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せっかくの異世界ですが全力で帰らせて頂きます  作者: ヨシ
第三章   海と森と氷と
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第八十五話  エルフの郷

 エルフの郷レガリア・カリアス。


 その郷は、緑が溢れ、生命の満ちる神秘の森。

 巨大な樹木が幾つも聳え立ち、森を包み込んでいる。


 外を歩くエルフ達の姿は少ない。

 様子を窺うに、エルフ達は物静かな種族のようだ。

 エルフ達は、無駄に声を上げることなく、静かに歩を進めている。


 澄んだ空気の中に輝く粒子が舞っている。

 和也には、その粒子の正体は分からなかったが、神秘的な光景に目を奪われた。 


 和也は空を見上げた。

 空が橙色に輝いている。

 まるで、輝くカーテンが空全体を包み込んでいるように。


 これは、この郷を守る結界。

 ユリウスから聞いた話では、陽霊の宝玉と呼ばれるアーティファクトの力で生成された、特別な結界らしい。

 レガリア・カリアスの長い歴史上、この結界が破られたことはないという。

 

 神秘的な雰囲気に目を丸くする和也達を見て、ユリウスはクスッと笑う。


 「さあ、行きましょうか」


 和也達は頷き、歩を進める。

 ここエルフの郷は、エルフしか立ち入りを許されていない。

 そのため、和也、ライサン、カヤの三人は、ユリウスから借りた緑の外套を纏い、フードを目深にかぶり目立たないように努める。


 おまけに、ユリウスが認識阻害の魔術を掛けてくれたので、目立つ行動さえ避ければ、正体がばれることはない筈だ。


 和也は歩きながら、チラッとカヤを覗き見る。

 一番心配なのは、この姫様だ。


 目立つ行動を控える。これを、この姫は守る事が出来るのだろうか。

 不安が募る。


 和也はそう思って、カヤに注意を払っているのだが、当の本人であるカヤは、目新しい物に目を輝かせてはいるものの、比較的大人しくしている。


 和也の視線に気づいたカヤは、和也の方を向いて言う。


 「もう! 大丈夫よ、カズヤ。心配しなくたって大人しくしてるわよ」


 「そ、そうか。それならいいんだ。すまない」


 「なんで謝るのよ」


 と返事し、カヤは歩調を速める。

 ユリウスの隣に並び、あれは何だ、これは何だと質問攻めにする。


 「……大丈夫みたいだな」

 

 きっと以前のカヤならば、一目散に飛び出して、自由奔放にこの郷を駆け回っていたことだろう。

 和也は、ほっと胸を撫でおろす。


 そんな和也の背中に、ライサンが声を掛ける。


 「しかし、驚いたな」


 「ん? 何が?」


 「いや、カズヤ、どうやって、あのじゃじゃ馬娘を手懐けた」


 「手懐けたって……」


 別に手懐けてなどいないが……。

 でも、そうだな、カヤと約束したことは確かだ。

 

 ライサンが感心したように言う。


 「お前は、本当にすごい奴だな。俺は心底、お前のことを誇らしく思うよ」


 「あ、ありがとう、ライサン」


 ライサンの真っ直ぐな称賛に、はにかんでしまう和也。

 そんな和也を見て微笑むライサン。


 ライサンとそんなやり取りをしていると、前方からカヤの声が聞こえた。 


 「カズヤ! ライサン!」


 前を見ると、カヤがこちらに向かって右手を振っていた。


 「あれか」


 和也が呟いた。

 歩を進め、カヤとユリウスに近付く。


 そこに、一本の巨大な樹木が聳え立っていた。

 その樹木の洞には、扉が嵌め込めれている。


 エルフは自然と共に生きる者達。

 樹木の洞の中で居住することを好むようだ。


 ユリウスが扉をノックした。


 「……誰だい?」


 内側から女の声。


 「ユリウスです」


 ハッと息を呑む声が聞こえた。

 その後、内側に居る女は答えた。


 「入りな」

 

 ユリウスが扉を開く。

 和也はユリウスの後に続いて、中に足を踏み入れた。


 むせ返るような甘い匂いがした。

 香が炊かれているのか、薄い紫の煙が充満している。

 

