第九十五話 重力のシモベ
この秘密基地の外観は、ログハウスそのものだ。
森林地帯の中にポツンと建つこのログハウスには、仕掛けがある。
特殊な材料と魔術により高い強度を誇り、認識阻害の魔術で招かれざる客を寄せ付けない仕掛けとなっている。
内部の構造は、十畳程の広さのリビングと一人用の寝室となっている。
和也達は、場所をリビングに変えて話し合いを続けていた。
リビングには和也、ライサン、カヤ、ユリウス。
コルバスは、ふらっと何処かへ行ってしまった。
和也、ライサン、カヤは、リビングに設置されたソファに腰かけユリウスの言葉を待った。
ユリウスはソファから立ち上がり、ゆっくり歩きながら口を開いた。
「エルフの郷は、今や大混乱です。千年以上破られなかった結界が破られたのですから無理もありませんが……」
結界が破られた理由は、ヴィクシャルン帝国の核爆弾の威力に耐えきれなかったためだ。
不壊と思われていたエルフの結界は、核爆弾という大量破壊兵器の前に脆く崩れ去ってしまった。
しかし、その結界のお陰でエルフの郷自体は無事だったようだ。
ライサンが和也の方を向いて言った。
「カズヤに説明しておくと、大混乱に陥ったエルフの郷から、俺達は一旦離れることを選択した。混乱の渦中に居るより、離れた位置から情報を集めた方が良いと思ったからな」
「なるほど……」
「ユリウスの提案でこの基地に身を隠すことを決めたのだ。そして、ここまでの道中でコルバスに出会った」
「わかった。説明ありがとう、ライサン。それで……ヴィクシャルン帝国は、何故エルフの郷を攻撃した?」
その和也の問いには、ユリウスが答えた。
「はい、それが先程判明しました。―――陽霊の宝玉。それが狙いのようです」
陽霊の宝玉。
それは確か、エルフの郷の結界の源になっているアーティファクトだったか。
「なんでそれを欲するんだ?」
「それは分かりません。帝国の斥候部隊はその情報を持っていませんでした」
「斥候部隊?」
「そうです。帝国は大軍をエルフの郷へ進軍させました。陽霊の宝玉を力づくで奪うつもりのようです」
ユリウスの報告を聞いて、ユリウスを除く三人は衝撃を受けた。
ライサンがユリウスに問う。
「それで、エルフ達はどう動く?」
「エルフの王リーベンドルフは、迎え撃つ覚悟のようですが、少々厳しい状況と言わざるを得ません。帝国軍は少なくとも一万以上の大軍で練度も高い。対してエルフは実戦経験に乏しく、兵の練度も高いとは言えません」
和也が独り言のように呟いた。
「……そうだ、同盟国のジェノ海洋国家連合はどう動くのだろう? というか、マカリステラへの侵攻はどうなっているんだ……」
「そのことですが……」
ユリウスがカヤの方へ視線を投げた。
カヤはその視線の意味を察し、自分の胸に手を置く。
「私は大丈夫よ、ユリウス」
ユリウスは頷いて答える。
「ジェノ海洋国家連合は、マカリステラ自治国へ大艦隊を出撃させました。ですが、海上で全て大破したようです」
またもやユリウスを除く三人は衝撃を受けた。
カヤがユリウスに訊いた。
「何があったって言うの?」
「詳細までは分かりません。ですが、これも帝国が仕掛けた罠かと思われます」
和也が目線を落とし、静かに言う。
「そうか……繋がってきたぞ。だから帝国はアネモス香でジェノを煽っていのか。ジェノを煽り、大艦隊を出撃させた。大艦隊を海上で一網打尽にするために。そして、大幅に戦力を失ったジェノは、エルフの郷へ軍を送ることが出来ない」
「どうやら……そのようです」
また戦が始まってしまった。
俺達はどう動くべきか。
和也は視線を落としたまま頭を抱える。
どうするべきなのか分からなくなってしまった。
イグサには裏切られ、ネフェリオには都合のいいように利用された。
正直、心が疲弊していた。ここから先、進み方を誤れば完全に潰れてしまう予感がある。
ふと、肩と背中に温もりを感じた。
目線を上げる。
ライサンの掌が肩に、カヤの掌が背中に添えられていた。
