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せっかくの異世界ですが全力で帰らせて頂きます  作者: ヨシ
第三章   海と森と氷と
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第六十八話  調査開始

 和也はボーッと空を見上げていた。


 綿飴のような形をした大きな雲が、ゆっくりと流れている。

 天気は快晴。空気は湿っているが、不快に思う程ではない。

 今日この時も、この国の裏で戦争の準備が始まっている。

 

 本当なんだろうか?

 誰か嘘だと言ってくれないだろうか?

 ついつい、そんな意味のない思考に囚われる。


 サイネリア島に帰還した和也達は早速、大王に怪物退治の報告を行った。

 大王は豪快に笑い、言った。

 ええじゃろう。約束通り、この国で好きにせえ。

 晴れて、大王のお墨付きを貰った訳だ。


 そして今、和也達はこの国で調査を行っている。

 まずは、アネモス香の流入経路を調べることから始めた。

 イグサに協力してもらい、アネモス香の使用者やその関係者に事情聴取を行っている。

 どうやって手に入れたのか? それは誰から、どこで、いつ、どんな理由で。


 当然、そんなことは既に調べられている。

 だけど、他に取っ掛かりがない。だから、まずは思いつくところから始めた。

 聞くところによると、アネモス香の売人は、どこからともなく突然に現れるらしい。

 売人に共通するのは、フードを目深にかぶり顔は見えない、女とも男とも言えない声と体格の人物。


 その声で囁くのだと言う。

 これを使えば楽になれる。苦しみからの解放が待っている、と。

 ジェノ当局は血眼になって、その売人の捜索に当たっているが、まったくと言って良い程、足取りは掴めないとのこと。


 心が弱っている者の前に突然現れ、アネモス香を売りさばき、誰にも足取りを掴ませることなく、風のように去る。


 そんなことが可能なのだろうか?

