第八十四話 精霊の妄執
和也は、イーリスの道案内に従って森を駆ける。
樹木の間を抜け、ぬかるむ土を跳ね上げる。
目の前に三体の木人。
不気味な緑の瞳には、何の感情の色も浮かんでいない。
和也は、地面を蹴りつけ加速。
和也の体が消え、次の瞬間には木人達の後方に出現。
すれ違いざまに斬りつけられた木人達は、木片を飛び散らし崩れ落ちる。
その後も次から次へと木人が現れるが、和也は木人に攻撃をさせる暇を与えない。
次々と木人を斬り刻む。
それは最早、作業と言って良い。
イーリスから新たな指示が入る。
「そこを右なのです!」
「了解!」
ツルが巻き付いた巨大な樹木を通り過ぎ、右に曲がる。
「近いです! 悪意の大元はすぐそこなのです!」
イーリスの言葉で、心に希望の火が灯る。
「ありがとうイーリス! イーリスが居なければ詰んでた!」
「……うへへ」
和也に褒められ、イーリスから妙な声が漏れる。
和也は、イーリスの嬉しそうな反応に笑みをこぼす。
一瞬、心を緩ませるが、すぐに気を引き締める。
目の前の地面の土が大量に巻き上がる。
地面から大量の木人が出現。
恐らく五十体以上。
ここに来て敵の勢いが更に上がった。
大元が近い証拠か。
「任せろ!」
ライサンが高く飛び上がって、空中で回転する。
空に月輪が現れ、和也の前に着地。
その後、月輪は車輪と化し、前方の木人達を吹き飛ばす。
木人の塊を一瞬で粉々にし、道が開ける。
「ありがとう! ライサン!」
ライサンに感謝し、残った木人を剣で斬り裂く。
邪魔者を排除し、前方へ駆け抜ける。
真っ直ぐに走り抜けると、またイーリスから指示が入る。
「そこです! そこが大元なのです!」
イーリスからそう言われ、和也は周囲を見回す。
「どこだ……」
周囲には樹木と草花、少し湿った土。
「イーリス! 敵の姿が見えない! 間違いないか!?」
「はい! 間違いないのです!」
イーリスは断言する。ならば間違いなくここだ。
パーティーの四人は、必死に辺りを見回して敵を探る。
ユリウスも必死に考える。
今までドライアドの本体を見たことはない。
自然と同化すると聞くが、まさか、この森と完全に同化し、実態は無いとでもいうのか。
もしそうならば、完全にお手上げだ。
希望は打ち砕かれる。
考えろ、思い出せ。
森人族の特技、風読みを発動するが、風からは敵の情報は読み取れない。
敵は気配を絶つことに秀でている。
そうこうしている内に、四方から木人達が現れる。
焦るユリウス。
それでも、表情は崩さない。
レイピアを構え、狙いを定める。
その時、カヤが声を上げた。
「ねえ! 下じゃないの!」
ユリウスは、その一言で気付かされた。
そうか、下だ。何故、そんな単純なことに気付かなかった。
難しく考えすぎていた。
木人達は地面から現れる。
であれば、大元もそうである筈だ。
ユリウスは、和也とアイコンタクトを取った。
和也はユリウスの意思を受け取り、今度はライサンに視線を送る。
ライサンは叫んだのち、高く飛び上がる。
「俺に任せろ!!」
ライサンは ベイオルフの賛歌 を発動。
身体が過熱し、全身に力が漲る。
「月輪・星砕き」
月輪が地に着地する瞬間、ピタッと体を固定させ、踵を地面に叩きつけた。
莫大なエネルギーが地面に放たれる。
地面が大きく揺れ、土が盛り上がる。
その後、内部に溜まった圧力が逃げ道を求め、土が膨れ上がる。
大量の土砂が巻き上がる。
地に亀裂が入る。
亀裂は広がり、やがて地深くまで幾つも裂け目が入る。
そして、見つけた。
全身緑の人型の精霊を。
精霊は緑の眼を大きく見開き、こちらを見上げる。
「行け! カズヤ!!」
ライサンの叫び声を受けて、和也の体が動く。
