第七十六話 静寂の森
ヴィクシャルン帝国、カーリングラチノス宮殿。
謁見の間。
その広間に、マカリステラ自治国総統は立たされていた。
それは、謁見と言うよりは、審問といった方がよいかもしれない。
マカリステラ自治国総統ジョイルランド・エイドラ・アウグルストルは、大量に吹き出す汗をハンカチで拭い、目線を上に向ける。
その者達は、高い位置からジョイルランドを見下ろしていた。
中央に座る人物、皇帝ミハイリオス・ヴィクトルニチノフ三世は、しわがれた声でジョイルランドに命じた。
「まずは、ジェノ海洋国家連合の動きを報告せよ」
皇帝は鋭い目でジョイルランドを見据えた。
その皇帝は、今年八十五と高齢であるが、驚くほど若く見える。
顔の皺は深く、髪は真っ白ではあるが、背筋はピンと伸びており、体に纏う筋肉から生命力が溢れている。
この帝国で、五十年以上頂点に君臨してきた皇帝の命令に、ジョイルランドは背筋を正し、震える声で告げる。
「はっ! かの国では、本格的に軍の編成が始まっております! もう間もなく、大規模な艦隊がマカリステラに攻めて来ると思われます!」
ジョイルランドは、震える声で続ける。
「お、恐れながら! 鬼人族の軍隊は強力無比であります。このままでは、マカリステラは滅びてしまいます!」
その言葉に、皇帝の右側に座る白髪の老人が答えた。
「問題はない。我が帝国も準備を進めておる。鬼どもを一掃してくれるわ」
それに続くように、老人の右側に座る、顔に深い傷が入った老人が言う。
「その通りだ。貴様は何も心配せんでも良い。ジョイルランドよ」
「しょ、承知致しました」
ジョイルランドは、それ以上何も言う事が出来ない。
目の前の彼らは、この帝国の最高意思決定機関だ。
皇帝と四人の元老院からなる彼ら最高幹部は、帝国を思うがままに動かす。
皇帝の左側に座る男が声を上げた。
その男は、この中では異質の存在であった。
皇帝含め最高幹部達は、かなりの高齢であるが、その男だけは飛び抜けて若い。
プラチナブロンドの髪を後ろに撫でつけ、オールバックにしているその男は、四十代そこそこに見える。
整った顔立ちをしており、舞台役者と言われても違和感はないかもしれない。
「皆様方、確かに我が国の軍事力は強大です。ですが、鬼人族は侮れません。ここは一つ、私めにお任せください」
その男の発言を聞いて、男の左側に座る、長い髭を蓄えた老人が口を開いた。
「おお……マクシム卿が動くか」
驚いた様子だが、マクシム卿と呼んだ男に好意的な反応を示した。
他の元老院の者達も同様の反応を示す。
最後に皇帝が厳かに言った。
「任せよう。マクシム卿」
マクシム卿が発言してから、明らかに空気が変わった。
この中で一番若いこの男がこの場を支配している。
ジョイルランドは、そのような感覚を覚えた。
そして、マクシム卿はシニカルに笑い、ジョイルランドに告げた。
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和也達は大森林を進む。
森は、異様なまでに静かだった。
樹木が生い茂り、辺り一面に緑が広がる森には、沢山の生物が生息している筈であるが、生物の気配を感じ取ることが出来ない。
エルフの郷レガリア・カリアスに至るまでの秘密の抜け道は、この森を通らなければならない。
案内人はユリウスだ。
ユリウスが言うには、怪物が数多生息するこの森は、森に精通したエルフ達ですら近寄らないという。
ドリュアスの森と呼ばれるこの森は、怪物達が蠢く世界屈指の危険地帯である。
先頭はユリウス。その後に和也、ライサン、カヤが続く。
カヤが付いてくることに和也は難色を示した。
何故ならカヤは、戦闘経験が殆ど無いし、何より、一国の姫様だ。
もしカヤの身に何かあれば、きっとまずいことになる。
最悪、カヤが死亡したとなれば、鬼人族達の怒りの矛先は和也達に向くだろう。
カヤに同行を頼んだわけではないし、カヤ自身の意志で、ここに居るわけだが、鬼人族達がそれを聞き入れてくれるかは、甚だ疑問である。
和也はそういった事を危惧したが、カヤ本人が絶対に付いて行くと言って、引く様子はない。
それに、驚くことに、ライサンがカヤを援護した。
カヤならば大丈夫だ、とカヤの同行を認めたのだ。
ユリウスとイーリスも賛同した。
ユリウスは初めからカヤが同行することに好意的だ。
イーリスは多分、カヤと二人っきりになるのが嫌だったんだろう。
カヤはイーリスの事をとても気に入り可愛がっているが、度を越したコミュニケーションにイーリスが押されている。
あまりイーリスを困らせるなと注意してからは、カヤは多少自制するようになったが、それでもイーリスは、カヤに対して苦手意識があるのだろう。
とまあ、和也以外の全員がカヤの同行を認めたとあっては、和也はそれ以上反論出来なかった。
和也は、静寂の森の中を歩みながら嫌な予感がしていた。
静かすぎる……。この感覚は、天空の大森林でも味わった感覚。
怪物達の巣穴に入り込んだ、嫌な感覚だ。
そして、和也の嫌な感覚は的中する。
ライサンが突然、声を上げた。
「全員、止まれ!」
全員の目がライサンに集まる。
ライサンは真っ直ぐ前を見据える。
「いるぞ。すでに捕捉されている」
ライサンがそう言い終わると同時に、茂みの陰からその怪物は現れた。
頑丈な筋肉、厚い毛皮に覆われた、熊のような怪物。
地球に生息している熊が子熊に見える程の巨体。
「ガウウウウッ!」
熊の怪物は、低く吠えた後、和也達の方へ突進を開始。
鋭い牙を剥き出しにし、和也達へ襲い掛かる。
それを迎え撃つべく全員戦闘態勢。
途轍もない大きさだが、怪物は一体のみ。
それも、理性を失い、殺意のままに突き動かされた怪物ならば、和也の敵ではない。
和也が最初に動いた。怪物の方へ駆けだす。
剣を抜く。怪物を真っ二つにするつもりだ。
その時、和也の目の端に紅い影が見えた。
「―――カヤ!?」
カヤは和也の前に飛び出して、ニヤッと悪い笑み。
腰を大きく捻り、金棒を思いっきり振り抜いた。
グシャッと言う、肉が潰れる音がした。
怪物の巨大な質量を物ともせず、怪物の顔面を潰す。
その凶悪な一撃で、怪物は完全に意識を消失。
「アハッ!」
愉悦の声を上げ、カヤはもう一撃。
怪物の顔面に金棒を叩き込む。
怪物の骨が砕かれる嫌な音が鳴る。
怪物の生命は絶たれた。
和也は目を見張った。
これが、カヤの戦い方か……。




