第八話 またとない好機
翌日からは、目まぐるしく時が過ぎていった。
水や食料の確保、宮殿の探索、戦闘訓練、魔術の修練、文字の読み書きの勉強、などなど、やるべきことは山ほどある。
第一優先の食料の確保だが、安定して動物を狩れるようになってきた。
それと、キノコや木の実、果実も見つけることができた。
俺達には、食物の毒の有無を判断できない為、新たな食物を見つける度に、セリスにその有無を確認するのだが、分からない、の一点張り。
この女神、微妙に役に立たないんだよな……。という内心の思いは、口には出さないでおいた。
俺だって元の世界のキノコの見分けなど付かない。それを糾弾しては酷と言うものだろう。
今更だが、俺たちの言葉がセリスに通じる理由は、結局分からなかった。
どうやら、俺たちはこの世界の公用語を話してる、ということになっているらしい。
仕組みは不明。
ただ、この世界の文字は読めなかった。だから勉強中だ。
この世界では、自衛能力を身に着けることも大切だ。
俺と優斗は戦闘訓練を始めた。
お互い剣の扱いは素人だが、それを補ってあまりある身体能力だ。
魔力操作―――、というのだろうか。日に日に上達しているのが分かる。
それと魔術の修練だ。この世界には魔術がある。魔力を力に変え奇跡を顕現する技法だ。
セリス曰く、魔術の得手不得手は、天性の素質によるところが大きいらしい。
魔術は感覚的なところが大きいようで、俺はまだ取っ掛かりを掴めきれずにいた。
最後に神意のことだが、更なる力を引き出す為、試行錯誤していた。
この力を他人にも行使することが出来れば、かなり戦術の幅が広がると考えているのだが、どうやら出来ないらしい。
これは、あくまで個人用ということなのか。これは治癒と言うより、再生と言った方が適切だろう。
この力は、まだまだ奥が深いと感じている。
だが、そもそも、この力の鍛え方さえ分かっていないのが現状だった。
目的である夢幻の魔晶石の捜索は、少し先送りになりそうだ。
「二人とも、ちょっと来てくれ」
日課の戦闘訓練を行っていた俺と優斗に、セリスが声を掛けてきた。
この宮殿には地下区画があるようだが、その入り口は封印されており、探索できずにいた。
そういえば、セリスはその封印の解除方法を解析をしているのだったな。
何か進展があったのだろうか?
セリスに言われるがままに付いていくと、やはり地下区画の入り口だった。
「封印解除に成功した」
「おお、やったじゃん! じゃあ地下を調べれるね」
セリスの報告に、優斗が早くもやる気を出している。
セリスが解除された扉を開けた。
扉の先には下へと続く階段、そして、闇が広がっていた。
先の見えない闇は、人の恐怖を駆り立てる。
「これは……覚悟を決める必要がありそうだ」
和也が闇を見つめながら、そう呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「精神を守る壁」
セリスが魔術を唱えた。
「この先、どんな罠があるか分からないからな。精神異常系の罠を防ぐ為の魔術だ。だが、これは万能ではない。強力な罠であった場合は、防御を突破される可能性がある。油断するな」
和也達は装備を整え、再び地下区画の入り口前に集まっていた。
セリスの言葉に、和也と優斗は気を引き締める。
何はともあれ、これで地下区画が探索できる。
同時に、山場を迎えることになる、そのような予感があった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
地下に続く長い階段を下りながら、セリスは考えていた。
地下区画、恐らく何らかの罠が待ち受けているだろう。だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
夢幻の魔晶石の手がかりがあるはずだ。
今の私の状況を、父上が知ったらどう思うだろうか。
ついぞ誰も私の救出には来なかった。恐らく見放されたのだろう。
禁忌を破ったのだ、当然と言えば当然か。
セリスは自虐的に笑う。
セリスら有翼族は、神の使いと言われる種族である。
人とは比較にならない程の長命種であり、その寿命は千年とも二千年とも言われている。
セリスはその種族として生を受け二百年余り、種族の中では若い部類に入るが、他の者とは違う所があった。
何故、皆、疑問を抱かない。ただただ、伝わる教えを守り毎日を何事もなく過ごす……。
それでは駄目なのだ。何故、分からない。世界はこんなにも理不尽が溢れているではないか。
何故、変えようとしない。何故、神の意志を理解しようとしない。
私は誰よりも神の意志を理解する。私がこの世界を救わねばならない。
だから私は求めたのだ、夢幻の魔晶石を。
セリスの父は、聖典の管理者と言う一族の中でも高い地位とあって、セリスは様々な文献に触れる機会があった。
その中で見つけた、天空の宮殿、そして夢幻の魔晶石のことを。
その時からセリスは計画を始めた。文献で天空の宮殿のことを調べ上げ、セリスの同調者を集った。
そして時は満ち、計画を実行したのだ。ガーディアンのことは文献にも載っていたが、まさか数千年前の骨董品が稼働するとは思わなかった。
口惜しかった。ガーディアンに計画を邪魔されたのだ。
同行した同調者はすべて逃げ出した。
セリスは最後まで残り、夢幻の魔晶石を必死で探した。そして、ついにはガーディアンに追い詰められ、死を覚悟した。その時、罠が発動した。結果的には命拾いしたのだ。
次に目を覚ました時、異世界から来たと嘯く、怪しげな二人組に出会った。
セリスはこの先、またとないであろうチャンスに高揚していた。
この二人だ。この二人がここまで私を導いた。
利用できるだけ利用してやる―――。と考えていたが、今は……。
驚いた、自分の心の変化に。二人とも、自身の葛藤と向き合いながら前に進むことをやめない。
そうだ、それが私達のあるべき姿なのだ。生きる屍のような同族とは違う。
これが本当に生きるということだ。
この二人になら、ほんの少し、ほんの少しだけなら慈悲をかけてやっても良い。今はそう思えた。