第七十八話 眠れる獣
森の中に開けた場所があった。
朽ち果てた遺跡がひっそりと存在し、本来の用途は失われて久しい。
遺跡の周囲で蠢く者達がいる。
その者達―――、コボルトの集団は準備を進めていた。
何の意味があるのか、石を積み上げ、動物の血液で木々に模様を描く。
口から長い舌を出し、意思の読み取れない濁った目で、淡々と作業を続ける。
コボルト達を観察しながら、カヤは思う。
……退屈ね。
カヤは自由の利かない自分の状態を、もう一度確認する。
遺跡に背を向けた状態で、地面に打ち付けられた杭に、縄で体を縛られている。
体に何重にも縄を巻きつけられ、ちょっとやそっとじゃびくともしない。
カヤは早くも後悔した。
自分の選択を。
森でコボルト達を撃退したあとのことを思い返す。
伏兵が白煙を放った後、白煙に紛れ、コボルトがカヤに接近してきた。
カヤは金棒で叩きのめすつもりであったし、実際出来た筈だ。
だが、カヤはその時、思いついてしまった。
敢えてコボルトの好きにさせてみるのも面白いかもしれない、と。
そうすれば、何か面白いことが起きる気がした。
だから、敢えて抵抗せず、コボルトに攫われることにした。
コボルトに担がれて到着した場所は、石が台形に積み上げられた謎の遺跡。
初めて見る物に最初こそ興奮したが、すぐに飽きてしまった。
遺跡は動くことも変化することもない。
コボルト達も、黙々と作業をこなすだけ。
「ふあぁ~」
と、大きなあくびが出てしまった。
瞼も重くなり、眠気が襲ってくる。
身動きできない状況だというのに、まるで緊張感の無いカヤ。
このまま寝てしまおうかと考えたが、流石にそれはまずいか、と思い止まる。
見飽きたコボルト達の行動。退屈だが、惰眠を貪ることも出来ない。
何もすることがない状態。
であれば、カヤの取る行動は一つしかなかった。
「じゃあ、やるとしますか」
カヤは、白く輝く己のツノに意識を向ける。
すぐに魔力の供給が始まる。
膨大な魔力が体に巡る。
体に力を入れる。
「フンッ!」
掛け声と共に、何重にも巻かれた縄がブチッと音を立て千切れた。
「ギエッ!?」
「ギエエッ!!」
「ギエッギッ!」
拘束していた筈の獲物の行動に度肝を抜かれ、コボルト達が一斉に騒ぎ出す。
カヤはすぐに動いた。
まず、近くにいたコボルトの頭を拳で吹き飛ばす。
間髪入れず、別のコボルトの首を掴み、思いっきり投げ飛ばした。
ビュンと言う風を切る音が鳴り、数体のコボルトを巻き込みながら大木に衝突。
ベチャと大木に叩きつけられ、あっと言う間に肉片と化した。
コボルト達は、ようやく動き出した。
短剣や弓を手に戦闘態勢を取る。その数、約二十体。
「アハハッ! かかってきなさい!」
カヤは両手を広げ、コボルト達を挑発する。
その顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
そして、殺戮が始まった。
数分後、この場所は、血と肉が巻き散らされた凄惨な現場と化していた。
カヤはぐるっと周囲を見回す。
辺りには、遺跡と樹木、コボルトの亡骸。
「もう終わりなの? 退屈ね」
金棒を肩に担ぎながら、溜息を吐く。
戦闘中に金棒をコボルト達から取り返したが、これなら素手でも良かったかもしれない。
あまりにもあっさりと終わってしまい、拍子抜けだ。
「さて、これからどうしようかしら」
和也達と合流しなければならない。
ここで待つか、こちらから探しに行くか。
カヤは思案する。
この時、カヤは気が付かなかった。
コボルト達の血が大地に染み込み、大地に設置された陣が反応し、薄く輝いていることを。
コボルトの血は陣を通り、ある一点へと送り届けられる。
その陣は遺跡に続いている。陣の終着点は遺跡だ。
陣が血で満たされ、条件は整った。
それは、血によって覚醒した。
遺跡が突然、弾け飛んだ。
遺跡の内部から、それは姿を現す。
「ウガガガガガガアアアアアアアッ!!!」
その怪物は、雄叫びを上げた。
黒い毛並み。朱色の瞳。
丸太のように太い四肢、四足歩行の巨大な黒犬。
そして、最たる特徴がある。
その怪物は、頭部が二つ。
双頭の獣は、鋭い眼でカヤを捉えた。
「なによ、あれ」
カヤは流石に驚いた。目の前に突然現れた、異形の怪物。
その迫力に、常人ならば一瞬で戦意を喪失してしまうだろう。
だが、カヤは笑う。
「最高!」




