第八十九話 追跡
ユリウスを先頭にダンジョンの通路を進む。
人が横に十人は並んで歩けるぐらいの広い通路であった。
壁の灯は、足元を確認出来るぐらいには明るいが、十分とは言えない。
頼りない灯は、ダンジョンを薄暗く照らしている。
その薄暗さが余計に恐怖心を煽る。
寒々しい雰囲気が和也の体を震わす。
こんな所は、一刻も早く出たいものだ。
蛇腹の魔女を倒した以降は、敵と遭遇していない。
それでも、いつ何時、敵が現れるのか分からない状況。
警戒の糸を緩めることは出来ない。
和也は、そこでふと思った。
ダンジョンに生息する凶悪な怪物達のことだ。
怪物達がダンジョンを飛び出し、郷を襲うことはないのだろうか。
前を行くユリウスに近付き、質問してみることにした。
「それならば、大丈夫ですよ」
「どうして?」
「ダンジョンの怪物達は、ダンジョンから出れませんので」
「え? そうなのか? それは何故?」
ユリウスは前を向いたまま、穏やかな口調で答えた。
「そういうことになっていますので」
「……どういうこと?」
答えが返される前に、後ろから叫び声が上がった。
「あ! 見つけたんですけど!」
メリラが叫びながら前に飛び出した。
視線の先には、四角形の祭壇があった。
「待ってください!」
先行するメリラにユリウスが待ったを掛けるが、それはメリラの耳には入っていないようだ。
「ちっ、あいつ、宝のことになると周りが見えなくなるからな」
ルグリが悪態をついた。
ユリウスに続き、他の面々もメリラを追いかける。
メリラは祭壇に到着し、目を輝かせた。
祭壇には、銀色に輝く石が置かれていた。
祭壇上の天井から太い根が伸びており、根の先から銀の雫が滴り落ちている。
その雫は祭壇の窪みに溜まり、雫が凝固し銀色に輝いている。
雫の正体、凝固する原理は不明であるが、これこそがまさにダンジョンの神秘なのであろう。
「あった、あった。情報通り! イイ感じじゃん!」
はしゃぐメリラに、ユリウスが追いついた。
「隊列を乱してはいけませんよ、メリラさん」
「ええ? あ、ごめんごめん。まあ、こうやって目的の物も見つけたし、問題なし! って感じ」
謝罪の言葉を述べてはいるが、悪びれる様子のないメリラ。
そして、メリラは銀色の雫石に手を伸ばした。
その時、カチッという音が聞こえた。
祭壇を中心に、地面に亀裂が入る。
亀裂は一瞬で大きくなり、地面が崩れ落ちる。
メリラとユリウスは、浮遊感を味わい、重力に引っ張られ下へ。
「ユリウス!」
「メリラ!」
和也とルグリが叫んだ。
和也はユリウスへ、ルグリはメリラへ、それぞれ手を伸ばすが、間に合わなかった。
ユリウスとメリラは崩落に巻き込まれ、下へ消え失せた。
ルグリが声を震わせ呟く。
「おいおいおい、嘘だろ……」
その顔には、薄ら笑いは存在しなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「大丈夫だ! 降りて来て問題ない!」
ライサンが声を張り上げた。ライサンの声が、ダンジョンに反響する。
和也は、崩落して抜け落ちた床の穴を覗いた。
思ったほど深くはない。
下まで十五メートル程度であろうか。
並みの体ならば、この高さは問題だ。
だが、和也達ならば、この程度の高さは問題ない。
戦闘が得意ではないルグリでさえ、その問題をクリアしていた。
魔力で身体能力を強化すれば、何も問題はないのだ。
和也達は穴から飛び降りて、下の階へ着地した。
そこには、ユリウスとメリラの姿は無かった。
「どこに行ったのよ!」
カヤが視線を周囲に走らせて、苛立ちの声を上げる。
「一通り瓦礫を除去してみたが、何処にも居ない……どういうことだ……」
ライサンが腕を組みながら、不思議そうに呟いた。
「嘘だろう!? マジかよ、マジかよ、メリラ、マジかよ!」
ルグリが頭を抱えて、大きく動揺し始めた。
そんなルグリの肩をライサンが優しく叩く。
「大丈夫だ。ここには死体すらない。きっとまだ生きている」
ルグリは、肩に置かれたライサンの手を撥ね除けた。
「う、うるせえよ! お前に何が分かる!」
