第九十七話 大王の提案
ジェノ海洋国家連合、謁見の間。
大王が唸るように言った。
「久しぶりじゃのう、おどれら」
和也は頭を上げ、高い位置で鋼鉄の玉座に座る人物を見上げた。
玉座にどっしりと構えるは、この国の大王ゴギョウ・ガオエン。
深紅の髪に太いツノ。鋼のような筋肉。
相変わらず、途轍もないプレッシャーを放っている。
「はい、大王様。この度は、我々の持っている情報を伝えに参りました。それと……姫の件の謝罪についても……」
和也は隣に立つカヤをチラリと覗き見た。
カヤは腕を組み、むすっとして突っ立ている。
「ほう、それはありがたいのう。それとな、その馬鹿娘のことは、気にせんでええわ。その娘が失踪するのは、よくあることじゃけえ」
「ちょっと、父様! 一応、書置きは残したわよ!」
カヤが大王に異議を申し立てるが、それは大王を苛立たせるだけだった。
「馬鹿者! たった一言書置き残して、何週間もいなくなる馬鹿がどこにおるんじゃ! ましてやお前は王族じゃろうが! もっと自覚を持たんかい!」
大王の雷が落ちた。
地の底から響く声が、謁見の間に反響する。
「うっ……」
あまりの迫力に、流石のカヤも口を噤んでしまった。
カヤの肩にライサンが手を添えた。
「カヤ、ここは大人しくお叱りを受けておけ」
ライサンはカヤを窘め、自分の両拳を突き合わせて大王に言う。
「大王よ! 姫自らの意志だったとは言え、我々が動向を許したのは事実です。我々にも非はあります。そのことについて、ここに謝罪します!」
「気にせんでええと言うたじゃろ。……まあ、ええじゃろ。獣人の、おどれのような実直な男は嫌いじゃないけえ、謝罪は受け取ろう」
「感謝します」
大王は、深紅のボサボサの髪を掻き乱し、大きな溜息を吐いた。
よく見ると、その顔には疲労の色が滲んでいた。
無理もない。今、この国は混乱に陥っている。
大軍を一気に失ったのだ。
軍の立て直しが急務であるし、民の混乱を抑える必要もある。
さぞ頭を悩ましていることだろう。
如何に豪胆な大王であろうと、心の平穏を保つのは難しい。
和也は大王に情報を伝えた。
この国を発ってエルフの郷へ赴いたこと。
エルフの郷で、ヴィクシャルン帝国の間者と思しき者達と戦闘になったこと。
エルフの郷で起きた異変。
ヴィクシャルン帝国の狙い。
そして、イグサについて。
大王は、より一層渋い顔をして唸った。
「うーむ。しゃらくさいことになっとるのう。それにしても、イグサの阿保めが……」
「イグサさんの行方は、追えているのでしょうか?」
イグサは、マカリステラへ大艦隊が出撃したその日に失踪したらしい。
ジェノ当局は、イグサの捜索を進める内に、イグサとヴィクシャルン帝国の関係性を疑わせる書類や品を見つけ、イグサにスパイの容疑を掛けたようだ。
随分杜撰な証拠隠滅だったようだが、もはや隠す必要がないということだろうか。
「奴の足取りは追えとらん。が、もうとっくに帝国内に入っとるじゃろ」
「そう……ですか……」
「小僧は随分イグサを慕っとったようじゃの。じゃけど、もう忘れた方がええ。考えても腹が立つだけじゃけえ」
「はい……」
自分でも思った以上に落ち込んでいることに気付いた。
不思議とイグサとは馬が合った。
あの周りに振り回されやすい性格に何となく親しみを覚えていたし、誠実で努力を惜しまない姿勢は、とても好感が持てたのだ。
そんな和也の肩に、優しく手が添えられる。
左肩にはライサンの手が、右肩にはカヤの手が。
またこの二人に励まされた。
「ありがとう、二人とも」
カヤが微笑む。
「大丈夫よカズヤ。ね?」
「ああ……そうだな」
その光景を見て、大王が顎を擦りながら呟いた。
「こりゃあ、驚いたのう……」
和也は大王に視線を向け、その意味を問おうとしたが、後ろから聞こえてくる声に遮られた。
「カヤ!」
和也は後ろを振り返る。
そこには、とても美しい女が居た。
深紅の長い髪。金色の瞳。艶やかな着物姿。
その女は駆け足でカヤに近付く。
そして、そのままカヤに抱き着いた。
和也は、突然現れた女の正体を見抜いた。
察しの良くない者でも分かる。誰でも分かる。
その女は、カヤと瓜二つだ。
恐らく、カヤの姉であろう。
「カヤ、心配したんですよ。本当に……」
涙ぐみながらカヤに抱き着く女。
カヤは、少し困った顔をして返事をした。
「もう、心配性なんだから。でも……そうね、ごめんなさい、母様」
は? 母様?
