第九十一話 白刃
キメラの姿を見て、カヤが嗤った。
「アハッ! 随分かっこよくなったじゃない! 以前の陰気なエルフよりは好みよ」
「ふん、小娘が。すぐに軽口を叩けなくしてやる」
「やってみなさい」
今にも飛び出しそうなカヤを和也が諫める。
「落ち着けカヤ。三人で連携を取るんだ」
「大丈夫よ。意外と冷静だから」
「ならいい」
ライサンがその場で軽く跳ねながら言う。
「カズヤ、俺とカヤでフォローする。好きに暴れろ。カヤもいいな?」
和也とカヤは頷いた。
そして、和也は飛び出した。
地面を蹴り、突貫。
高い音が響き、剣と触手が衝突。
弾かれた剣を即座に返し、二撃目を繰り出す。
その時、キメラの腹のツノが突然伸びた。
伸びたツノは、和也の腹に突き刺さる。
「いっ!」
太いツノに突き刺され、強烈な痛みに襲われる。
和也は、反射的に後ろに下がった。
すぐに体の再生を行う。
「くらいなさい!」
和也が下がると同じタイミングでカヤが大声を上げた。
金棒をキメラの頭部に振るう。
キメラは、カヤの金棒を触手でガードした。
金棒の強烈な威力に、キメラは顔を顰める。
「くそっ、この怪力女が!」
キメラがカヤに意識を奪われている内に、ライサンが左側面から迫る。
「おっと、視えてるぜえ」
キメラは、ライサンのガントレットを猛獣の顎で受け止めた。
そこへ、カヤの金棒が再び迫る。
キメラはカヤの動きを視界の端で捉えていたが、金棒の威力を思い出して、一瞬だけ触手でガードするのを躊躇してしまう。
ほんの一瞬の隙。
和也には、それで十分だった。
剣を素早く奔らせ、腹のツノを叩き折る。
「くそがッ!」
キメラが罵声を吐いた。
冷静さを欠いたら最後。
金棒とガントレットがキメラに叩き込まれる。
正面からは和也の斬撃。
立て続けに攻撃を食らい、キメラは咆哮を上げた。
「あああああああああッ!!」
猛禽類の脚力を使い、高く飛び上がる。
和也達から離れたところで着地し、包囲網から逃げ出すことに成功。
「ハアッ……ハアッ……、てめえら、クソがぁ……」
キメラはすでに満身創痍。
肩で大きく息をしながら、悪態をついた。
「頑張って~、キメラ~」
離れた位置に居るミラージュが、暢気な調子で声援を送っている。
キメラは舌打ちをし、再び高く飛び上がった。
ズドンと衝撃を起こしてミラージュの隣に着地。
鋭い目で睨み、ミラージュに言う。
「おい、ミラージュ! てめえも協力しやがれ!」
「え~、面倒くさいな~。まあ、しょうがないか~」
ミラージュは緩い口調を崩さず「じゃあ、いくよ~」と言って両手を広げた。
地面が青白く輝き、ドーム状の結界が現れた。
ドーム状の結界は、キメラ、和也、ライサン、カヤを封じ込めた。
「何よこれ!」
カヤが喚きたてる。
「落ち着け、カヤ。どういうつもりかは分からないが、結界が張られたところで、俺達の優位は変わらないさ」
今の和也発言、それは客観的事実であった。
状況は相変わらず三対一。
ミラージュは結界の外。戦闘に加わるつもりはないようだ。
「カズヤ、カヤ、まだ余力はあるな?」
「問題ない」
「全然、よゆーよ」
和也達の気勢は落ちていない。
そんな和也達を見て、キメラは苛立たし気に罵声を吐いた。
「クソどもが。余裕かましてられるのも今の内だ、コラ」
キメラの顎が外れ、口が大きく開かれた。
その口から、ニョッキと触手が現れる。
触手の先端が開かれ、そこから紫の霧が吐き出された。
最初に和也が反応した。
「毒だ!」
敵の狙いはこれか。
結界で密閉空間を造り、毒を充満させる。
これはまずいな。
和也は思考する。
自分は問題ない。
だが、ライサンとカヤは別だ。
和也は即座に判断した。
「二人とも、下がっていてくれ! 速攻で決着をつける!」
こうなったら、出し惜しみしていては駄目だ。
毒が結界内に満ちる前に敵を倒さねば、面倒なことになる。
和也は、アスクレピオスの新星を発動。
和也の身体に力が漲る。
神の力をその身に宿した無双の戦士が顕現する。