「ライサン……カヤ……」
「大丈夫よカズヤ! 私が付いてる!」
「俺も居るぞ! 共に悩むとしよう!」
そうか……俺は一人じゃなかったな。
一人でなんとかしようとするから潰れるのだ。
簡単な話だ。
だったら、一人でやらなければいい。皆に支えてもらえば良い。
「ありがとう、ライサン、カヤ」
俺だけが苦しい訳じゃないよな。
特にカヤは、自国の軍が大損害を受けたにも関わらず気丈に振舞っている。
頭が下がる思いだ。
「俺も二人を支える。俺にも重荷を背をわせてくれ」
ライサンとカヤの顔が綻ぶ。
和也も顔を綻ばせ、視線をユリウスに向ける。
「ユリウス、お前の分もだ。お前の分も背負うからな」
「……私のも……ですか?」
「そうだ」
「良いのですか? 私は、貴方達に隠し事をしていたのですよ?」
隠し事、それは、ネフェリオの動向についてだ。
つまりは、俺達が囮だと分かっていたということ。
「正直、むかつく気持ちはあるさ。けど……お前は俺を助けてくれた。だから、俺はお前を許す。俺がそう決めた、文句あるか?」
「アハッ、カズヤったら、何よその言い方。上から目線すぎて面白いわ」
「これは照れ隠しというやつだろう」
カヤの後にライサンが続く。
和也は顔を赤くしながら抗議の声を上げた。
「ベっ、別にそんなんじゃないって!」
「アハハッ! カズヤ、可愛いわね」
「だから、からかうなって!」
「フフッ」
ユリウスが笑った。
「私は何と幸せ者でしょう。貴方達と出会えたこと、これは私の人生に於いて最大の幸運!」
「大袈裟だって」
和也はツッコミを入れ、右手を前に差し出した。
その右手を見て、ユリウスは微笑む。
和也の右手を掴み、固い握手を交わした。
「私はエルフの郷へ行き、非戦闘員の避難誘導に努めようと思います」
「なら、俺達も!」
「いえ、それには及びません。直にネフェリオ様から貴方達へ連絡が入る筈です。それまでは、今後どう動くかを見極め、準備を進めておいてください」
ユリウスは曇り一つない碧の瞳で和也を見据える。
和也はユリウスの気持ちを受け取った。
「分かった。何かあったら俺達を頼ってくれ」
「感謝します。……しばし、お別れですね」
「ああ……」
ライサンとカヤがユリウスに別れの言葉を告げる。
「お前と共に旅が出来て光栄だった」
「元気でね、ユリウス。今度会ったら、もっと演奏を聴かせてね」
「お二人とも……このユリウス、貴方達との思い出を生涯忘れないでしょう」
別れの言葉に対して、ユリウスが大袈裟にリアクションを取る。
しんみりとした空気が流れ始めた時、このログハウスの扉が開かれた。
「あー、雰囲気を壊して悪いんやけど、ちょっとええかな?」
扉を開き、声を発したのはコルバスだった。
前髪で視線が隠れているため、相変わらず何処を見ているのか分からない。
ユリウスがコルバスに問い掛けた。
「どうしました? コルバス」
「今すぐ此処から離れてもらえるやろか?」
「何があったのです?」
「帝国の奴らや。この場所がバレてるっぽいわ」
「それは本当ですか? 一体何故……いや、今は―――、分かりました。急いで離れましょう」
ユリウスの言葉を聞いて、皆一斉に動き始めた。
ログハウスを出ると、和也は陽光の眩しさに目を細めた。
ログハウスには窓が無いので分からなかったが、時刻は昼時といったところか。
木々が生い茂る森林地帯。
辺りは静寂に包まれているが、和也は違和感を感じ取っていた。
コルバスが天を仰ぎ、言った。
「あちゃー、遅かったか」
周囲を見渡し、声を張り上げた。
「オタクら! 居るのは分かってるでえ!」
コルバスの叫びに反応し、その者達は木々の陰から姿を現した。
緑の外套を纏い、フードを目深に被った者達。
音も無く忍び寄るその動きは、高度に訓練された者の技だ。
手練れだな……。
しかも、数は十か。
和也は戦闘態勢を取りながら、冷静に状況を見る。
敵は殺気立っている。話し合いで解決は無理そうだ。
というか、こいつらは何者だ?
