表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

My Christmas

作者: 藤花チヱリ

寒い。


今年もこの季節がやって来た。


夜遅くまで闇の世界に光を灯し続けるツリー。鳴り響く音楽。見渡す限り、赤、緑、白。


恋人たちや家族連れが寒いのも気にせず、町に繰り出す。


いつからだろう。こんなにもクリスマスが億劫になったのは。


家族と離れて住んでいて、三十路を過ぎても恋人も持たない。町の雰囲気にそぐわず、私は一人なのだ。


(寒い)


今季一番の寒さは容易に思考を奪ってしまう。寒い以外に出てくる言葉がない。


「だったらポケットに手入れる?」


不意に隣から聞こえた声に視線を泳がすと、恋人同士で繋いだ手を彼氏のポケットに入れているところだった。妙なタイミングで自分の考えていたこととシンクロしてしまったらしい。


見ているこちらが気恥ずかしくなるような光景から目を逸らすように近場のベンチに腰かける。


(いいなあ)


独り身には身に沁みる、それがクリスマスなのである。


「あなた、一人?」


声の方を向くと、白髪のおばあさんが隣に腰かけているところだった。


「え?」


自分に話しかけられたのか分からず、戸惑ってしまう。


「いえね。今年は孫が産まれて初めてのクリスマスだからね、直接プレゼントを渡したくて初めてこっちまで来たんだけど、皆家にいなくて。電話したんだけど、軽くあしらわれてしまったのよ」


聞いてもいないのに、おばあさんは自分の話を始める。初対面の人の身の上話を聞くような性ではないはずだが、不思議と耳を傾けてしまう。


「なんだか肩透かしを食らったような気がしてねえ。こないだおじいさんが他界してしまったし、私は初めてクリスマスを一人で過ごすのよ。そう思ったら少し寂しくてね」


そこでおばあさんは初めて突然話しかけてごめんなさいね、と謝る。慌てていえいえ、とこちらも頭を下げる。


「おばあさんはクリスマスが好きなんですか?」


「ええ。キリストさんのことは良く分からないけれど、皆が嬉しそうにしているのは好きだもの。美味しいご飯やケーキを食べて、サンタさんになって。自分の子供たちや孫が喜んでくれるのは私も嬉しいわ」


あなたは?とおばあさんは私の顔を覗き込む。


「私は…」


言いかけてよどんでしまう。こんなにクリスマスが好きだと話す人の前であまり好きでないというのは少し気が引ける。


「うふふふ。話してくれて構わないのよ。あまり好きでないんでしょう?さっきまでつまらない顔してたもの。」


おばあさんがにこりと微笑むのに思わずこちらも破顔してしまう。


「一人が長くなってしまったもので」


私は顔をうつむき加減にしながら答える。


「このまま何年も過ぎていくのかなと思うと少しだけクリスマスを億劫に感じてしまうんです」


初めましての人に話すようなことではないような気がしたが、不思議と話せてしまった。


「そう」


おばあさんはそれだけ言うと、ふふふと笑う。


「良いこともあるものよ。一人って。結婚したら配偶者と時間を合わせなきゃいけないし、子供がいれば、振り回されてばかりだもの。」


大変だったわあ、とおばあさんは寒空を見上げる。


「まあ、それだけ賑やかだった空間からいざ解放されると、心細くも感じてしまうものだけれどね」


しみじみと言われてはたと気付く。おばあさんの手は真っ赤になっていた。


「あの、寒いですよね」


おずおずと持っていたカイロを差し出す。


「あらあら」


おばあさんは一瞬ためらったが、何かを思いついたかのような顔をすると、ありがとうと言って受け取る。


「あったかいわねえ」


おばあさんは両手でカイロを挟むようにしてすり合わせる。そして、何やら鞄をゴソゴソと漁っている。


「はいこれ」


おばあさんはそっと私の手に何かを置く。じんわりと温かさが伝わってくる。


「こんな老いぼれの話を聞いてくれてありがとうね。それと、素敵なプレゼントもありがとう。」


そう言うと、おばあさんはカイロをこちらに向ける。おばあさんがくれたものを見ると、温かい缶ココアだった。


「周囲の人たちが楽しんでいる様子を見ると、なんだか自分だけ取り残されているような、心細い気持ちにはなってしまいがちだけれど、私は今日、あなたと話せてよかったと思っているわよ」


おばあさんはクシャっとした笑顔を向ける。


「誰もね、こんな老いぼればあさんの話なんて耳を傾けてくれないのよ。だから、聞いてくれて嬉しかったの。それはそのほんの少しのお礼。」


私はおばあさんに貰った缶ココアをぎゅっと握りしめる。冷気にさらされて、冷めつつあるものの、ほんのりと温かさが残っている。


「じゃあね。私これから田舎まで帰らなくちゃいけないから」


おばあさんはよっこらしょと立ち上がると、手を振りながら去って行った。


(一人でも良いことはある、か)


