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せっかくの異世界ですが全力で帰らせて頂きます  作者: ヨシ
第三章   海と森と氷と
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第六十九話  美しき奏者

 翌日、イグサ含めた軍の者は別任務があるとのことで、和也、優斗、ライサンの三人で調査を進めていた。


 もっとも、本日も空振り続きで収穫は無い。

 時刻は昼過ぎ。和也達は天凱の間で小休憩を取ることにした。

 石のベンチに座り、三人共がっくりと項垂れる。


 「はぁ……なんか、精神的に来るものがあるね」


 優斗の呟きに、和也とライサンも同意。

 和也達が聞き取りを行っている相手は、各地の軍の施設で拘束されているアネモス香の常習者達だ。

 アネモス香の禁断症状と拘束のストレスから、精神的に不安定な者達が殆どである。

 しっかりと意思疎通を図るのは難しいし、一言目には罵詈雑言が飛んでくる。

 そうした理由から、こちらの精神的な疲労度は増していく。


 和也達は顔に疲労の色を浮かべ、数分間、無言で項垂れる。

 

 その時、ライサンの耳がピクピクと動き、何かに反応を示した。


 「何か聞こえる」


 ライサンは音の方に視線を向けた。

 和也と優斗もそれに倣う。


 今いる南門地点と反対側の北門付近に、人々が疎らに集まっていた。


 なんだろう?


