第七十五話 思惑、旅立ち
カヤは一心不乱に武器を振る。
武器庫で見つけた黒鉄の金棒。
自身の背丈とそう変わらない巨大な凶器。
父親の物と比べると随分小さいかもしれないが、自分にはピッタリだ。
これ程、手に馴染む物は他に無いだろう。
この広い武器庫で金棒を振り始めてどれぐらいになるだろう。
全身汗をかき、体が悲鳴を上げている。
それでもカヤは金棒を振る。
熱く血が滾っている。
あんなものを見せられたのでは、衝動を抑えられない。
ライサンと優斗の戦い。和也と優斗の決闘。
あの戦いを、また思い出す。
カヤはあの戦いに目を奪われた。
力と力、意地と意地、魂と魂のぶつかり合い。
すごかった。とてつもなく高いレベルの攻防。
自分もああなりたい。自分もあの高みへと行きたい。
自分でも驚いた。
自分はこんなにも武人気質だったのか。
そのことに気付かされた。
楽しい。
両手で金棒をブンと振るう。
自分もいずれ、あそこへ行く。そう考えただけで、心が躍る。
やはり、自分の目に狂いはなかった。
何度も思ったが、改めて思う。
和也だ。すべては、あの青年と出会ってから変わった。
新たな人生の道が開けた。
カヤは笑う。楽しそうに。
金棒を握る握力が弱まり、筋肉の疲労が限界を迎えても、まだ金棒を振り続けた。
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ユリウスは宮殿正門前の庭園でラプソディを奏でる。
思いついたまま、自由に弦に弓毛を走らせる。
自分の頭を整理し、現状を俯瞰する。
こういう時は、音楽と向き合うに限る。
ユリウスにとっては、黙って思案するよりもこの方が何倍も捗る。
ただひたむきに、弦の音色を響かせた。
和也達とは付き合いが短いが、それでも、彼らのおおよその人物像は掴めて来た。
皆を導く要たる存在、和也。
彼は熱い思いを胸に、ひたすら前に突き進む。
それでいながら頭は冷静に、常に最善を考え続けている。
冷静さと熱さを兼ね備えた傑物。
皆の調和を図る優斗。
彼の存在もまた大きい。
彼はパーティーの絆を深める調整役。
細やかに相手の機微を読み取り、相手の求める最善へと導く。
そして、その役目が終わろうとしている。
果たしてそれは、どのような結果をパーティーにもたらすのか。
皆を支えるライサン。
彼の存在は、パーティーの皆に安心を与える。
磨き上げられた武術は、皆が目指すところでもあり、高い壁でもある。
頼りになるライサンは、パーティーの安定を司る。
皆を和ませ、安らぎを与えるイーリス。
彼女こそが、パーティーを繋ぎ止める楔と言ってもよいかもしれない。
皆、彼女の身を案じ、彼女の幸せを願っている。
彼女がいれば、パーティーが分解することはないだろう。そう思わせてくれる存在。
そして、異分子たる鬼の姫カヤ。
彼女は仮初のメンバーだ。
この姫だけは、パーティーと同じ方向を向いていない。
己が欲望を満たそうと、ひたすらに己が道を行く。
パーティーに貢献しようとしないカヤの姿勢をユリウスは咎められない。
何故ならそれは、自分も同じだからだ。
今後、このパーティーはどのような重奏を奏でるのだろう。
未知の音色に思いを馳せ、ユリウスは美しい音色を響かせた。
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「ユウトしゃん!」
草原の広場、石板前。
イーリスは瞳に涙を溜め、鼻水を垂らしながら優斗の腰に抱き着いた。
優斗の纏う外套がイーリスの鼻水で汚れるが、優斗は優しく笑う。
イーリスの頭に左手を乗せ、軽くポンポンと撫でるように叩いた。
「イーリスちゃん……」
ライサンは両腕を組んだ状態で優斗に言う。
「ユウト、エイナの事を頼む! お前になら任せられる」
「ありがとう、ライサン」
続いて和也が言う。
「セリスにもよろしく伝えておいてくれ」
「勿論」
優斗は、そう和也に返事をした後、三人の顔を眺めた。
「和也、ライサン、イーリスちゃん。何度も言うけど、この離脱は一時的なものだから。必ず戻ってくるよ。それに、手助けが欲しい時はいつでも僕を呼んで欲しい」
和也とライサンは、優斗に頷く。イーリスは優斗の腰から顔を上げて「はい」と返事をした。
優斗は、何かに気付いたような顔をして「ああ、そうだ」と言って続ける。
「あの新入り二人のことだけど、僕の見立てでは悪い人達じゃないと思う。だけど、油断はしない方がいい。これは根拠のない僕の勘なんだけど……」
和也は優斗の言葉に同意する。
「そうだな。あの二人は読めないところがある。くれぐれも気を付けるよ」
「うん。それがいいと思う」
ユリウスとカヤは、この場には居ない。
もしかしたら、気を使ってくれたのかもしれない。
自分達のような部外者は、この場には居ない方が良いという判断だろうか。
「じゃあ、そろそろ行こうかな」
優斗はそう言って、石板に乗った。
石板が輝き始める。
輝きに飲まれながら、優斗は思い返していた。
これまでのことを。
まず思い出すのは、最初の白い部屋。それから白い回廊。
この世界に飛ばされて、いきなり殺されかけたな。
思えば、白銀の騎士に頭を両断されそうになった時、和也が助けてくれたんだった。
和也は正真正銘、命の恩人だ。
優斗は改めて、心の中で和也に感謝を告げる。
死にかけたというのに、それを思い出してクスッと笑う。
何故なら、御伽噺にように現実感のない思い出だったから。
だけど、そんな御伽噺から始まったんだ。
御伽噺を進める中で、ある少女と出会った。
イーリスとの出会いだ。
この子もまた、現実感の無い存在だ。
それこそ、御伽噺から飛び出して来た人物のように、強い個性と異彩を放っている。
両目から涙をこぼすイーリスを見て、優斗はまた優しく笑う。
そして願った。イーリスのこれからの幸せを。
天空で冒険、死闘、出会いを果たし、舞台は地上へと移る。
地上最初の地、ソルランド王国。
そこで、誇り高き戦士と出会った。
狼人最強の戦士ライサン。
頼りになる兄貴分。
強さと優しさを兼ね備える誇り高き戦士は、晴れやかな笑みでこちらを見ている。
ライサンに稽古を受けた日々を思い出す。
知れば知る程に、聳え立つ武の高見。
ライサンは、その高見から更に上を目指そうとしている。
優斗には確信があった。ライサンなら必ずそこへ辿り着ける。
優斗はライサンに微笑み返す。
そして、三人の顔をもう一度順に眺める。
様々な感情が胸に溢れる。
この気持ちを簡潔に言葉にするのは難しい。
それでも、あえて優斗は、それを言葉にすることにした。
とてもシンプルだが、とても純粋な、素直な言葉を。
「楽しかった! また会おう!」