確かに、一人には一人なりの楽しみ方があるのかもしれない。他人を気にせず、自分の欲しいものを自分にプレゼントできるし、他人に合わせて苦手なものを食べる必要もない。


もう一度、おばあさんに貰った缶ココアを強く握る。思いがけなく貰ったプレゼントは、温かくて、でもそれ以上に心が温かくなったような気がした。



「やだやだ、あれ欲しいよ!買って買って!!約束したでしょ!!」


それからしばらくしてベンチから立ち上がろうとした時、先ほどまでおばあさんが座っていた場所に、子連れの親子がやって来た。


どうやら欲しかったプレゼントを買ってもらえず、ぐずっているらしい。


「お願いだから分かって。今年はパパがいないから買ってあげられないの。」


なんとか子供をなだめようとするお母さんの目にはうっすらと光るものがある。お母さんは前に赤子を抱いており、ぐずる子の声に赤子が泣き出し、あたふたとしている。


「もういい加減してよ!」


泣き止まず、ぐずり続ける子と、それにつられて泣き始める赤子と。その親子に何があったのかは分からないが、お母さんはもう既に限界に達しているであろうことは想像に容易かった。


キャッキャッとはしゃいでいた周囲の人たちも親子を一瞥しては、ひそひそと話す。明らか「楽しいクリスマス」の雰囲気ではない。


私は少し考えた後、無意識に缶ココアを握りしめた。缶ココアはほとんど冷めてしまっていた。


少し席を外して再びベンチに戻って来ると、あの親子はまだベンチに腰かけていた。赤子の方は泣き止んだものの、ぐずっていた子は未だ騒ぎ続けている。


「あの」


思い切って話しかけてみる。目元と鼻を赤くしたお母さんがこちらに顔を向け、あ、という顔をする。


「あ、すみません。うるさかったですよね。直ぐ連れて帰ります」


慌てて準備し始めるお母さんを慌てて止める。


「いえ、そうでなくて。これ、良かったらと思って」


そう言って二つ、ゆずはちみつとストレートティーの温かいペットボトルを渡す。買って来たばかりのペットボトルは冷気に長時間さらしたままの素手には、少し熱いくらいかもしれない。


お母さんは目を見開くようにして、一度断る。だが、ペットボトルに触れ、それがまだ買われて間もないと知ってか、素直に受け取ってくれた。


「すみません。先ほど隣に座っていらっしゃった方ですよね?もしかしてわざわざ?」


お母さんはペットボトルと私を交互に見る。ぐずっていた子にゆずはちみつを与えると、泣き叫んで疲れたのか、はたまた寒さに翻弄されていたのか、ペットボトルを抱えてフーフーとしながらゴクゴクと飲み始めた。


「ええ、まあ」


お母さんにはなぜかお見通しのようで、隠しきれず、曖昧な返事だけを返しておく。お母さんはもう一度すみません、と頭を下げた。


「あまり気になさらないでください。私は連れも居ませんし、一人でぼーっと座っていただけですから。それに子供が泣くのは当然のことですし、お母さんが悪いわけでもないでしょう?」


もしも。もしも私が今誰かと一緒にいたのなら。きっとこのお母さんは二人の時間を邪魔してしまってすまない、とまた頭を下げることだろう。私はこの日、また一人で良かったと思えた。


「ありがとうございます」


お母さんは先程よりほんの少しだけ嬉しそうな顔をして、ストレートティーを握りしめる。握りしめる手は、あかぎれでところどころが痛々しかった。


「それでは私はこれで」


おもむろに立ち去ろうとすると、コートをぎゅっと握りしめられる。


見下げると、片手にゆずはちみつを握った子がコートの端をつまんでいた。


「?」


視線を合わせようとしゃがみこむと、ぎゅっといきなり抱きつかれる。子供の体温は大人よりも高い。温かかった。


「???」


「こら!いきなりそんなことしちゃダメでしょ!」


お母さんが慌てて子供の首根っこをつかむ。


「ありがとう、サンタさん!」


お母さんに無理矢理引きはがされるも、その子の顔は笑顔だった。


「あったかいの、ありがとう」


耳と鼻を赤くしたその子はそう言いながらへへっと笑う。なぜか思わず、涙ぐんでしまいそうになった。


「ううあ」


首根っこをつかむのに少しかがんだお母さんに抱っこされていた赤子は、こちらに向かって少し手を伸ばしている。引き寄せられるように手を伸ばすと、指先をぎゅっと握られた。


自分よりもはるかに小さなその手は、指の第一関節にようやく届くほどの大きさで、でもそうとは思えないほどに、強く握りしめる。繋がった部分から小さな温かさが伝わる。


「本当にすみません」


お母さんは申し訳なさそうにする。だが、私にはそんな謝罪など目に留まらなかった。なにも考えていないのに、自然と、ごく自然と涙が溢れた。


「えっえっ」


お母さんが慌てる。私はこぼれた水滴を拭うと、お母さんに笑いかける。


「ちっとも謝る必要なんてないですよ。なんだか少しうれしくて。ありがとうございます」


涙を流しながらふふっと笑う。少し異様な風に映ったかもしれない。



親子と別れ、家へと向かうコンクリートの上を歩く。時計は午後九時を指していた。


空間ができたような心は、なぜか温かさで満ちていた。普段はまぶしく思う電球も、今は綺麗なイルミネーションだと思える。


見知らぬ誰かと温もりを分け合う、そんなクリスマスも悪くない。


これが私のクリスマス。

余力があれば、おばあさんsideと親子sideも書きたいですね…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