第五十九話 夕暮れの出会い
その日の夕方、和也は街を一人ぶらついていた。
一人で考えを煮詰めたかったのだ。
目的地を定めず、大通りを適当にぶらつく。
「すこし冷えるな……」
冷たい風が大通りを吹き抜けた。
北からの冷たい風が、和也の身体を冷やす。
この国の気候は特殊だ。北からの冷たい風と、東の海の暖流が交わる地点。
その二つのバランスにより、寒くもなれば熱くもなる。
その特殊な環境が、アネモスの花が育つのに適しているのだという。
身に纏う外套の袖に両手を引っ込め、散策を継続。
夕方になっても、街には活気が満ちていた。
流石に昼時と比べれば人通りは減っているが、それでも多くの人が通りを歩いている。
その顔に幸福の笑みを浮かべて。
和也の頭に、嫌なイメージが広がる。
この国が戦場と化した様を。
街のあらゆる物が破壊され、人々が蹂躙され、多くの悲鳴が聞こえる。
そこかしこで呻き声が聞こえ、幼い子供までもが犠牲になり……
やめろ。
首を振って、そのイメージを頭から追い出す。
「ネフェリオの奴め……」
ぽつりと恨み言が口から漏れた。
ネフェリオと総統からの依頼。それは、この国の危機を回避すること。
それは和也には不可能に思えた。
これはすでに国家間の問題。個人がどうこう出来るとは思えない。
ネフェリオにそう抗議しようとして、指輪で呼びかけたが一向に繋がらない。
もしかしたら、あえて無視しているのかもしれない。
さて、どうするか。
実際の所、依頼を放り投げて聞かなかったことにすることは可能だ。
やはり、実力行使でネフェリオに情報を吐き出させるか。
もしくはリーラを使って。
だが、本当にいいのか、それで。
すでに国家の機密情報を聞いてしまった。
自分達には責任が圧し掛かっている。
それに、先程の嫌なイメージ。
あれは、このままいけば、そう遠くない内に現実となるかもしれない。
和也は一個人に過ぎないが、元の世界ではあり得なかった力と強さを備えている。
俺に出来ることは、本当に何も無いのか……。
もう一度考えてみることにした。
危機を回避する方法は三つ。
まずは、アネモス香の生産をストップすることだ。
だが、これは不可能と言える。
この国の宗主国、ヴィクシャルン帝国は強気の姿勢を見せ、引くことは無いのだという。
何を考えているか分からない不気味な国だが、今の所この選択肢は除外せざるを得ない。
二つ目は、ジェノ海洋国家連合を説得し、軍隊の派遣を中止させること。
これも不可能に近いだろう。
そもそも、ジェノ海洋国家連合の言い分も分かるのだ。
薬物を際限なく巻き散らす国を何とかしたいと思うのは当然だし、その力があるのではあれば、尚更だろう。
それに、ジェノ海洋国家連合との繋がりが全く無いので、説得のテーブルに着く段階すらクリア出来ない。
三つ目は、アネモス香の輸出ルートを見つけ出し、それを遮断することだ。
総統曰く、輸出ルートはヴィクシャルン帝国が全て握っており、極秘事項。
総統ですら知らないとのことだ。
当然、周辺国も輸入を規制し、厳しく取り締まっているが、それでも裏のルートを通じ流入してしまうと聞いた。
万が一、輸出ルートを遮断することが出来たとしても、これは根本の解決になっていないし、ヴィクシャルン帝国が黙ってはいないだろう。
だけど、取り敢えずの時間稼ぎにはなると思われる。
整理した結果、やはりどれも難しいと判断。
それにしても、ネフェリオは何故、争いを止めたいのだろう。
だって、あいつらはソルランド王国で内戦を起こそうとしていたじゃないか。
それが何故、今回は戦争を止める方向に動くのだろう。
分からない。奴が何を考えているのかが。
そして、総統も総統だ。あの総統はネフェリオを神の如く敬っている。
いくらそのネフェリオの紹介だからと言ったって、初対面の俺達に機密情報を簡単に漏らすのは如何なものか。
俺達がその情報を誰かに漏らすことは考えないのだろうか。
いや、俺達はこの国では何の信頼も実績も無い。
誰かにそれを漏らしたとて、戯言と思われるのがオチか。
それから思考が堂々巡り。
結局、妙案は思いつかず。
ふと気付くと、いつのまにか公園に足を踏み入れていた。
時刻は夕方から夜に変わろうとしている。
流石にこの時間ともなると人気は少ない。
和也は公園のベンチに腰掛けた。
背中合わせにベンチが二つ並んでおり、その片側にそっと腰を落ち着ける。
また思考が溢れるが、堂々巡りは続く。
溜息が口から漏れた。
「「はあ……まいったな」」
後ろから自分と同じセリフが聞こえ、咄嗟にその声の方向を見た。
後ろのベンチに、男が座っていた。
その男もこちらを振り向いた。
整った顔立ちの若い男だった。
少し驚いた様子で、こちらを見ている。
和也は男の顔を把握し、少し視線を上げる。
そして驚いた。今日だけで何度驚いただろう。
少し長めに伸びた薄い紅色の髪の隙間から、二本のツノが覗いていたのだ。
額から生えているそのツノは、白く鋭い。
その男がニッコリと微笑んだ。
「これは、失礼しました」
男に声を掛けられ、和也は慌てて返事をする。
「あ、いえ、こちらこそ失礼しました」
「ははっ。それにしても、何やら悩み事があるご様子、如何されたのですか?」
「それは…………」
「おっと、またまた失礼しました。あまり踏みこんではいけませんね」
「いえいえ。どう説明したものかと悩んだだけのことです。そうですね……すごくざっくり言うと、どうやっても解決できそうにない問題があって、でもそれを解決しないと大勢の人が酷い目にあってしまう。そんな感じでしょうか……」
「ほう……それはそれは……」
「ん?」
「私も同じなのです。どうやっても解決できそうにない問題。まさにソレです」
「そうなのですか?」
「はい。……ゴホン」
男はベンチから立ち上がり、和也の方に向き直った。
纏う羽織の袖口から両手を出し、姿勢を正す。
「申し遅れました。私はイグサと申します」
和也もベンチから立ち上がり自己紹介をする。
「俺は和也と言います」
「何故だか貴方とは、仲良くなれそうな気がします。これも何かの縁。どうです、この後、一杯?」




