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せっかくの異世界ですが全力で帰らせて頂きます  作者: ヨシ
第四章   不滅の記憶
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第九十六話  待機時間

 リーラは闇の中に居た。

 闇と自分を同化させる。


 何も感じない。何も考えない。

 やがて自己を喪失させ、無が訪れる。


 無の世界で、リーラは世界と繋がった。

 いや、もしかしたら、リーラ自身が世界その物なのかもしれない。


 無の世界では時間は流れない。

 どれぐらいそうして居ただろう。


 一瞬の出来事かもしれないし、もしかしたら、永遠と呼べるのかもしれない。

 自己を喪失し、時間を失った世界。


 その世界に、侵入する不純物が一つ。


 「これを読むです」


 その不純物たる声は、少女の高い声であった。


 「えー、なになに」


 軽く咳払いしたのち、声がまた聞こえる。


 「森の賢者のお話。あるところに、森がありました。森は、生命を育む揺り籠。揺り籠の中で、動物たちは不自由なく暮らしていました」


 少女の声が響き、無の世界が歪む。


 「ですが、森に住む賢者は気付いていました。森に異変が起きようとしていることを。賢者は悩みます。その悩みは、異変の原因が分からないことでも、異変に対しての対抗策が思いつかないことでもありませんでした」


 少女の高い声が続き、リーラは無の世界から切り離された。

 そして、自己を取り戻し始める。


 「実のところ、賢者には分かっていたのです。異変の原因も、それに対する対抗策も。ですが、賢者は悩んでいたのです。その悩みは―――」


 「……あの」


 完全に自己を取り戻したリーラは、思わず声を掛けてしまった。


 「おや? どうしたのです?」


 「何故、ここで本を読んでいるのですか?」


 「リーラさんが退屈かと思いまして。あ、内容が気に入らなかったのです? 別の物語にした方がいいですか?」


 リーラは言葉に詰まる。

 障壁を隔てて、桃色の髪の小柄な少女が、首を傾げてこちらを見ている。


 退屈……。


 リーラには、退屈という概念は存在しない。

 あるのは、任務、待機、その他生命活動に必要な最低限の行動のみ。


 今は、待機に当たる時間だ。

 少々長すぎる気がするが、生命活動に支障はない。

 この期間に該当するのは、待機しかない。


 待機時間には、瞑想して自分をクリアにする。

 余計なものが自分を侵食することを防ぐために。

 

 自分には、余計なものは不要だから。


 「そう……ですか……」


 リーラは思考を巡らすが、適切な言葉が思いつかなかった。

 当たり障りのない返事が口から出てしまった。


 「はい! では、続けるのです! えっと、賢者は―――」


 桃色の髪の少女は、楽しそうに続きを読み始めた。


 リーラは、もう何も言わなかった。

 目の前の少女の思考が読めなさすぎる。


 こういった相手の対処法をリーラは知らない。

 今まで対処してこなかった。その必要がなかったから。


 「―――でした、終わり。どうです? 楽しかったですか?」


 朗読を終えた少女は、嬉しそうにリーラに問い掛けた。

 

 何がそんなに嬉しいのだろう。


 リーラは、また言葉に詰まる。

 何と返せば良いか分からなかったし、そもそも、話の内容を聞いていなかったから。

 

 ただ耳に音を入れていただけ。聞いていたとは言えないだろう。


 「……私には何とも」


 「あれ? そうですか? じゃあ、別の本を持ってくるです!」


 そう言って、腰を上げて飛び出そうとする少女。

 これには、流石のリーラも待ったを掛けた。


 「待ってください。必要ありません。……私に構う必要は」


 「え? でも退屈じゃないですか? あたしなら、気が狂うかもしれないです。こんな所に閉じ込めて申し訳ないのです。でも、出す訳にはいかないのです。ですから、これはせめてものお詫びなのです」


 そう言って、屈託なく笑う少女。

 リーラの黒曜の瞳に映るその少女は、とても眩しく見えた。


 「……私には分かりません。私は、貴方達にとっては敵である筈です。それなのに、何故……」


 「うーん、それは確かにそうなのかもしれないですが、あたしには、今のリーラさんが他人事だと思えなくて」


 「……どうしてですか?」


 「あたしも同じだったからです」


 「同じ……とは?」


 「はい。あたしも以前は一人でした。言葉にするのは少し難しいですが、世界に漂い、世界を見下ろす感覚でしょうか? 長い間そうしていたような気がします。自己認識も時間の感覚も曖昧で、それはもしかしたら、気のせいだったのかもしれません。ですが、何者でもないあたしは、確かに欲していたのです。今になって、その気持ちは確信に変わりました。それは―――」


 少女は、一呼吸して続ける。

 虹色の瞳を輝かせながら。


 「それはマスターのお陰なんです。マスターが私を見つけてくれました。私を救ってくれたんです。だから、今度はあたしが誰かを救う番なのです」


 「誰かを……救う……」


 「はい! そうなのです! それでは、別の本を探してくるのです!」


 そう言って、少女は飛び出して行ってしまった。


 一人残されたリーラの口から言葉が漏れた。


 「救う……ですか……」


 そこで思い出した。

 リーラには、救いは必要なかった。

 強がりではない。


 何故なら、リーラは既に救われていたから。


 ずっと前に。


 ある男に。


 リーラは、その者の名を口にした。


 「パルテノ……」


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