 考えを巡らすが、さっぱり分からない。


 たぶん、根本から間違っているのだ。

 俺は元の世界の常識で考えている。

 元の世界の常識に囚われるな。

 そう自分に言い聞かすが、殆どヒントのない今の状態では難しい。


 「お待たせしました、カズヤさん」


 イグサはそう言って、湯気が立つ木の杯を和也に差し出した。


 「ありがとうございます」


 和也は木の杯に注がれた飲み物を一口飲む。

 うまい。

 甘みが口に広がり、少しだけ気力が回復する。

 イグサは石のベンチに腰を下ろし、和也の横に座った。


 「それにしても、やはり足取りは掴めませんね」


 イグサの言う通り、ここまでは空振り。

 本日三件目の聞き取りを終え、和也達はこの広場で休憩することにした。


 ちなみに、優斗とライサンは和也とは別行動。あの二人も軍の者と共に、調査を行っている。


 和也は改めて、この広場を見回した。

 途轍もなく広い。

 天凱の間と名付けられたこの広場は、正四角形の形をしており、この島で最も広く、最も有名な広場だという。


 地面にはびっしりと石畳が敷き詰められ、東西南北に大屋根が付いた大門が設置されている。

 元の世界であれば、世界遺産にでもなっていそうなこの広場には、一つだけ異質な物が存在する。


 それは、広場の中心部に聳え立つ巨大なモニュメントだ。

 円錐の形をした全長五十メートルの建造物。

 グルグルと捻じ曲がりながら天に伸びており、表面は翠の鉱石のような光沢と輝きがある。

 天高く聳えたつソレは圧巻の一言。


 イグサから聞いた話では、森人族と鬼人族の友好の証として、森人族によって設計、建築された物で、妖精の塔という名が付いているらしい。


 和也は、その妖精の塔を見つめながら思った。

 そう言えば森人族は、他の国とは距離を置いているが、ジェノ海洋国家連合とは唯一、国交を結んでいるのだったか。

 この島の街中で、森人族の国からの献上品が運ばれているのを見た。

 元の世界ではあり得ないサイズの巨大な牛に引かれて、大量の品物が運ばれているのを何度か見たのだ。


 そして和也は、あまり深く考えず思いついたことを、口から吐いてしまった。


 「ねえ、イグサさん。森人族からの献上品にアネモス香が紛れ込んでたりしてないですよね?」


 献上品にアネモス香を紛れ込ませた密輸。

 意外とない話でもないんじゃないだろうか。


 和也の言う事を聞いて、イグサはガバッと立ち上がって慌てた様子で和也に言う。


 「か、カズヤさん! そんな事、誰かに聞かれていたらまずいですよ! 貴方の影響力は結構大きいんですから、気を付けてください」


 「ご、ごめん、イグサさん。でも……実際どうなの?」


 「勿論それはあり得ません。現状、取り締まりが強化されていますから、そういった品はしっかりと検査されています」


 「そっか……」


 内心、良い線を言っていると思っていたんだが、これも空振りか。

 まあ、でもそうだよな、そりゃあ調べてるよな。


「でも、そうですね……」


 イグサが顎を指で擦り、何事か考えだした。


 「どうしたんです?」


 イグサは声のボリュームを落として言う。


 「実はここだけの話、我々もその線で捜査したことがあるのです」


 「そうなんですか?」


 「はい。先程申し上げた通り、結果は空振り。何の証拠も見つかりませんでした。ですが、彼らに何らかの企みがあると考えている者は、我々の組織にも少なからずいるのです」


 彼ら、とは森人族のことだ。

 和也は疑問を口にした。


 「それじゃあ、その彼らの国に行って調査を行えば良いのではないでしょうか?」


 「……それは」


 イグサは更に声のボリュームを落として和也に言う。


 「それは出来ないんです。彼らはとても用心深い者達。我々でも、彼らの郷に踏み入ることは出来ないのです」


 「そういう協定なのですか?」


 「それもあります。ですが、そもそも物理的にも不可能なのです」


 「どういう事です?」


 「彼らの郷は強力な結界で守られているのです。その結界がある限り、潜入は出来ません」


 「結界……ですか」


 スパイを送り込むことも出来ないという訳か。

 それにしても、郷を結界で囲うとはすごいな。

 他種族には郷に踏み込んで欲しくないという、強い意志を感じる。

 というか、そんな種族とよく国交を結べたよな……。

 この世界の歴史を詳しくしらない和也は、頭に疑問を浮かべるしかなかった。


 その時、急にイグサがガバッと立ち上がり、姿勢を正し始めた。


 「えっ、な、なに? イグサさん」


 イグサの不可解な行動の理由はすぐに判明する。


 「イグサ、こんなところで油を売っていたか」


 不意に渋い声が聞こえた。

 和也とイグサの目の前には、五十代と思われる鬼人族の男が立っていた。

 黒い軍帽をかぶり、深緑の和装を身に纏うその男は、眉間に皺をよせ、苛立ちを露わにしていた。


 イグサは右手を額付近にかざし、軍隊式の敬礼をその男に行う。


 「司令! 私は、に、任務中であります!」


 「任務? 何のだ?」


 「はっ! アネモス香流入ルートの調査であります!」


 「なに? そんなもの、誰も命じておらんが?」


 「お、お言葉ですが、私には独自に行動する権限が与えられております!」


 「ふん、屁理屈を。ならば、先日貴様に命じた件は、片付いているのであろうな?」


 「そ、それは……」


 「馬鹿者が! 優先順位も分からんのか、貴様は!」

 

 「も、申し訳ありません!」


 イグサはその後、和也に向き直り「すみません、今日のところは失礼します」と言ってこの場を立ち去ってしまった。


 和也は呆気に取られ「あ、はい」としか返せなかった。

 和也がそのまま固まっていると、司令と言われた男がビシッと和也に敬礼を取った。

 