「あー、キミら、ヴィクシャルン帝国の隠密部隊やろ? 暗殺特化のスペシャリスト」
それを聞いて、敵の集団の内の一人が前に出てフードを外した。
「どうやら、正体を隠す必要はないようだな。我の名はイゴレウ。悪いが死んでもらう」
イゴレウと名乗ったのは、短髪で厳めしい顔つきの男だった。
イゴレウは、腰からククリナイフを二本抜き、逆手で構えた。
残りも者達もそれに倣い得物を構える。
和也も剣を抜いて、前方に立つコルバスに言う。
「やるしかないようだな?」
「せやなー。こうなったらしゃーない。あ、でも、キミらは見ててくれたらええ」
「何言ってんだよ、一人では難しいだろ。一応、お前に助けられたし、恩を返そう」
和也がそう言うと、ユリウスが手で和也を制止した。
「ユリウス?」
「ここはコルバスに任せましょう」
それを聞いてライサンが口を挟んだ。
「いやしかしな、この人数は厄介だぞ」
カヤが後に続く。
「そうよ! 私にもやらせなさい!」
「大丈夫ですよ。彼は、強い」
そして、暗殺者達が動き出した。
一斉に飛び出して、こちらとの距離を詰める。
一切無駄の無い動き。ククリナイフの刀身が輝いた。
刃がコルバスの体を裂こうとする瞬間、グシャと音が聞こえた。
それは、黒い球体だった。
半径一メートル程度の黒い球体が突然現れて、暗殺者の一人に衝突したのだ。
黒球に衝突され、暗殺者は吹き飛んだ。
体が宙に浮き、頭から地面に着地する。
暗殺者は、そのまま動かなくなった。
あれではまず助からないだろう。
残りの暗殺者達は驚いて足を止めるが、それは一瞬だった。
高度に訓練された暗殺者達は、即座に精神を立て直し攻撃を再開。
だが、暗殺者達は直ぐに思い知る。
黒球の恐ろしさを。
黒球が次々と現れる。
合計七つ黒球が現れ、それぞれが意思を持っているかのように、空中を暴れ始めた。
黒球が暗殺者達に襲い掛かる。
暗殺者達は手も足も出なかった。
黒球はターゲットをどこまでも追尾する。
それならばと、暗殺者達はナイフで黒球を攻撃するが、硬質な表面に弾かれてしまった。
黒球に手足を砕かれ、頭蓋を粉砕され、内臓を破壊された。
黒球の暴力の前に、暗殺者達は為す術なく倒れていった。
「何なんだよ……これは……」
和也が呟き、ユリウスがそれに反応した。
「久しぶりに見ましたが、相変わらず……恐ろしい力です」
「あれがコルバスの力か?」
「ええ、そうです。重力のシモベ。彼の能力です」
暗殺者達は次々に倒れていき、息のある者はイゴレウだけになってしまった。
イゴレウは脚を折られており、膝を付いた状態でコルバスを睨む。
「……化け物め」
「失礼やなキミ。誰が化け物やねん」
「ハッ、余裕をかましていられるのも今の内だぞ。貴様らは、我らヴィクシャルン帝国が必ず潰す。帝国の恐ろしさを身を持って知るといい。我らの同志が―――」
グシャリ。
肉を潰し、骨を砕く音が聞こえた。
黒球がイゴレウを叩き潰したのだ。
「あー、アレやなキミ。熱くなって周りが見えんくなるタイプや。もっと周りを見た方がええで。もう遅いけど」
コルバスは無慈悲に敵を叩き潰した。
風が吹き、長い前髪が揺れた。
前髪の隙間から覗く紫紺の瞳が、鈍く光っている。
その瞳には、何も映っていないように見えた。




