第八十話 これからの私
すでに日が暮れようとしていた。
和也達は、このまま遺跡で夜を明かすことに決めた。
遺跡の一部は黒犬に破壊されたが、都合よく内部は空洞になっている。
破壊された部分から遺跡内部に入り、その中で仮眠を取る。
和也は一人、遺跡入り口付近で見張りを務める。
和也達は交代で仮眠を取ることに決めた。今は和也が見張りの番である。
和也は周囲に気を配りながら、地面に置かれた目の前の魔石灯の光を一点に見続ける。
それは、掌に乗るサイズの魔石が入ったガラスの箱。
魔力を流し込むことで、淡く弱い橙色の光が産まれる。
地面に腰を落とし、片膝を立てた状態で暖色の光を瞳に映す。
夜になり、この森の静けさが更に増したような気がする。
風に草木が揺れる音さえしない、完全な静寂の世界。
そんな静寂の世界に、響く音が一つ。
土を踏む音が聞こえた。
その音はこちらに近付いてくる。
足音がピタッと止まり、その代わり、声が大気を震わせた。
「カズヤ」
名前を呼ばれる。
和也は振り向かない。
しばらく静寂が続くが、和也を呼んだ人物は、和也の隣に座った。
そこでようやく、和也が口を開いた。
「カヤ」
ポツリと名を呼ぶ。
その後の言葉が出てこず、気まずい空気が流れる。
カヤは両膝を抱えた状態で少しだけ前後に揺れ、魔石灯を見据える。
そして、口を開いた。
「……ごめんなさい」
カヤらしくない、しおらしい態度、弱々しい口調。
和也は反応を示さないが、カヤは構わず続ける。
「私、間違っていた。冷静じゃなかった。どうかしていたわ。カズヤに軽蔑されて当然」
カヤは自分の行動を顧みた。あの碧の輝きによって浄化されたことで、冷静に自分自身を見つめることが出来た。
やってはいけないことをした。仲間の信頼を裏切る、悪辣な行為。
和也が怒っているのも当然だ。
快楽に突き動かされ、極めて身勝手な行為をしてしまった。
和也は尚も無反応。目線は魔石灯のまま、黙り込んでいる。
カヤは立ち上がった。
分かっている。許して欲しい訳ではないし、許される事でもないだろう。
それでも、自分の誠意を見せなければならないと思った。
だから、素直な言葉で謝罪を述べた。
只、それだけ。
カヤは踵を返し、歩き始める。
これ以上、言葉を紡ぐべきではない。
夜が明けたら、一人でジェノに戻ろう。
そう決心し、遺跡の方へ歩き出す。
そんなカヤの背に、声が掛けられた。
「思ってるから」
「え?」
振り向いて、和也の方を向く。
和也は目線を魔石灯から外さず、続きを言う。
「俺は、カヤのことも仲間だと思ってるから。だから、余計に許せなかった。仲間の命を危険にさらす行為を見過ごすわけにはいかない。自分自身の命を軽んじている、カヤの行いも」
「……カズヤ」
「だけど、そうだな……。誰しも道を間違えることはある。そして、誤りを正すのは仲間の役目なのかもしれない」
目を見張り、無言のカヤに和也は続ける。
「だから、俺が道を正そう。それが俺の役目なのかもしれない」
カヤは和也の言葉の意味を良く考えて、躊躇いがちに尋ねる。
「それってつまり……」
それはつまり、まだ和也達と共に居ても良いということだろうか。
和也は軽く溜息を吐き、カヤの方を向く。
「まあ、もっとも。俺の一存だけでは決められない。ライサンとユリウスにも同意を取って―――」
「ありがとう! カズヤ!」
カヤは素早い動きで飛び出して、ガバッと和也に抱き着いた。
両腕を和也の首元に回し、顎を和也の左肩に乗せた。
和也はカヤの突然の行動に驚いた。
「カ、カヤ! 待て! まだ決まった訳じゃない。ライサンとユリウスにも同意をとってだな……って、カヤ?」
カヤは和也に抱き着いたまま動かない。何も言わない。
まいったな。こういう時どうすれば良いだろう。
和也は困った。掛けるべき言葉が思い浮かばない。
そう思うと同時に、密着するカヤから色んな情報が伝わってきた。
カヤはとても良い匂いがした。
今日は激しく暴れたというのに、どうしてこんなに良い匂いなんだろう。
深紅の長い髪が和也の肌に触れる。
ツヤのある滑らかな髪質。その髪が和也の肌をくすぐる。
そして、困ったことが一つ。
背中に柔らかい感覚。
それは、男を狂わせる魔性の塊。
和也が思考を巡らせていると、カヤがおもむろに口を開いた。
「私、これから先もカズヤを見てるから。カズヤがそう言ったんだもの。俺から決して目を離すなって。だからこの先もずっと―――」
「いや、待ってくれ。あれは黒犬との戦いに限った話であってだな―――」
「見てるから! 絶対に目を離さない! だから、カズヤも見ててほしい。これからの私を」
和也は息を呑んだ。
そして応えた。カヤの覚悟に。
「分かったよ。俺に見せてくれ。その姿勢で、その行動で俺に示せ。見てるから、これからのカヤを」
そんな和也とカヤを、闇の中で見つめる瞳があった。
瞳は緑に輝き、しばらくすると闇に消えた。