 純粋な好奇心と気分転換を兼ねて、三人はそこへ行ってみることにした。

 そして、三人は飲み込まれた。


 音の世界に。


 それは、ヴァイオリンの音色だった。

 弦が奏でる高音が、この場に響き渡る。

 明るく楽し気な旋律が、聞いている者達を笑顔にさせる。

 繊細な指使いから放たれる輝かしい音は、奏者の卓越した技量を物語っている。


 和也は奏者を見た。


 頭部には、つばが広く羽飾りが付いた紺色のハット。

 黒い生地に金色の刺繍が施された衣装。

 そして、深藍色で薄い生地の外套を纏っている。


 すらりとした細身の体に良く似合っており、まるで演劇の登場人物のような出で立ち。

 若葉色でウェーブのかかった髪の若い男で、美しい顔立ちをしている。

 これは、女性が放っておかないだろうな、と和也は思った。


 現に、見物客の女性陣の目はこの奏者に釘付けだ。

 そんな美しい容姿をした男の一番の特徴は、その耳だ。

 先が尖がり長く伸びた耳。

 この男の容姿と特徴から言って、森人族(エルフ)であることは間違いない。


 森人族か、初めて見たな。


 聞いていた話では、他種族の前には滅多に姿を現さないらしいが、この男は堂々と演奏をして見せている。

 どの種族にも例外は居るってことだな。


 気が付けば、観客はかなりの数になっている。

 美しい旋律と、美しい奏者に引き寄せられ、どんどん集まってくる。

 そして、演奏は最高潮。弦の律動が速くなり、音に熱が籠るのが伝わってきた。


 奏者が演奏を終えると、大きな拍手がこの場を包む。

 奏者は歓声と拍手に対し、右手を胸に当て、腰を深く曲げる。


 ハットを右手で外し、ニッコリと微笑む。

 黄色い声援が奏者に降り注いだ。


 和也達も盛大な拍手を送った。

 気分転換のために深く考えず見に来きたが、すっかり心が満たされていた。


 奏者がハットをかぶり直し、言った。


 「皆さま! 温かい拍手と声援ありがとうございます!」


 奏者は舞台役者のように声に抑揚を付けて、観客に感謝を伝えた。

 再び拍手と歓声。


 拍手と歓声が静まった時、奏者はまた声を上げた。


 「今日は皆さまに感謝を込めて、もう一曲演奏させて頂きます!」


 観客たちはどよめき、歓声が上がる。


 「ですが、ただ演奏しても面白くありません。ですので! この場にいらっしゃるどなたかにもご協力頂きたい!」


 奏者の発言の意図が読み取れず、観客たちがざわつく。

 そんな中、奏者は観客達の方へ歩きだした。


 「失礼」


 と言って、観客達の間を潜り抜け、一人の男の手を掴む。

 手を掴まれた男は咄嗟の事に反応できず、奏者にされるがままにステージに引きずり出された。


 そこでようやく我に返った、手を掴まれた男、和也が奏者に言った。


 「まっ、待ってください! 俺は何も出来ませんよ!」


 奏者は「フフフ」と笑ったあと、和也に言う。


 「大丈夫ですよ。何でも構いません。お好きな歌を歌ってください。合わせますので」


 「だ、だから! 無理ですって!」


 強く拒絶する和也に、奏者は「ふーむ」と言って少し考える。

その後、奏者は何か思いついたような顔をして言った。


 「それでは、Life is an illusion、ならご存じなのでは?」


 「なっ!?」


 Life is an illusion。その曲を知らない者はいないだろう。

 オールドソングだが、世界中で老若男女問わず親しまれている曲。

 それ程の有名な曲。


 ただし、元の世界で。


 和也は目を見開き、奏者を見た。


 「あんた、何者だ?」


 この奏者はどう見たって森人族。元の世界からの転移者ではないことは確か。

 奏者は片目を閉じ、人差し指を自分の口元に当てた。そして告げる。


 「私が何者か。それは、私と共にこの場を盛り上げて頂ければ、お答えしましょう」


 「ふっ、ふざけるな!」


 あまりの無茶ぶりに声を荒げてしまった。


 「おや、よろしいのですか? 残念ですが、仕方がありませんね」


 奏者は観客達に目を向け、代わりの者を探し始める。

 観客達は和也と奏者が揉めている様子を見て、盛大にざわついている。

 優斗とライサンは状況に付いて行けず、混乱しているようだ。

 ただ黙って和也を見つめている。


 「ああ、もう! 分かったよ! やればいいんだろ!」


 和也は半分ヤケクソで覚悟を決めた。

 奏者は楽しそうに笑う。


 「その意気です! 私と共にオーディエンスを沸かせましょう!」

 

そして、和也にとっては地獄の五分間が始まった。

 顔を真っ赤にしながら声を張り上げる。

 ゆっくりなテンポの曲なので難しい曲ではない。むしろ易しい。

 世界中で親しまれている理由の一つだ。

 

 下手ではないが上手くもない歌声に、ヴァイオリンの綺麗な音色が重なる。

 アンバランスな二重奏(デュエット)だが、それでも、観客達は喜んでいるようだ。


 和也は観客の優しい反応に救われた。

 次第に緊張が解れて少し余裕が出てくると、和也の胸に、ある思いが湧き上がる。


 もっと、観客を喜ばしたい。


 だから和也は、心を込めて歌い続けた。決して上手とは言えない歌声を響かせた。


 弦が弾く旋律がテンポを上げる。

 原曲よりもアップテンポとなった弦の旋律に、和也は焦った。


 和也は奏者の顔を窺う。

 奏者は不敵に笑う。ついてきてみろと。


 このやろう。合わせるって言ったじゃないか。


 和也はその挑戦を受け取った。

 ステージの二人は、お互いの気持ちをぶつけ合う。

 いつの間にか、和也の口元には笑みがこぼれている。


 二人の熱がステージを輝かせ、観客達にも伝播する。


 そうして、輝く五分間が終わる―――。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 「それで、あんたは何者なんだ?」


 和也が奏者に問う。


 和也達は広場から場所を変えて、今は狭い路地にいる。

 この奏者は何処にいても目立つし、人の目を引く。

 他人には会話を聞かれたくないので、出来るだけ人目が避けられる場所を選んだ。


 男は軽く咳払いし、胸に手を当て恭しく礼をする。

 動作の一つ一つが芝居がかっている。


 「では改めて。私の名はユリウス・ブランストロノーム。以後、お見知りおきを」


 ユリウスは続ける。


 「私が何者か、それはとても難しい質問です。コギト・エルゴ・スム。我思う、ゆえに我あり。私を私だと証明するものは、私のここにあるもの、のみ。ですよ」


 ユリウスは自分の胸に手を当てながら言い放った。


 和也、優斗、ライサンの三人は、この男の扱いに困り、それぞれ顔を見合わせた。

 そして和也は、ユリウスに突っ込みを入れた。


 「そんなことはいいから、さっさと答えろ」


 「これは手厳しい」


 ユリウスは肩を竦め答える。


 「―――ネフェリオ様の協力者。こう言えば分かりますか?」


 「なっ!?」


 和也達三人は、予想していなかった事実に驚いた。

 衝撃から一早く復帰した優斗が口を開く。


 「君が、ネフェリオの協力者?」


 「ええ、そうです」


 次はライサンが質問する。


 「そのネフェリオは今どこで何をやっているのだ? いや、それ以前に、お前の狙いは何だ?」


 「狙い? そんなものはありませんよ―――と言いたいところですが、まあ、無いとは否定できませんね」


 ユリウスは笑顔でしれっと言い放つ。


 和也がユリウスを睨む。


 「その狙いは?」


 「いやだな。悪巧みではありませんよ。ネフェリオ様から、貴方達に協力するように頼まれただけのことですよ」


 「なんだと?」


 「本当ですよ。とりあえず……睨むのを止めて頂きますか?」


 和也はユリウスの言葉を無視して質問を続ける。


 「それは何故だ? というか、何故ネフェリオが直接来ない?」


 「ネフェリオ様がどこで何をしているのか、それは私にも分かりません。私は頼まれただけですので。あなた方をサポートするようにと」


 和也達三人は再び視線を合わせる。

 この男の言う事を信じるか否か。

 

 訝し気な顔をする和也達を見て、ユリウスは言う。


 「信じられませんか? まあ、私は構いませんよ。ならば、私は去るのみです。ですが……よろしいのですか?」


 「何がだ?」


 「あなた方は何やらお困りの様子。私ならお役に立てると思いますが。そうですね……例えば、森人族の郷、レガリア・カリアスへの道案内とか―――」

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