第七話 償い
命を懸けた攻防の中で、セリスは冷静に状況を見る。
こいつらは一体、何者なんだ……。
優斗は神意を早々に発動し、すでに使いこなそうとしている。
こんな使い手は聞いたことがない…。
だが、それ以上に和也。こいつはもはや異常だ。神意のこととは別に異常な点がある。
人体が魔力の器ならば、その器には個人差がある。
和也の器は、一般的に取り込める魔力の量を遥かに凌駕している。
譲渡した魔力では、まだ器は満ちず、更に魔力を求め取り込んでいる。
加えて、魔力操作能力が高い。魔力を操作し身体能力を高める技法。
和也のそれは、すでに常人の域ではない。
―――天才。そう称するしかないだろう。
しかし……。このままでは決定打に欠ける。敵の硬い鱗は健在。
逆に我々の精神と体力は、十分とは言えない。
このまま長引けば、優斗の精神力が持たない……。さてどうするか―――。
「セリス!」
思案するセリスに、和也が声を掛けた。再びスイッチし、優斗が敵を引き付けている。
「頼みがある!」
優斗は内心、焦っていた。本日、ガーディアンからの連戦だ。いい加減精神力が尽きる。
もう長くは持たない……。
その時、和也の声が聞こえた。
「優斗! もう少し耐えてくれ! 俺がなんとかする!」
優斗は笑った。
疑うことなどない。和也がやるったらやるんだ。
優斗の不安は消失した。
「シャアアアアッ!!」
凶悪な黒鱗の鞭がしなる。
その鞭を障壁でガードする。
ピシッ、とガラスに亀裂が入ったような音がした。
障壁にヒビが入ったのだ。
感覚で分かる。あと一撃で障壁が破られる。
「転送!!」
セリスが転送の法術を唱える。
和也の姿が消えた。優斗は戸惑う。
なんだ!? 退却したのか!? いや、違う!
転送は連続使用できない。一人だけ逃げても意味がない。
だとしたら―――。
黒鱗が再び襲い掛かる。
「くっ―――!?」
ガラスが砕けるような音を立て、障壁が砕けた。
大蛇が笑った。確かにそう見えた。
必殺の黒鱗が優斗に迫る。
「おおおおおおおおおおッ!!!」
叫び声が上空から聞こえた。優斗は空を見上げる。
「―――和也!? 和也が空から降ってきた!!」
遥か上空から上乗せした重力の力で、大蛇の頭蓋を剣で貫く。
剣が大蛇の頭を地面に縫い付ける。
「シャアアアッ!!」
大蛇はその叫びを最後に、事切れた。
事切れた大蛇を見ながら、セリスは考える。
転送で体を上空に打ち上げるとはな……。
その機転には驚かされる。だが、これは和也にしかできない裏技だろう。
和也は内心、少し後悔していた。衝撃で体のあらゆる箇所の骨が折れている。
折れた骨が内臓を傷つけ、普通なら助からないだろう。
まったく……。こっちに来てから、こんなのばっかだな……。
そんな後悔も、痛みが和らぐにつれ霧散する。奇跡の力で、体の治癒が始まったのだ。
「流石だね、和也」
乾いた音を響かせる。
ハイタッチし勝利を分かち合った。
優斗は満足げに頷き、ちらっとセリスを一瞥。
セリスは何事か考えているようだったが、優斗はセリスに近づき「んっ」と右の手のひらをかざす。
「……なんだ? それは」
「ハイタッチだよ。いいからホラ、タッチタッチ!」
「……くだらない」
「もうっ」と唸り、優斗はセリスの右手を掴んで、自身の右手に重ねる。
「しししっ、僕たち、良いパーティーじゃない?」
「ふん! 浮かれるな!」
セリスはそう言って右手を振り払い、体を翻す。
照れくさくなり、セリスの顔が少し赤らむ。
顔を見られまいとセリスは顔を背けるが、和也はそれを見逃さなかった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※
川の水は澄んでいた。
助かった……最優先事項はこれでクリアだ。
急ぎ、革袋に水を入れる。
「うめえええッ! 水うめえッ!」
そう言って、優斗は水をガブ飲みしている。
……おいおい、気持ちは分かるが……腹壊すなよ。
あとは食料の確保だ。ここまでの道中、鹿やリスに似た動物の存在を確認している。
