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せっかくの異世界ですが全力で帰らせて頂きます  作者: ヨシ
第三章   海と森と氷と
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第五十五話  幸福の国

 此処は、この世の幸福を集めて造られた国なのかもしれない。


 この国は、とても色鮮やかだ。


 住宅区には、頑丈な作りでカラフルな屋根の住居が立ち並ぶ。

 通りの脇には、街路樹と街灯がきっちりと等間隔で設置されている。

 大通りの脇の花壇には、鮮やかな花が所狭しと咲き誇り、道行く人の心を和ませるのに一役買っているようだ。

 図書館や雑貨屋、飲食店、劇場も存在し、大勢の客が押し寄せ、賑わいを見せている。

 街中には大きな水路がいくつも走っており、その水路の上を小舟が滑る。


 和也は、この国の印象をイタリアのヴェネツィアのようだと思った。

 実際に行ったことはないが、写真や動画で見たことはある。

 道行く人は皆、幸福そうな笑顔を顔に浮かべ、この世の生を謳歌しているように見えた。


 まさに幸せの国。そう言えるかもしれない。


 和也は広場で足を止め、少しだけ周りの様子を見ることにした。


 広場にはあちこちに屋台が構えられており、香ばしい匂いや、甘い匂いが満ちている。


 その匂いに食欲がそそられ、何か買おうかと思ったが、少し考えて結局は止めることにした。


 広場の中央には立派な噴水があり、子供たちがその周りではしゃいでいる。


 平和を絵に描いたような風景に、思わず笑みがこぼれた。


 もう少しここで、ボーッとして過ごしたいという誘惑に囚われるが、いかん、いかん、と自分の気持ちを引き締めなおす。


 そして、頭を整理する意味でも、ここに来た経緯をもう一度思い出してみることにした。




 天空の宮殿、会議の間。


 円卓に両手を叩きつけ、ライサンが語気を強めて言った。


 「カズヤ! これは絶対に罠だ、行くべきではない!」


 「確かに、ライサンの言うことは正しいのかも知れない。でも、もしあいつから何か情報を引き出せるのなら、これはかなりのチャンスだと思う」


 「しかし!」


 興奮するライサンに優斗が宥めるように言う。


 「まあまあ、まずは落ち着こう。ところで、あの人から指定された、マカリステラ自治国ってどんな所か誰か知っているかい?」


 優斗の口から出たマカリステラ自治国、それが敵の親玉から指定された会合の場所だ。

 セリスからは、そんな国の名前を聞いたことが無い。

 だから、和也と優斗は、その国のことは何も知らない。


 「あたしは知識だけであれば、知っているです!」


 「知っていることを教えてくれるか?」


 「はい! その国は大陸の北東端に位置する小さな国です。二十年前までは貧しい国だったようですけど、ヴィクシャルン帝国の支配を受けてから、急速に発展。今では、世界有数の豊かな国になっているです!」


 たった二十年前で貧国から世界有数の豊かな国か。

 それはすごいな。一体どんなことをしたんだろう。

 和也は情報を提供してくれたイーリスに礼を言い、この場に居る者達に向け口を開いた。


 「奴が何でそんな場所を指定してきたのかは分からないけど、俺はあえて乗ってみるべきだと思ってる」


 「だが!」


 「危険なのは分かってるよ、ライサン。でも、皆が居るから、俺は行けるんだ」


 頭に疑問を浮かべる面々に和也は続けて言う。


 「優斗とライサンは、指定場所の近くで待機していてくれ。こちらが一人だと奴に思わせる必要があるからな。奴に見つからないように頼む。イーリスは、俺とリンクして遠隔で周囲の警戒を頼む。皆、何かあったら助けてくれ。皆のことを頼りにしてる。だから俺は行ける、行こうと思う」


 「……ふーむ」


 渋い顔をするライサンだが、和也に頼られて満更ではないといった様子。

 それは、優斗とイーリスも同様であった。


 「それに、リーラの身柄はこちらが確保しているんだ。奴のリーラへの態度を見るに、軽はずみなことはしてこないだろう、と俺は思う」


 「分かったよ、カズヤ。お前を信じよう」


 「しょうがないね、信頼に答えるとしますか」 


 「あたしも全力でバックアップするのです!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 後ろ髪を引かれる思いだったが、自分に活を入れ、広場から歩き出した。


