第五十六話 二人の時間
「そんなことが…………」
セリスが神妙な顔をして呟いた。
ソルランド王国、アガペウス教会。
この国唯一のアガペウス教の教会は、何の変哲もない二階建ての住居となっている。
国から迫害を受けていた為、教会をカモフラージュする必要があったのだ。
内装は茶褐色の壁、床には白と赤で模様が描かれた絨毯が敷かれ、家具は質素で実用的な物が並ぶ。
この国では、ごく普通の内装。
そんなこの国唯一のアガペウス教会の一室で、和也はセリスと顔を突き合わせていた。
質素な木製の椅子に対面で座り、真剣な様子で顔を見合わせている。
和也は、今までの経緯を簡潔にセリスに説明した。
天空の宮殿で拘束しているリーラの様子や、そのリーラの背後から突然現れたネフェリオと名乗る男のこと、そして、ネフェリオから依頼を受けたことなどを。
「これが本物か鑑定できるかな?」
和也はそう言って、ネフェリオから受け取った言霊石をセリスに渡した。
「これは……」
セリスはその石を手に取ってじっくりと眺めた。
そして少し唸った後、結論を述べた。
「これは本物と見て良いだろう。神聖都市カルデラドに居た時、一度これと同じものを見たことがある。内側に内包された魔力の濃さからしても、間違いないだろう」
本物だったか。
これで後顧の憂いを絶つことが出来た。
「そっか、それじゃあこの依頼、受けるべきか……」
「難しいところだが、何らかの罠であることは警戒しておいた方が良いだろうな。カズヤ、ちなみに、依頼に失敗した時はどうなる?」
「うん、失敗した時のペナルティは特にないらしい。つまり依頼を受けるだけであれば、俺達が負うリスクは殆どない」
「ふむ。うますぎる話に思えるな。そのネフェリオと言う男、何を考えているのやら……」
「セリスはネフェリオのこと知らないのか? かつてはセラフと呼ばれていたと言っていたけど」
「ああ、そのような者の名は聞いたこともない。セラフ……ゼピロス様に聞けば、何か知っているかもしれないが……」
ゼピロスに会いに行くには、またセリスに頼らなければならない。
だけど、それは難しいだろう。
「それにしても、アガペウス教の教皇の地位を継いだんだって? すごいじゃないか!」
そう、セリスはこの国の復興の為、行方不明となっているベナンテスに変わり、教皇の職を務めている。
教皇が簡単にこの国を飛び出す訳にはいかないのだ。
それに、日々あらゆる雑務に追われ、時間的な余裕もない。
「まだ新米で頼りないがな。日々、信徒達に助けられてばかりだよ」
「いや、そんことないさ。セリスは良くやってるよ」
「ありがとう。それとすまない。私は暫くこの国から離れられそうにない。お前の役に立てるのは、この鑑定ぐらいさ」
セリスは言霊石を机の上で弄りながら、自虐的に笑う。
「そんなことないって。鑑定してくれただけで、かなり助かったよ。それに…………これは、二の次だよ」
「二の次?」
「なんやかんや理由をつけてここに来たけど、本当はセリスに会いたかったからここに来た。それだけだよ」
「カズヤ……」
セリスの頬が薄い赤に染まる。
壁に掲げられた魔石灯の明りで瞳を輝かせながら、恥ずかしそうに視線を下にやる。
和也は、机の上に置かれたセリスの両手を自分の手で包み込んだ。
セリスがそれにハッとして、和也の瞳を見つめた。
二人の間で会話は無いが、もうすでに二人の世界が出来上がっている。
和也は思った。この時間が永遠に続けば良いのに、と。
「あのー! すみません、セリス様! 少しご相談が!」
幸せな時間は、唐突に終わりを告げる。
この部屋の扉の外から、セリスを呼ぶ信徒の声。
「フッ、行かなくてはな」
「無理しすぎないように」
「ありがとう。カズヤも」
和也は最後にもう一度、セリスの両手を強く握った。




