の仲間・チャラそうな奴も、隣でうんうんと相槌を打つ。
被害者であるヒョロガリ眼鏡も、その光景を見てぽかーんと呆気にとられている。
するとここで、
「おい、お前。」
「え?」
いつの間にか彼の右肩に移動していたフンコロガシに、ヒソヒソとした音量で声を掛けられた。
「やり返すんなら、今がチャンスだぞ。」
「えぇっ!?で、でも・・・」
確かにリーダーは手を洗うのに夢中になっているし、仲間二人はそんな彼を見守っている状態・・・叩くのなら、これ以上ない好機だろう。
しかし、ヒョロガリ眼鏡は動かない。
元々好戦的な性格をしていないし、何より『自分なんかが戦ったところで・・・』という諦めの感情を持っているからだ。
あと、奴等に仕返しされるのが怖いというのもある。
フンコロガシは、そんな彼の背中を押そうと、励ました。
「自信を持て!!お前なら出来る!!・・・そうだ!!」
ここで良い考えでも思い付いたのか、フンコロガシが自身の屋台がある所まで飛び立ち、ゴソゴソと何かをやり始める。
それからほんの数秒後、再びヒョロガリ眼鏡の右肩まで戻って来た彼は、こう言った。
「おい、手ぇ出せ。」
「?」
言われるがまま、左掌を彼の前に出す。
すると彼は、ちょこんと何かを置いた。
小さくてひんやりとした物体・・・彼特製のコーヒーソフトである。
「特別に『俺特製コーヒーソフトクリーム』を、タダでくれてやろう。食べたらきっと、勇気が出るぞ。」
「う・・・うん・・・」
だが、ヒョロガリ眼鏡は、中々口に運ぼうとしない。
目の前のそれが、『うんこ』に見えて仕方がないからだ。
とはいえ、せっかくの厚意を無下にする訳にはいかない。
彼は意を決して、薬のカプセルよろしくそれを口へ放り込んだ。
「はむっ。」
ひんやりとした感触。
そして、微かに感じる『コーヒー』の苦味と香り、コーンの味わい。
どうやら、本当に『コーヒー味のソフト』のようだ。
アレでなくて良かった・・・そう彼がホッとして、ごくりと飲み込んだ瞬間、
「!!」
体に異変が生じた。
なんと、みるみるうちに『闘志』が湧き上がり、『立ち向かう勇気』が芽生えたのだ。
「(ち・・・力が・・・内側から溢れて来る!!こ・・・これなら、もしかして・・・・・・ようし!!)」
漲って来る力に背中を押され、ドンと右足を一歩踏み出す。
その時の彼の顔つきは、さっきまでと違って、凛々しいものになっていた。
「おい!!」
「あぁ?」
彼の声に、メンチを切りながら振り向くチャラいのと坊主頭。
黙って殴れば良いものを、わざわざ声を掛けたという事は、正々堂々と勝負をするつもりなのだろう。
彼は二人に指を差し、こう言い放つ。
「よくも今まで散々僕をいじめてくれたな!?やっつけてやる!!」
「あぁ!?」
戦闘開始。
まずはチャラいのがゴキゴキと拳を鳴らし、右ストレートを放って攻撃・・・
「お前みてぇーな弱虫が・・・俺達にかなうと思ってんのぎゃっ!?」
・・・する前に、腹に一発重いのを喰らってぶっ倒れた。
気絶である。
これには、相方も未だ手を洗浄中のオールバックも驚きを隠せなかった。
「なっ・・・何ィィィーーーーーーッ!?」
「あの弱虫が・・・な・・・何でこんなに・・・クソォッ!!」
動揺しながらも、坊主頭が右フックで攻撃する。
だが、今のヒョロガリ眼鏡には通用しなかった。
「なっ!?・・・ごぼぁッ!?」
あっさりと避けられ、チャラいのと同じように腹パンを喰らい、同じように気絶した。
これで残るは、リーダーのオールバックのみ!!