 中は薄暗く、足元はよく見えない。

 床には、本や紙が散らばっている。

 気を付けて足を進めるが、思わず踏みつけてしまった。


 奥に進むとカウンター席が一つ。


 そこに女が座っていた。

 女が口を開いた。


 「久しぶりじゃないか、ユリウス」


 若葉色の髪に碧色の瞳をしたエルフの女。

 長い前髪で隠れた左目。長い耳に複数のピアス。


 エルフの例にもれず、美しい容姿をしているが、煙管(キセル)をふかしながら、どこか気だるげな態度のその女は、和也の頭にあったエルフのイメージと乖離している。


 ユリウスはニッコリと笑みを作る。


 「お久しぶりです、ヘレナ」


 ヘレナと呼ばれた女は、口から煙を吐き出し、一拍置いた後、目線をユリウスの後ろにやった。


 「放蕩者のあんたが帰ってくるとは、どういう風の吹き回しかと思ったけど、何やら訳ありみたいだねえ」


 「お察しの通りですよ、ヘレナ。話せば長くなります。それはもう、ロウデム海峡より深く、謳われる精霊王リドヴァルドの冒険譚より壮大な―――」


 「分かった、分かった。手短に頼む」


 ヘレナに制止され、ユリウスは軽く咳払いする。


 「ええ、畏まりました」


 ユリウスは和也達の事を軽く紹介した後、本題に入った。


 「アネモス香のことですよ。何か情報はありませんか?」


 それだけでヘレナは理解した。


 「ああ……。東のジェノ海洋国家連合とマカリステラ自治国の間で揉めてる元凶のことだろう。悪いけど情報は無いねえ。そんな東の国の情報なんて入ってないよ。エルフの郷とはなんの関係もない」


 「本当に、この郷と関係が無いと?」


 「そりゃあ、そうさね」


 視線を交差させるユリウスとヘレナ。

 和也達は、黙って状況を見守る。


 五秒以上見つめ合った後、ヘレナは煙管をふかし、視線を外した。


 「……まいったね、まったく。どうもアンタには……」


 その後、ヘレナは視線を再びユリウスに向け、続きを話す。


 「私が情報を持っていないのは本当さ。……でも、情報を持っているかもしれない奴を紹介することは出来る」


 「それは僥倖。では」


 「待ちな。まずは、対価を貰おうか」


 バンッ!

 と、カウンターを叩く音が響いた。


 「さっきから聞いてたら何よ! いいからさっさと教えなさい!」


 カヤがユリウスの前に飛び出し、カウンターを両手で叩いてヘレナを威圧した。


 「カヤ!?」


 和也が声を上げた。

 ヘレナはカヤを一瞥。


 「なんだい、この小娘は」


 ヘレナはカヤの威圧にまったく動じることなく、ユリウスに向かって問いかけた。


 「ええ、彼女は―――」


 「ちょっと! こっち見なさいよ! おばさん!」


 静寂が訪れた。

 数秒間の後、ヘレナは静かに言った。静かだが、確かな怒気を込めて。


 「―――小娘。私がなんだって?」


 ヘレナは煙をカヤの顔に吹きかけて、カヤを睨む。

 カヤも睨み返し、返答する。


 「聞こえなかったのかしら? おばさ―――」


 「待て待て、そこまでだカヤ」


 和也は後ろからカヤの口を右手で塞ぎ、カヤを拘束する。


 「ちょっほ! ははして!」


 叫ぶカヤをライサンと協力して、無理やり下がらせる。

 和也は笑顔でユリウスとヘレナに言う。


 「すみません~。どうぞ続けてください。アハハハハ~」


 このヘレナと言う女は情報屋だ。情報屋は慈善活動ではない。

 対価を求めるのは当然だろう。

 ここは、ユリウスに任せるのが良いだろう。


 「……ったく」


 ヘレナは片肘を付いて、紫煙をくゆらせる。

 そんなヘレナに、ユリウスはある物を見せた。


 「これを」


 カウンター席の上に、緑に輝く魔石が置かれる。

 それを見て息を呑むヘレナ。


 「……これは、驚いたね……」


 拳大サイズの魔石に、ヘレナは目を見張る。


 「これは本物ですよ」


 「そりゃあ見れば分かるさ。内包されている魔力の濃さからいって間違いない。どうやってこれを?」


 「それは勿論、討伐したんですよ」


 「冗談だろう? あのドライアドを? そんなまさか……」


 ユリウスは何も言わず、笑みを崩さない。

 ヘレナは呆気に取られる。


 「嘘だろ……」


 カヤを押さえつけながら、和也もヘレナ同様に驚いていた。

 どうやら、この緑の魔石は、ドライアドの体内に内包されていた魔石のようだ。

 

 いつの間に手に入れていたんだ……。


 抜け目ないユリウスに、驚きと、若干の不信感が芽生える。


 ドリュアスの森でドライアドを討伐した際に、魔石を手に入れたようだが、そんなそぶりは全く見せなかった。

 

 やはり……油断できないやつだな。


 ユリウスは、言葉を失うヘレナに問う。


 「これでは、ご不満ですか?」


 「ハハッ、まいったねこれは。不満なんてないさ。いいだろう。案内してやるさね、穴倉へ」



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