和也は思わず、ポカンと口を開けてしまった。
さぞ間抜けな表情になっていることだろう。
「嘘だろ……母様って、若すぎるだろ……」
「あら?」
和也のその呟きに、女が反応した。
しまった、つい口から言葉が漏れてしまった。
「あっ、す、すみません。余計なことを言ってしまいました……」
女は涙を拭いながら、和也に笑い掛けた。
「いえ、余計なことなんかじゃありませんわ。若い子に若いだなんて言ってもらえて……ウフフッ、舞い上がっちゃう」
女は本当に嬉しそうに笑った。
顔立ちはカヤそっくりだが、雰囲気はまるで違う。
優し気な雰囲気で、とげとげしさは微塵も感じない。
「ゴッホッン!」
大王が大きく咳払いをした。
皆の目が大王に集中する。
「あら、ごめんなさいね、あなた。お話の邪魔をしてしまいましたわね」
カヤの母親は、口元を着物の袖で隠しながら謝罪をした。
大王は頷いて続ける。
「小僧、獣人の、話の途中じゃったが紹介しよう。儂の妻、エンジュ・ガオエンじゃ」
「お初にお目にかかりますわ。よろしくお願いしますね」
エンジュは優し気な笑みを浮かべ、和也とライサンにそう言った。
和也とライサンは挨拶を返し、各々自己紹介をした。
和也は改めてエンジュを見た。
やっぱり、若いよな。
何度見てもカヤの姉にしか見えない。
その若さに何か秘密があるのだろうか、と思ったが余計なことを言ってしまわないよう言葉を飲み込んだ。
大王が低く唸り口を開いた
「それで、おどれらは、これからどう動く?」
「はい、色々と考えていますが、まずはネフェ……セラフからの連絡を待とうかと思います」
和也は考えていた。
誰が敵で誰が味方なのかを。
そもそもの話、ネフェリオは味方ではない。
お互いの利害の上に成り立つドライな関係だ。
少なくとも、情報を聞きだすまでは関係を続けなければならない。
では、敵なのだろうか?
状況が変わってきたように思う。
ヴィクシャルン帝国だ。
かの国は危険だ。自国の利益のため、核をぶっ放した国だ。
放っておけば世界は無茶苦茶になってしまうだろう。
なんとかしなければならない。
核によって世界が火の海になるところなど想像もしたくない。
場合によっては、ネフェリオと手を組む必要がある。
「うーむ、帝国の奴らと一戦交えるなら、儂らも協力したいところじゃけど、今はちと難しいのう。すまんが、今は力を蓄えねばならん」
「勿論分かっております。お気持ち感謝します」
「カズヤ! 私は協力するわよ!」
カヤが自分の胸を拳で叩いた。
得意気なカヤに大王が言う。
「それは駄目じゃけえ」
「どうしてよ!」
「さっきも言ったじゃろう。おどれは王族じゃ、自覚を持て」
「そんなの関係ないじゃない!」
いや、関係なくはないだろう。
和也は心の中でツッコミを入れる。
「駄目よ、カヤ。もう母を心配させないで」
不安げな表情で、エンジュはカヤに訴えかけた。
「母様……でも、私……」
エンジュが懇願する様を見て、流石に勢いが弱まるが、それでも尚も我を通そうとするカヤ。
そのカヤの様を見て、和也が言った。
「カヤ、両親を悲しませちゃ駄目だ。俺には偉そうなことは言えないかもしれないけど……いや、だからこそ言うよ。きっと後悔することになる」
「カズヤ……」
「それに、永遠の別れってわけじゃないだろ? また会いに来るよ。それは約束する」
「……うん、カズヤがそう言うなら」
しおらしくなったカヤを見て、和也は優しい声音で言う。
「そんな顔しないでくれ。またすぐ会えるさ。今回の旅、とてもカヤに助けられたよ。本当にありがとう」
和也の言葉で、カヤは頬を赤く染め俯く。
それからカヤは、両拳を強く握り言った。
「もう! そんなこと言われたら余計に離れたくなくなるじゃない! カズヤの馬鹿!」
「なっ! おいおい、馬鹿とはな―――」
「カハッハッハッハッハッ!!」
和也の言葉が、大きな笑い声に遮られた。
大王は、ひとしきり大笑いしたのち、無邪気な笑みで和也に言う。
「こりゃあ驚いたのう。小僧、一体何をしたんじゃ、おどれは」
「はい? 何とは?」
「どうやって、その娘を御した。そりゃあ、儂にも無理なことじゃけえ驚いたわい」
「いや、別にそんなことは―――」
「小僧、カヤを嫁に取るつもりはないか?」
「えっ?」
困惑する和也を置いて、エンジュが胸の前で両手を叩き言った。
「あなた! それとっても良いですわ! この方になら、娘を任せられます!」
エンジュは、嬉しそうに和也の右腕にしがみついた。
「こんなに人の言うことを聞く娘を見るのは初めてよ。是非とも内の娘を貰ってちょうだい。そうだ! そうすると貴方は私の息子になるのね! ああっ、こんなに可愛らしい息子が出来て嬉しい!」
「ちょっと! 父様!」
カヤが、人差し指でビシッと大王を指した。
「たまには良いこと言うじゃない!」
「カハッハッ! そうじゃろう! …………たまには、は余計じゃ」
勝手に話を進めるガオエン家。
和也は、目線をライサンに送り助けを求めるが、ライサンは頭を掻いて目線を逸らしてしまった。
まいったな……。
とても言い出し難い空気だが、意を決して声を張り上げた。
「あ、あの! とてもありがたい申し出ですが! 遠慮させて頂きます!」
空気がシーンと静まり返る。
大王が片方の眉を吊り上げ、疑問を投げ掛ける。
「何でじゃ? 何が不満じゃ?」
「そ、それは……」
「んん?」
「すでに好きな人が居ますので!」
恥ずかしい。
こんなに注目される中、こんなことをカミングアウトする機会はそうない。
大王が唸る。
「うーん」
大王と妃が顔を見合わせた。
「しゃあないのう」
良かった、分かってくれたか。
「じゃあ、妾ってことでええわ。兎に角、内の娘を貰ってくれ」
全然、分かってくれてなかった。