ヒョロガリ眼鏡がゆっくりと近付いていく。
「お・・・おい・・・よせ・・・」
依然として、オールバックは手を洗っている。
さっきと違って、両手でゴシゴシ擦っている所を見るに、汚れの方は取れたらしい。
それでもまだ手を洗っているのは、臭いが取れていないからだろう。
臭いが臭いというのもあるが、大体の人間は汚れが完全に落ちたら手を洗うのを止めるので、割とキレイ好き且つ『神経質』なタイプのようだ。
彼は、接近して来るヒョロガリ眼鏡を見るや否や、両手を擦るスピードを上げ、
「ま、まだ手を洗ってる途中なんだ・・・うんこの臭いが、生魚並みにしつこくてよ・・・・・・だから、ちょっと待ってくれ・・・な?」
と、笑顔を取り繕って言った。
しかし、笑顔慣れしていないのか、凄く不気味だ。
そして、ヒョロガリ眼鏡は待つ気ゼロのようで、近くまで来て早々に拳をゴキゴキと鳴らし、攻撃の準備をしている。
「お、おい・・・待ってくれよ。な?い・・・今まで巻き上げた金、全額返すからよ・・・」
「奇遇だね、僕も君達に返すものがあったんだ。」
「へ?」
オールバックの『命乞い』とも取れるその言葉に、ヒョロガリ眼鏡が普通に返す。
そこに『怒り』や『憎悪』の感情は一切無く、それ故に何とも言えない不気味さがあった。
すると次の瞬間、
「今までのお返しだ!!」
「ぼげらッ!?」
彼の回答にオールバックがポカンとしているところを、ボカンと一撃!!
顔面ド真ん中の右ストレート・・・!!
これにより、オールバックはノックアウト!!
糸が切れた操り人形の如く床に倒れ、気絶した。
勝者・・・ヒョロガリ眼鏡!!
彼は、両腕を上げて勝利の愉悦に浸る。
「やった・・・勝った!!勝ったよ、僕!!フンコロガシさ・・・」
そう言って右肩を見ると、そこにはフンコロガシの姿は無かった。
小便器の方を見ても、姿どころか屋台自体無くなっている。
「あれ?・・・フンコロガシさーん?」
お礼を言おうと、トイレ中をくまなく探し回るも、結局フンコロガシは見つからず、これ以降ヒョロガリ眼鏡が『フンコロガシのソフトクリーム屋さん』に遭遇する事は無かった。
ついでに、不良達からいじめられる事も。
ヒョロガリ眼鏡がトイレ中を探し回っている頃、フンコロガシは屋台を引いて、既に校門の所まで来ていた。
「さて・・・次はどこへ行こうかな。」
そう呟き、左右をキョロキョロと見回した後、左に決めて進んでいく。
彼は流離のソフトクリーム屋。
各地を転々とし、オリジナルのコーヒーソフトクリームを一つ千円で売りさばく商虫。
虫故にエンカウント率はかなり低く、その存在は最早『都市伝説』になりつつある。
もしもこの先、貴方が彼に遭遇するような事があるなら、必ず一回は購入して食べておく事をオススメする。
何故なら、彼特製のコーヒーソフトは、食べるともれなく『勇気』や『力』等が湧いて来て、確実に貴方自身を強くしてくれるからだ。
実際、著名なプロのスポーツ選手もスランプに陥った際、このソフトクリームを食べた事がきっかけでその状態から抜け出し、今まで以上の成績を残す事に成功している。
どうして彼のコーヒーソフトから、このような効果が得られるのかは未だ解明されていない。
ただ一つ分かっている事は、ソフトクリームに使用する『コーヒー豆』が特殊だという事ぐらいだ。
何せそれは、とある動物のうんこの中から採れた物なのだから。
フンコロガシのソフトクリーム屋さん・・・次回の開店は、未定ッ!!