 「貴殿が神の使い、カズヤ様で相違ありませぬか?」


 和也は姿勢を正し、見様見真似で軍隊式の敬礼で返した。


 「は、はい! 和也と申します!」


 本当は神の使いではないのだが、それを訂正する余裕はなかった。

 すると司令は、険しい顔を緩めて言った。


 「それにしても、お若いですな。お噂はかねがね、聞き及んでおります」


 「い、いえ! 俺はそう大した人間じゃありません!」


 「ハッハッ、そう固くならなくともよろしい。申し遅れました、ジェノ海洋国家連合軍、参謀本部海洋西部方面特殊作戦部隊指揮官、ウツギ・シェラドであります」


 和也は思い出した。イグサと最初にあった夜、イグサが盛大に上司について愚痴を吐いていた。

 確か、上司の名はウツギ。イグサがそう言っていた気がする。

 そうか、この人が泣く子も黙るウツギ・シェラドか。

 

 確かに、この人はすごい迫力だ。

 睨むだけで相手の戦意を削ぐことができるだろう、鋭い眼光。

 鼻筋に斜めに入った、深い傷跡。

 そして、年齢に見合わない筋肉質な肉体。

 その全てが合わさり、歴戦の猛者の風格を放っている。


 ウツギは尚も強張る和也を見て破顔すると、優しい声音で言う。


 「すこし、お話よろしいですかな?」


 それから和也とウツギは、ベンチに座りながら色々なことを話した。

 簡単な身の上話や、イグサとの出会い、クラーケン討伐、そして、アスター島での悲惨な出来事も。

 ついつい色々と話してしまった。

 何というか、聞き上手なのだ、この人は。

 こちらの話をしっかりと聞いてくれている。それがハッキリと伝わってくる。

 これが、司令官まで上り詰めた者の処世術なのだろうか。


 そして、多分俺は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 アスター島での出来事を。

 ツェールの母を助けられなかった事は、優斗やライサンにすら話していない。

 別に隠している訳ではない。ただ、自分の中で整理できずにいたのだ。

 自分の中で整理出来ていない事を口に出すのは難しい。

 だけど、今日あったばかりのウツギには何故か話せた。

 それはもしかしたら、ウツギとの関りが薄いからなのかもしれない。


 和也はツェールの母を助けられなかったことに後ろめたさを感じている。

 助けられなかった事を、仲間達に糾弾されるのが怖かったのかもしれない。

 多分、そんな事を無意識のうちに考えていたんじゃないだろうか。

 関りの薄い者に糾弾されようが、大したダメージには成らない。

 仲間達から、非難の声が上がる筈がないことは分かっている。あいつらはそんな奴らじゃない。

 だからこれは、ちっぽけな俺のプライド。本当にしょうもなくて、どうしようもない、小さなプライドだ。


 口から吐き出すことで少しだけ楽になったような気がする。

 今日、司令に会えて良かった。


 その後、ウツギはイグサについて語った。


 ウツギの口から出る言葉は、いずれもイグサへの期待が込められている。

 名家の血筋に驕ることなく、努力を積み重ねて来た努力家であり、

 若くして様々な実績を上げて来た才人。将来は、軍を背負って立つ男になるだろう、と。


 やっぱりそうだ。イグサさんは、司令を血も涙も無い鬼だと散々罵っていたけど、きっとそれは、

 期待の裏返しだ。


 和也は感じ取った。ウツギの厳しさの裏にある、確かな優しさを。


 そうこうしている内に、いつの間にか日が落ちようしている。


 「おっと、随分長いこと時間を頂てしまいましたな。申し訳ない」


 「いえ、とんでもないです。今日は、有意義な時間を過ごせました」


 「それは何より」


 ウツギは立ち上がって、和也に右手を差し出した。

 和也も立ち上がり、ウツギの右手を握る。

 二人は固い握手を交わした。


 握手の後、二人は別れの言葉を告げ、別々の方向に歩き出す。


 「ああ、そうだ」


 すると、和也の背中にウツギが声を掛けた。

 和也が黙って振り向くと、ウツギが言った。


 「イグサのことを今後とも、よろしくお願いします」


 ウツギのその言葉には、イグサへの確かな思いが込められていた。


 「はい、俺の方こそですが……」


 ウツギは和也の返事に満足したように頷くと、今度こそこの場を後にした。


 和也はウツギの背中をしばらく見続けた。

 最後のウツギの言葉に、何か違和感を感じたから。

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