第六話 暗き森へ
装備を整え、宮殿のエントランスから外に出る。
改めて見るが、この宮殿の荘厳さには目を見張るものがある。
白を基調とした巨大な宮殿だ。中央部に伸びる塔の屋根はドーム状になっており、そこからさらに天を刺すほどに尖塔が伸びている。
「さあ、冒険だね」
朗らかな声は優斗だ。どんな危険があるか分からないのに、相変わらず暢気なもんだ、と思ったが嫌悪感はない。むしろ独特の頼もしさがある。
「先に話しておくよ……いつ死んでもおかしくないからさ」
唐突にそう言って優斗は真剣な顔をした。
「どうした? 急に。優斗らしくな―――」
「僕は実験体なんだ」
弱気な発言を正そうとしたが、優斗が口を挟んだ。
「えっ?」
「ごめんね、急に。僕は孤児院出身でね。その孤児院は有り体に言えば、悪の組織ってやつ、なのかな。子供に色々な実験を行っていたんだ。その被験者が僕さ」
悪の組織? 実験? まるで漫画の話だ。
だが、分かっている。この期に及んで冗談など言うはずがない。
「薬物投与、洗脳、拷問、外科手術、ありとあらゆる実験を子供たちに行ったんだ。まあ、そんな禄でもない組織だからね。流石に警察の捜査が入り潰されたよ」
「……こんな状況になってなければ信じられなかったかもしれない。でも、ニュースでそんな話を聞いたことがないが……」
「あまりに闇が深いって言うんで、表沙汰にはならなかったようだね……」
「しかし……何故、そんな実験を? 目的は……」
優斗は何でもないような口調で答える。
「人の感情を消す実験さ。取り分け負の感情、妬みに恐れや怒り、といったね。でもまあ、そんなにうまくいくはずないよ。無茶苦茶な実験さ。成功したとしても、それはもはや廃人。成功例はない。―――ただ一人を除いて」
「まさか、その一人って……」
「僕さ」
なんと言うことだ。底抜けの明るさの裏に、そんな闇があったとは。
返す言葉が見つからなかった。
「……そんな顔しないでくれよ。長年のカウンセリングでだいぶ回復してるんだぜ。それに事件の後、僕を引き取ってくれた家族が良くしてくれてね。その家族の長女―――カンナからは色々と教えられた。愛……とかね」
闇の中に一筋の光を見た気がした。その話に心底安堵する。
「じゃあ、帰らなきゃな。その子に会いに」
「いや、カンナはもういない。亡くなったんだ―――病気でね」
和也は返す言葉が見つからず、ただ沈黙。
「大丈夫! 大丈夫! そりゃ悲しかったけど、もう吹っ切れてる。病気だったんだ、しかたないさ」
「すまない……」
「いや、何で謝る。暗い雰囲気にするために話したわけじゃないよ。彼女から、生き方を教えてもらった。生きることの尊さもね。だから、これから頑張らなきゃって話」
あくまで明るく話す優斗を見て、心の底から敬服した。
おまえは……辛い過去と向き合いながら、それでも前に進もうとするんだな。
エントランスの陰で聞き耳を立てるセリスは何を思うだろうか。そんなことを気になったが、気づかないフリをした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
深い森を進む。背の高い木々が陽光を遮る暗き森だ。
セリスにこの森の情報を聞いてみたが、何も知らないのだと言う。
故郷は別の大地、この一帯のことは詳しくないのだと。
「なにか危険は? セリス」
「今のところは何も」
セリスの法術、探知の輪で常に警戒態勢だ。
自らを中心に、半径数十メートルの領域を索敵する不可視の輪。敵意や危機を検知できるのだと言う。
便利な能力だ……。もう一つの能力も機能しているだろうか?
森の中で方角を見失うのは致命的だ。
だが、彼女はガーディアンの思念を辿ることで宮殿の方向を見失うことはないのだと言う。
……というか、ガーディアンを護衛代わりに連れてくれば良いじゃないか。
そう指摘したが、ガーディアンは宮殿から遠くには離れることはできないらしい。
融通がきかない……。
「あれ? なんか聞こえない?」
優斗がそう言って、地面に耳を近づける。
「―――水だ! 水の音だ! 川があるよきっと!」
そう言って優斗が走り出した。
「ちょっ、優斗!」
その後を急いで追いかける。
確かに、ここまで危険という危険はなかったが、油断するべきではない。暴走する優斗を諫めるのは自分の役目だ。優斗に制止をかけようとしたその時―――。
「止まれ! ユウト!」
叫んだのはセリスだ。それは鬼気迫る迫力で、流石の優斗も立ち止まる。
「二人とも、戦闘態勢に入れ。―――いるぞ」
ごくりと息をのんだ。敵だ。それも、かなりやばい相手であることは、セリスの様子からも分かる。
「我が敵を射て、輝く矢」
セリスが輝く光の矢を放ち、闇に潜む者を攻撃する。
矢は音を置き去りにした速度で飛び、標的を正確に射た。
だが、これはあくまで牽制。それは相手を苛立たせるだけだった。
黒い、鱗―――。
全身を黒い鱗に覆われた大蛇が、鎌首をもたげる。
―――でかい。人など簡単に丸呑みできるだろうそのサイズに驚愕した。
「こいつは――黒鱗の大蛇! 二人とも注意しろ! 強敵だ!」
大蛇は鋭い牙を剝き出しにし、異常なスピードで襲い掛かってくる。
狙いはセリス。セリスはその速度に反応できなかった。
鈍い音が響く。
セリスが牙の餌食になる前に、黄金の障壁が阻んだ。
「その人を食うな! きっと毒だ! 食うなら僕にしろ!」
ふざけているのか真面目なのか、そんなことを叫び、優斗は大蛇の注意を引き付ける。
大蛇の二度目の攻撃も防ぐ。
鉄壁だ。優斗は優秀なタンク。敵を引き付ける盾。
自分の牙が通らず、大蛇は明らかに苛立ちを見せている。
隙だ。
和也は、もはや人間を辞めた速度をもって、剣で斬り付ける。
「―――っ!?」
硬い!?
刃が硬い鱗に阻まれた。
大蛇は和也に狙いを変え、長いその身を鞭のようにしならせ叩きつける。
「速い! ―――がっ、躱せる!」
和也は、身のこなしで躱し、すぐさま攻撃に転じる。
「刃が通らなくても良い! 剣で撲殺してやる!」
怒りを闘争の原動力とし、続けざまに攻撃。
「―――なっ!?」
だが、冷静さを欠いた。牙がすぐそこに迫っていた。
「させないよ!」
優斗が間に入り、また牙を防ぐ。大蛇が一瞬怯んだ隙をつき、和也が大蛇を攻撃する。
今度は目だ。左目を剣で貫く。
優斗がタンクならば、俺はアタッカーとして役割を果たす!
「シャアアアアアアアアッ!!」
あまりの痛みに、のた打ち回る大蛇。
この硬い鱗が邪魔だ。さて、どう攻めるか。