第八十七話 夜光の中
「多分、あんたは誤解しているだろうけど、私達エルフは高潔、清廉を尊ぶ種族だ。そして、他者との関りを最小限にし、日々を慎ましく生きる者達さ。私含め、ユリウスや穴倉の住人は、例外中の例外」
ヘレナは続ける。
「そういうこともあって、必然だったんだろうねえ。私とユリウスが出会ったのは。あぶれ者が、あぶれ者と出会う。自然な成り行きさ。私達は不思議と馬が合った。しばらく一緒に、世界を見て回ったりもした」
懐かしむように、語りは続く。
「あいつと私で吟遊詩人の真似事をして、日々の身銭を稼ぐ。あいつが演奏し、私が唄う。稼げる時もあれば、からっきしの時もあって、それでもあいつは、いつも楽しそうに笑っていた」
和也は、ユリウスの様子を頭に思い描いた。
楽しそうに演奏するユリウスを。
ヘレナは、煙管に溜まった灰を受け皿に落とし、また喋り出した。
「そうやって世界を旅したのさ。そして、その時に出会ったんだ。あの男に」
「あの男?」
「ああ。有翼族の男。名前は―――、ネフェリオ」
「なるほど……その時に出会ったのか……」
「おや? ネフェリオのことを知っているかい?」
「ええ、まあ」
「そうかい。ならネフェリオの説明は省かせてもらおう。まあもっとも、私はネフェリオのことは良く知らないんだけどね。……それで何故だか、ユリウスはネフェリオに心酔していった。そうしてそのまま、あいつは、ネフェリオに付いて行ったのさ……」
ヘレナの口調は穏やかであったが、どことなく棘が含まれているように和也は感じた。
「まあ、結局のところ、私もユリウスのことを理解していなかったのかもしれないねえ。共に過ごした時間はそれなりに長いけど、そうさねえ、あいつの深い部分には、私は触れられなかった。言葉にすると、そんな感じかね」
「そう……ですか」
有益な情報を聞けたとは思う。
だけど、核心には至れなかった。
ヘレナでさえ、ユリウスのことは掴みきれないと言う。
それならば、短い付き合いである俺達が、ユリウスを理解するのは無理な話か。
「だけどねえ」
ヘレナは、前髪で隠れていない右目で和也を見据える。
「あいつの楽しそうに音色を奏でる姿、あれこそが、あいつの本当なんじゃないか、と私は思っている。―――だから、少しぐらいは、信じてみても良いのかもしれない。そう思うよ」
和也は、ヘレナの言葉に頷く。
それは、和也も思っていたことだったからだ。
ヘレナからのお墨付きをもらい、和也は安心した。
「いや、すまない。訂正しよう」
「訂正?」
「信じてみても……じゃないね。信じてやってくれないかい? あいつのことを」
ヘレナの優しい声音が、和也の耳に響いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
和也は、静かな夜の中、一人歩いていた。
ヘレナから聞いた話を整理しながら、神秘の森を歩く。
月明かりが夜を薄く照らす。
月の光が空中を漂う粒子を輝かせ、昼にも増して幻想的な景色が広がっていた。
しばらく歩いていると宿が見えた。
四角形で木造の簡素な宿だ。
宿の壁には魔石灯が掲げられており、暗闇を照らしている。
和也は、魔石灯の光に吸い寄せられるように、真っ直ぐに歩を進める。
魔石灯の光の範囲から外れた位置に女が居た。
その女は、壁に背を預け月を見ている。
「……起きてたのか、カヤ」
和也が声を掛けた。
カヤは唇を尖らせて、拗ねたように言う。
「どこ行ってたのよ?」
「……ああ、ちょっと散歩にだよ」
「嘘ばっか」
すぐに見抜かれた。まあ、別にいいか。
「ヘレナさんのところだよ」
「何で?」
「うん。ユリウスの昔話を聞きにな。ちょっと興味があって」
「変なの。それなら、直接ユリウスに聞けば良いじゃない?」
「……そうだな」
それは、ヘレナにも言われた事だ。
だけど、ヘレナの問いとは意味合いが違う。
ヘレナは、裏に隠された思惑を暴くために。カヤは純粋に、不思議に思ったから。
それぞれ和也に質問をした。
カヤは不思議そうにしている。
カヤの言葉には裏が無い。言葉に含みを持たせない。
そういうところは、ライサンと似ている。
純粋なカヤに、和也は笑みを向ける。
「今日はもう遅い。中に入って休むとしよう」
カヤの肩を軽く叩き、和也は宿の扉に手を伸ばす。
和也の纏う外套が、後ろから引っ張られた。
カヤが指で外套の裾を引っ張ったのだ。
「……ねえ、カズヤ」
「ん?」
「もっと私を頼ってよ。私ってそんなに頼りないかな?」
「……いや、そんなことはないさ。頼りにしてい―――」
和也が言葉を言い終わる前に、カヤが和也に抱きついた。
後ろから、和也の腰に両腕を回す。
「私、カズヤを見てるって言ったよ。約束したんだから。だから、もっと見せてよ。もっと話してよ。もっと頼ってよ。」
静かに言うカヤの声には、確かに熱がこもっていた。
和也はカヤの腕を優しく振りほどき、カヤの方を向いた。
独断専行は俺の悪い癖だな。
「すまない。確かにカヤの言う通りだ。反省するよ」
すると、カヤは顔を綻ばせ、嬉しそうに言った。
「そうよ! 反省すべきだわ! カズヤ、良いこと? 私は、貴方の力になってみせる!」
「あ、ありがとう」
力強いカヤに気圧される。
嬉しかった。こうも純粋に気持ちをぶつけられては、流石に悪い気はしない。
そして和也は、ふと思った。
カヤは、俺が宿に居ないことをどうやって知り得たのだろう?
普通に考えれば、俺の部屋に訪れて、俺が居ないことに気付いたのだろう。
だけど……。
和也には不可解だった。以前から思っていたことだ。
だから、和也はカヤに質問してみることにした。
そして、カヤは口を開いた。




