第五十八話 危機的な香り
「すごいな……」
反射的に驚嘆の声が口から漏れてしまった。
和也の反応に優斗とライサンも続く。
「そう……だね」
「うむ。立派なものだな」
その建物は、ヨーロッパにあっても違和感のないような、洗練された外観をしていた。
四階建ての巨大な建物は、いくつにも並んだ太い柱と頑丈で分厚い壁に支えられ、重厚な雰囲気を放っている。
壁には、びっしりと設置されたガラスの窓。
細部まで拘り抜かれた壁の模様や装飾は、芸術と言えるかも知れない。
正門手前に巨大な彫刻が設置されている。
初老の男性と、その周りで争い合う五頭の熊のような生物を模した彫刻だ。
初見ならば、誰もが目を見張る程の迫力がある。
和也は優斗とライサンを連れて、巨大な彫刻を通り過ぎ正門前に到着した。
正門は屈強な男達に守られていたが、ネフェリオから預かっていた徽章を見せると、頷いて道を開けてくれた。
外観から予想できる通り、エントランスホールは途轍もない広さであった。
エントランスホールは大勢の人で溢れていた。
いそいそと速足で駆けてゆく者、書類を手に何事かを真剣に語る者、設置された革張りの肘掛け椅子に座り談笑する者、と様々であった。
その独特の雰囲気に気圧されそうになるが、平常心を装い真っ直ぐに歩き出した。
そして、受付と思われる女性に声を掛ける。
「えーと、カズヤ様御一行ですね。総統室へご案内します」
その女性は、魔道具から投影された青白いホログラムのディスプレイから目線を上げ、笑顔で和也達に告げた。
ここはマカリステラ自治国、総統府。
和也達はネフェリオからの指示で、この国のトップ、マカリステラ総統との面会の為に、ここを訪れていたのである。
ネフェリオは、詳細を語ることはなかった。
何故そのような大物と繋がりがあるのか、何故その人物に会わねばならないのか、現時点では不明である。
とにかく会って話を聞いて欲しいと言われたのだ。
受付がスムーズに進んだのは、ネフェリオが事前に話を通していたからだろう。
総統室はこの建物の最上階。
最上階まで階段を上がる羽目になるのかと気が重くなったが、それは杞憂に終わった。
一階から二階へスロープが繋がっており、そのスロープに足を乗せると自動で床が動く仕組みになっていた。
和也達はその技術に驚きと感心の声を上げつつ、体をスロープに預ける。
二階から三階、三階から四階へとスロープを乗り継ぎ、最上階へ到着。
そのまま少し進むと受付の女性は、ある扉の前で立ち止まりコンコンとノックをした。
「どうぞ!」
部屋の中から声が聞こえた。
和也達はお互いの顔を見合わせた。
三人共、若干、顔が強張る。
この国とトップと会うのだ、緊張しない者は居ないだろう。
受付の女性が扉を開き、中へ入るように和也達を促す。
女性はその後「それでは失礼します」と言ってこの場を後にした。
「良く来てくださった!」
総統と思しき人物は、歓迎の意志を示した。
その人物は、五十代ぐらいの男であった。
容姿については、特徴と呼べるほどのものは無く、何処にでも居そうな普通のオジサンという印象。
あえて特徴を上げるのであれば、白髪の混じった栗色の髪を後ろで撫でつけて固めていることぐらいであろうか。
人の良さそうな表情を顔に浮かべ、ピョンと椅子から下り、和也達の前まで歩き出す。
和也は驚いていた。
今日一番、驚いたと言っても過言ではないかもしれない。
その人物はとても小さかった。身長100から120cm程度といったところか。
和也は内心の驚きを顔に出さないよう努めた。
小人症というやつか……。
初めて見たので驚いたが、それに対して偏見を持つことはない。
これも一種の個性だと和也は受け止めた。
それでも、内心の驚きをそのまま表現したのでは失礼に当たるだろう。
隣の優斗も、恐らく自分と同じような気持ちだろう。
「これは驚いたな」
ライサンが口を開いた。
和也と優斗は、そのライサンの言動にドキッと心臓が跳ねた。
「ちょっと、ライサン」
ライサンがこれ以上失礼な口を利かないように、優斗が制止を掛けた。
「いや、驚きました。貴方のような御仁には、初めてお目に掛ったので」
づけづけと言うライサン。だめだ、もうライサンが止まらない。
「貴方は、小人族……でありますか?」
ん? 何だって?