元の世界で動物を狩ったことはないが、今の身体能力なら出来るはずだ。
さて、もう一仕事だな……。
嘆息して、重い腰を上げる。
「あのさあ、あの大蛇って食べれるのかな?」
優斗がそう疑問を投げ掛けてくる。
「蛇……か、その手があったか。セリス、あれは食べれるのか?」
「怪物を食べるとは……下界人らしい発想だな。そうだな、下界には怪物を積極的に食する者達もいると聞く」
「じゃあ、今日は蛇料理だ! うわぁー楽しみだなぁ」
優斗はすでに決定事項だと言わんばかりに、はりきっている。
「まあ、味は保証せんがな」
セリスの呟きを聞き、嫌な予感がしたが、もういい加減体力の限界だ。
正直、今から動物を狩るのはシンドイ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
……うまいな。あれほどの鱗の割には肉が柔らかい。脂身は少ないが、コクがある。
大蛇の巨体を持って帰ることは出来なかったので、解体する必要があった。
鱗を剥がす作業は苦戦を強いられ、これ、動物を狩った方が楽じゃね? と後悔したものだが……。
うん……。うまいよ、これ。苦労した甲斐があった。
「うめえッ!」
「まあ、悪くない」
優斗とセリスも満足しているようだ。セリスは食べることに抵抗的だったが、今は満足げに頬張っている。
ここは宮殿の調理室だ。調理室には調理用具と、少しの調味料が供えられていた。
火の魔石がストックされており、それを炉にセットすれば火が生成される。
……便利だ。あなどれんな異世界。
焼いて少しの調味料で味を調えただけだが、とんでもなくうまい。
空腹は最高のスパイスということだろうか。
「では、私は休ませてもらおう」
セリスはそう言って、調理室を後にする。
この宮殿には部屋の数はそれなりにあり、選び放題だった。
和也達は気に入った場所を自室に決めた。
セリスは自室に行くのだろう。
「さー、僕たちも休もうか」
「……少し待ってくれ、俺も話しておこう」
和也が優斗を引き止めた。
優斗は話してくれたんだ、俺も話さないとフェアじゃないだろう。
「聞くよ」
優斗は意図を組み、やや真剣な顔で椅子に腰を落とした。
「神童―――。俺は昔、そう呼ばれてたんだ。子供の頃、ほんの少し、人より頭がキレたようだ。周りから煽てられて、俺は調子に乗ってたんだろうな……。すべてのことが予想通りで、退屈だった。とにかく刺激に飢えてたんだ」
和也は、淡々とした口調で続ける。
「あれは俺が十四の頃だったか……。悪いやつらと偶然、縁があってツルむようになった。俺は参謀として、敵対相手をどんどん蹴落としていった……。生きてる実感を求めて、どんどん深い沼にハマっていった……。気が付けば後戻りは出来ないほどに」
和也は、チラッと優斗の様子を窺う。
優斗は黙って聞くことに徹している。
その様子を見て、和也は話を再開した。
「後ろを振り返れば、俺に付いてくる者は居なくなっていた。俺は人の心を失っていたんだ。人の心を失い、自分を見失い、最終的には、自暴自棄になり……」
優斗は黙って聞いてた。今の和也からは想像が付かない。誰しも裏の顔があるということか……。
「だが、そんなゴミクズの俺を助けてくれたのは家族だった。父さんと母さんは俺を見捨てなかった。そして、家族の助けにより、俺が自分を取り戻した時、この人達に報いよう、そう決めたんだ。それからは真っ当に生きるよう努めている。でも、まだだ……。俺の償いは続いている。だから……帰らなきゃいけない」
しばらく沈黙が続いた。
「やっぱ良いもんだね、家族って。帰ったら僕も会ってみたいな、和也の家族に」
正直、軽蔑されると思っていた。怖かった、優斗に嫌われることが。
まあ、本心ではどう思っているのか分からないが……。
―――いや、違うだろ、こいつはそういう奴じゃない。
もう分っているはずだ。だからこそ、見ていてくれ。俺のこれからを。
「ああ、紹介するよ―――必ず」