「いくぞ! キメラ!!」
腰を低くし、脚に魔力を溜める。
和也は、一太刀で決着をつけるつもりだった。
その時、キメラが嗤った。
「使ったな? その力を」
突然、結界が解除された。
その後、キメラは後ろに飛び退く。
そして、キメラとミラージュは青白い光に包まれた。
和也は焦る。
「しまった! 結界はブラフか!」
敵は、わざと俺にこの力を使わせた。
俺は、この力を使うように仕向けられた。
この力の効果が切れるまで、何処かに身を隠すつもりか。
和也は床を蹴り上げた。
重力を無視し、弾丸の如き勢いで敵に近付く。
だが、一歩遅かった。
「バイバーイ」
ミラージュが微笑みながら手を振る。
その光景を最後に、ミラージュとキメラは消え失せた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ダンジョン地下深く、キメラは悪態をついていた。
さっきから悪態が収まらない。
「クソクソクソ。あのクソども。早くぶっ殺してやりたいぜ」
和也達から受けた傷がまだ痛む。
この特殊な体は頑強であり、治癒能力も高い。
多少の傷であればたちどころに塞がるが、傷が深い場合はその限りではない。
修復には時間が掛かりそうだ。
特に和也から受けた傷だ。この傷が最も深い。
完治するには、それなりの時間を要するだろう。
「まあまあ、落ち着きなよ~。もう少し我慢したら、ぶっ殺せるじゃない」
その言葉を受けて、キメラは少し表情を和らげた。
「ああ。まあ、そうだな。情報通りだ。あのカズヤとか言うガキは力を使いやがった。奴をガス欠させることさえできれば、あとはじっくりなぶり殺しだ」
ミラージュとキメラは、このダンジョンの構造を事前に頭に入れていた。
和也達が今いるエリアは、複雑に入り組んだ迷宮区画。
そう簡単に出られはしないだろう。
和也は無駄に力を使い果たすだろう。
その間に、まずは動ける程度までに傷を癒す。
その後、ダンジョンの仕掛けを利用して、和也達を追い詰めていく。
そういう計画であった。
「そうそう、その意気だよ~」
ミラージュは、目を線のように細くして微笑み、小さく拍手する。
「まずは、あのクソ女からだ。触手で首を絞めつけて、ゆっくり殺してやる。ケヘヘ。そうだ、最後にこいつで頭を嚙みちぎるのもいいな。獣人は毒だな。毒で動けなくなったところを串刺しだ。ああ、楽しみだぜ。最後はクソガキだ。あいつは特別丁寧にやらなきゃな。さーてどうするか、どうするか。そうだ! 決めたぞ、俺は―――」
「シーッ」
一人で熱が入るキメラの唇に、ミラージュの人差し指が触れた。
「あん? どうした?」
ミラージュの人差し指を撥ね退けて、キメラは怪訝な顔をして問いかけた。
「何か聞こえない?」
「んん? いや、俺には何も―――」
ズドン。
上空で爆発音が鳴った。
今度はキメラにも聞き取れた。
二人は顔を見合わせる。
「なんだ? 何の音だ?」
ズドン!
また聞こえた。しかも、前回より大きい。
「おいおい、何だよ」
ズドン!!
音はどんどん大きくなっている。
爆発の振動がここままで伝わってきた。
地面が揺れ、大気が震える。
「おい、これってひょっとしてよお。……こっちに近付いてきてねえか?」
キメラとミラージュは、ダンジョンの天井を見上げた。
直後、天井が爆ぜる。
石片が飛び散り、砂埃が舞い、爆音が鳴り、爆風が巻き起こる。
キメラは驚愕した。
口を開いたまま、思考停止。
予想外の出来事に頭が追いつかない。
「キメラ! 覚悟しろ!」
飛び散る石と埃の中、和也が現れた。
和也の叫びを受け、キメラは我を取り戻すが、時すでに遅かった。
白刃一閃。
キメラは、袈裟懸けに斬られた。
頑強な体がいとも容易く切り裂かれ、大量の血が飛び散った。
「クソ……な……ぜ……」
キメラは深手を負い、地面に崩れ落ちる。
膝をつくキメラに、和也は剣先を向ける。
「さあ、吐いてもらおう。お前達は何者だ?」