「はっはっはっ、その通りです。私は小人族です」
話について行けず固まる和也と優斗に気付き、ライサンが説明をした。
「ああ、カズヤ、ユウト、すまん。小人族とは、小柄な体格が特長の種族だ」
「はっはっ、驚かれましたか?」
「あ、いや、すみません。正直驚きました。自分の無知を恥じてます」
「いえいえ、謝る必要はありませんよ」
小人族の男は、咳払いして襟を正した。
「私は、マカリステラ総統を任されております、ジョイルランド・エイドラ・アウグルストルと申します。長いので、皆からはジョーと呼ばれています。どうぞ、ジョーとお呼びください」
総統という大層な肩書から勝手にイメージを膨らまし、厳格で頑固な人物を想像していたが、このように柔和で親しみやすい人物であることに和也は驚いた。
「ささっ、お座りください」
そう勧められ、和也達は革張りの高級そうなソファーに腰を下ろした。
総統は対面に座り、ニコニコとしている。
そのまま暫く時が流れて、妙な間ができた。
その空気に耐えきれず、和也が控えめに尋ねた。
「あの、総統。早速ですが、俺達に話を聞かせて下さいますか?」
総統は、ポンと掌を叩いて言う。
「そうでした、そうでした。では、まずこの国の成り立ちからお話ししましょう」
ゴホンと咳払いし、続きを話し始める。
「大国アンセムニア連邦のマカリステラ地方の貴族が独立し、この地に国を興したのが始まりです。その当時はマカリステラ公国と呼ばれていました。オスカル大公を国家元首とし、建国当初は貴族達の資金力に物を言わせて、とても勢いのあった国だったと聞いております。ですが、それも初めの内だけでした。国の政策が悉く失敗し、やがて資金が尽きてしまったのです。この国はとても資源に乏しい国ですから、打開策も見つからず、みるみる内に貧国へと落ちてしまいます」
それを聞いて和也は、疑問を口にした。
「ですが、この国は今、とても栄えている……」
「ええ、そうです。この国はかつてない繁栄を迎えています。北方大陸のヴィクシャルン帝国がこの国を支配してから全てが変わりました」
「ヴィクシャルン帝国って、このマカリステラの海の先にある、大きな国でしたよね?」
優斗がセリスから聞いた知識を手繰り寄せ、総統に質問した。
「はい、その通りです。この国は中央大陸北東端。北には海と、その先に北方大陸が存在するのみ。そして北方大陸を支配しているのが、大国ヴィクシャルン帝国です」
「ふむ。しかし、そのヴィクシャルン帝国は、どのようにこの国を立て直したのです?」
今度は、ライサンが不思議そうな顔で質問した。
「それは……彼の国は見つけたのです。この国の、ある物を」
「ある物?」
「はい、この国の特殊な気候の下で咲き誇る、アネモスの花。帝国はこれに目を付けたのです」
総統はジャケットの内側からハンカチを取り出し、話を続けた。
「アネモスの花は特殊な加工を施すと、とても芳しい香りを放つのです。帝国はその特殊な加工方法を見出し、香を作り出しました」
総統の額から吹き出す汗の量が、次第に増していく。
総統の汗の量に気になりつつも、和也が確認の意味で質問をした。
「それを他国に売りつけることで、儲けることが出来たということですね?」
「ええ、そうです。ですが……」
そこで言葉が途切れた。総統が口を噤み、間が出来てしまう。
それを不思議に思ったが、和也達には黙って待つ他なかった。
たっぷり間を使った後、ようやく静寂が破られた。
「その香には、とても強い副作用があったのです。いや、その副作用こそが、本質なのかもしれません。強力な多幸感、そして、強力な依存性と幻覚作用を引き起こすという作用が…………」
ちょっと待て、それはまるで……。
「麻薬じゃないですか! それ!」
優斗が立ち上がって叫んだ。
総統の汗の量がすごいことになっている。
後ろめたい気持ちの表れだろう。
和也が総統に問う。
「総統、ちょっと待ってください。そんな物を他国に流したら、ただじゃ済まないのでは?」
「そ、そうです! まさに問題はそこなのです!」
「どういうことです?」
総統は視線を上げて答えた。
「すでに相当な量、他国に流れています。精神疾患を引き起こす民が年々増え、危機的な状況になっている国もあるとか…………」
「それはそうだろう。ならば、香の生産を中止し、他国へ誠意を見せるしかないのでは?」
ライサンが至極真っ当な意見を口にした。
「それが、そうもいかないのです。生産と輸出経路は全て帝国に握られていますし、止める気もない。我々にはどうにも出来ないのです」
「でも、そんなことを続けていたら…………」
「はい、他国からの反発は日に日に大きくなっております。東の海に浮かぶ国家、ジェノ海洋国家連合が痺れを切らし、近々、大規模な軍隊を派遣し、この国に攻めてくるという情報があります」
和也達は絶句する。
でも、そうなるのは必然なのかもしれない。
国中が麻薬で汚染されるぐらいであれば、実力行使もやむを得ない、か。
悪いのは当然、帝国だろう。一体、何を考えているのやら。
和也は疑問を口にする。
「帝国は、そのことに対してどういったリアクションなのですか?」
「帝国は…………それを意に介しません。むしろ、攻めて来るのであれば、迎え撃つつもりのようです。帝国でも軍の編成が始まっているのだとか」
「そんな……この国が戦場になるじゃないですか……」
「はい。ですから……」
歯切れの悪い総統にライサンが問う。
「この国の民は、それを知っているのだろうか?」
「それは…………」
「ちょっと待て! それは許されないだろう!」
ライサンの迫力に、総統は「ひえっ」と言って怖気づいてしまう。
見兼ねた和也が、ライサンを制した。
その後、萎縮しながら総統は告げる。
「わ、我々も苦肉の策なのです。こんなことを民に公表してしまったら、この国は大混乱に落ちります。ですから、少しづつ情報を流していこうかと……」
「それはそうかも知れないですけど……。ていうか、僕達にその情報を漏らして良かったんですか?」
優斗のその質問に、総統は首を傾げ心底不思議そうな顔をした。
「えっ、だって、貴方達が戦争を止めてくれるのでしょう? 貴方がたは、あのネフェリオ様が全幅の信頼を置く人物達と聞いております」
和也は、ネフェリオを殴り飛ばしてやりたい気持ちだった。
あの野郎……。