裂け目に飛び込み、剣を振るう。
精霊はまったく反応できなかった。
これ程までに追い詰められたことなどない。
緊急事態に対処する術が思いつかない。
身体が両断される。
胴が上下に別たれ、身体に纏う草花が飛び散る。
消えゆく意識の中、目の前の人間を見据える。
ああ、欲しい。欲しい。その力を寄越せ。
それは人間には過ぎた力だ。
だから、我に寄越せ。
そうすれば、きっと―――
そこで意識は完全に途切れ、精霊は塵になり空に還った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ここが?」
和也がユリウスに問いかけた。
そして、ユリウスからの返答。
「ええ、ここです」
和也はまじまじと、目の前の遺跡を観察した。
石造りの遺跡が森の中にあった。
年月が経ち、苔が生え、ツタがあちこちに巻き付いている。
ドライアドを討伐した和也達は、その後も何度か怪物と戦闘を繰り広げた果てに、ようやくここに辿り着いた。
ここは、森人族でさえ知る者の殆どいない、森の遺跡。
ユリウスは、遺跡の中に足を踏み入れた。
その後に他の三人も続く。
灯が無いため、ユリウスが浮遊する光を発動。
内部の様子が確認出来るようになったが、特別取り上げるような特徴はない。
内部には何もない。
ただ空洞が広がっているだけ。
ユリウスは、特に警戒する様子を見せない。
その背を追いかけながら、和也は念の為、警戒しながら進んだ。
しばらく進むと、ユリウスが足を止めて言った。
「ここです」
ユリウスの視線の先には、魔石が埋め込まれた円形の石板。
それが地面に設置されている。
これが、エルフの郷レガリア・カリアスへのトランスポート。
ユリウスは和也達の方を向き、右手で石板の方を示した。
「さあ、皆さん、お乗りください」
和也達はユリウスに誘導されるがままに、石板の上に立つ。
「ワクワクするわね!」
カヤは楽しげだが、和也にはそんな気持ちは微塵も湧いてこない。
ドリュアスの森を駆け抜けるのに必死で、頭から消えてしまっていたが、ここからが本番だ。
エルフの郷へ潜入する目的は、アネモス香の出処を探るため。
出処とは言うが、そもそもそんなもの無い可能性は十分にある。
空振りに終わる可能性は大きい。
ここに来たきっかけは、イグサのエルフ達への不信感からだ。
エルフ達に何らかの企みの気配がある。
その情報のみでここまで来てしまった。
だから根拠はかなり低い。
それでも、あのままジェノの残っても出来ることはないだろうし、それに、常識を取っ払って考えてみることにした。
例えばだが、エルフ達が何らかの魔術的な秘術を使って、風のように現れ、風のように消える、そのような術を得ていたとしたらどうだ。
そうだとすれば、アネモス香を欲している者にそっと近づくことも可能なのではないか。
それに、本当に風のように消えるのだとしたら、足取りを追うことは不可能だ。
そして、その仮定が真実だとするならば、エルフとヴィクシャルン帝国は繋がっているということになる。
マカリステラからアネモス香を仕入れる必要があるからだ。
それが国ぐるみなのか、組織なのか、個人なのかは分からないが、エルフとヴィクシャルン帝国に協力関係があるのは間違いがない。
もっとも、ここまで全て推測でしかない。
その是非を確かめるためにここに来た。
イグサは、出来るだけ開戦を先延ばしするよう尽力すると和也に誓った。
まだもう少し時間がある筈だ。
今はそれを信じる。
石板の上に足を乗せる。
全員石板に乗ったことを確認し、ユリウスが何事か唱えた。
石板が白く発光し、和也達を包む。
石板に乗る四人は消え去った。