ライサンに怒りをぶつけるルグリ。
いつも薄ら笑いを浮かべている普段のルグリからは、想像できない姿だった。
その後、ルグリはハッと我に返る。
「わ、悪い」
ライサンは、尚も優しく言う。
「ああ、問題ない」
和也は、少しだけルグリを見直した。
ルグリはメリラのことを心から心配しているようだ。
普段の軽薄な態度からは想像し難いが、仲間を思う気持ちは、しっかりとあるようだ。
「どうする? カズヤ?」
ライサンは和也に問いかけた。
和也は考えた。チラッとカヤの顔を覗き見るが、すぐさま視線を前に向けた。
「うん、とにかくここから動こう。ライサン、先行を頼めるか?」
「了解だ」
ここに留まっていても始まらない。
聴覚が優れているライサンを先頭に、捜索にあたることにする。
そう決めたは良いが、また問題が起きた。
床が青白く発光し始めたのだ。
「ちょっと! 何よこれ!」
カヤの怒声を聞きつつ、和也は直観で理解した。
「これは……転送罠か!」
青白い光に飲み込まれ、この場の者達は消え失せた。
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「ここは……どこだ?」
気が付くと、走り回れるほどの広い空間に立っていた。
樹木と一体化した薄く光る壁、土の地面、ダンジョンの中に居ることは間違いない。
「皆、無事か?」
「ああ、問題ない」
「私もよ」
「俺もだ。ったく何だってんだ……」
全員の無事を確認し、取り敢えず一安心。
その時、ライサンが前方に目を向け、構えを取った。
「誰か居る!」
前方に人影。薄暗い灯では、その者の全貌を確認することは出来ない。
その人物は、ゆっくりとした歩調で、暗がりから姿を現した。
「ユリウス!?」
和也は叫ぶと共に、ユリウスの方へ駆けだした。
「良かった! 無事だったか!」
「ええ、何とか。ご心配をお掛けしました」
ユリウスの無事を確認し、和也は胸を撫でおろした。
「……というか、メリラはどこだ?」
和也は周囲を見回した。
居ない。メリラの姿が見えない。
和也は、もう一度ユリウスに視線を戻そうとした。
その時、背中と腹部に異変を感じた。
腹に視線をやると、鋭い切っ先を持つ細い金属が腹から突き出していた。
「……は?」
和也は首を後ろに向けた。
ユリウスが、レイピアを和也に突き刺していた。
ユリウスの瞳は、帽子のツバに隠れており、真意を読み取ることは出来ない。
「ユリウス……どういうこと―――ぐはっ!」
突き刺さったレイピアを思いっきり引き抜かれた。
その拍子で、和也の口から血が溢れる。
「カズヤ!!」
カヤが叫び、金棒をユリウスに叩き込む。
ユリウスは、後方に下がって金棒をヒラリと躱す。
ライサンは、毛を逆立させ威嚇する。
「どういうことだ!? ユリウス!」
ユリウスは不敵に笑った。身を翻して、ダンジョンの奥へ消えていく。
和也は体を回復させ叫び声を上げた。
「追うぞ!」
和也達は、ダンジョンの奥へ駆けだした。
ライサンが先陣を切る。
「俺の後に続いてくれ!」
ライサンの鋭い聴覚からは逃れられない。
ユリウスの足音を正確に捕捉し、入り組んだ通路を進む。
和也の心には、疑問と怒りが溢れていた。
何故だユリウス。
何故、裏切った。一体、何を考えている。
今まで燻っていたユリウスへの不信感が爆発した。
「くそっ、あいつを信じた俺が馬鹿だった」
あいつはネフェリオの使徒だ。
ネフォリオは大量虐殺を目論んだ大悪党。
ならば、その使徒であるユリウスも悪に決まっている。
こんな単純な理論に何故気付かなかった。
あいつらは、初めから俺を騙していたんだ。
和也は頭に血が上り、怒りに身体を震わす。
全速力でユリウスを追いかけた。
幅の広い通路をライサンの後に続き駆け抜ける。
そして、ついに追い詰めた。
そこは、また広い空間だった。
見たところ、逃げ道は無い。袋小路だ。
ユリウスは、広間の奥で佇んでいる。
その顔に笑みを携えて。
不気味だった。何を考えているのか分からない。
先頭に居るライサンは、警戒を緩めることなく問い掛ける。
「追いかけっこは終わりか? ユリウス」