 水路を横目に、舗装された石畳を踏みながら通りを行く。

 劇場や教会を通り過ぎ、入り組んだ通路を通り抜けると、少し開けた場所に出た。


 その広場は、数多くの飲食店が立ち並んでおり、大勢の客で溢れかえっていた。


 和也は、教えられたルートを進み、目的地を探す。


 あれか。


 敵からの指定位置、バルカローラと言う名の建物を見つけた。


 薄いオレンジの壁の二階建ての建物だ。

 

 入り口の上の壁には、共通語でバルカローラと書かれた看板が設置されている。


 見たところ、飲食店のようだ。


 店の外には、机と椅子が並んでおり、どうやらオープンテラスも設置しているらしい。


 そして、目的の人物を見つけた。


 パラソルが立つオープンテラスの一席で足を組み、陶器のカップに口をつけて優雅に寛いでいる。


 むかつくが、それだけで絵になる。

 ここが元の世界なら、モデルのスカウトが殺到したかもしれない。


 その人物はこちらの存在に気付くと、とても爽やかな笑顔で言った。


 「ここまで足を運んで頂き、ありがとうございます」


 「ああ」


 和也はあえて素っ気なく、ぶっきらぼうに返事をした。

 敵のペースに乗せられるのは良くないような気がしたから。


 「まずは、何か頼まれては如何ですか? 私のオススメはミロディアですね。この店の物は絶品ですよ」


 和也は渡されたメニューを眺めた。

 正直、どのメニューも聞いたことが無い物ばかりだった。


 周囲の客の席に並べられた料理を見るに、軽食と飲み物を出す店のようだ。


 ここは、喫茶店のような感じか。


 少し悩んだが、オススメされたミロディアを頼むことにした。

 

 店員を呼んで注文を頼んだ。


 すると、数分もしない内に、注文した物を店員が運んできてくれた。


 仕事が早いな。


 和也は感心しながら、提供された物を観察した。


 陶器のカップに黒い液体が注がれている。

 湯気の立つその液体に、鼻を近づけて少し匂いをかぐ。


 「これは……」


 その匂いに惹きつけられ、一口飲む。


 苦味と酸味が口の中で広がり、芳ばしい香りが鼻孔を刺激する。


 「これは……コーヒーだ」


 まるで元の世界のコーヒーだった。

 少し苦味は薄いが、紛れもなくコーヒー。

 

 まさか、この世界でコーヒーが飲めるとは。


 コーヒー好きの和也としては、これは嬉しい情報だ。

 またここに来よう。そっと、心の中でそう思う。


 「フフッ、気に入って頂いて何よりです」


 和也の反応を見て、ネフェリオが優しく微笑む。


 なんだんだ、こいつは……。

 本当にやりずらいな。悪の親玉なら、それらしくしやがれってんだ。


 和也はその笑顔を跳ね返すようにキッと睨みつけ、ネフェリオに言った。


 「まず、教えてくれ」


 「はい、何でしょう?」


 「お前達は、夢幻の魔晶石を持っているのか?」


 「はい、所持しております」


 あっさり認めやがった。

 はなから隠すつもりがないのか。


 「それを使って、何をする?」


 「それは教えられません。今は」


 和也はネフェリオを睨めつけながら考えた。


 武力行使で無理やり吐かせるか?

 吐かなければリーラを傷つけると言って脅すか?


 少し考えたが、結局はどちらの選択も取らないことにした。

 それをしてしまっては、自分の中の何かが壊れる気がしたから。


 それに、相手は約束通り一人で来ている。

 まだ油断できないが、罠ではなさそうな雰囲気だ。

 こちらを対等な相手と見てくれているのかもしれない。

 そんな相手に、武力や脅しを使ったとなると、まるでこっちが悪党みたいではないか。


 「あと一つ……いや、二つ聞かせてくれ」


 「ええ、構いません」


 「お前は……お前達には罪の意識は無いのか? お前達のせいでソルランド王国は無茶苦茶になったんだ。大勢が苦しんだし、大勢が死んだ。何も思わないのか?」


 「そのことについては、私から弁明する言葉はありません。ですが、我々は我々の信念に従ったとだけ言っておきましょう。そして、いずれ然るべき裁きを受ける所存です」


 つまりこいつはあれか。

 後ろめたい部分がありつつも、あれはやらなければならないことだったと、そう言っているのか。

 あれが正しい行いだと、信じているって言うのか。


 そんなことあってたまるか。


 込み上げる怒りと共に、ある人物の言葉が頭に過った。

 

 この世に悪も善も無い。


 セラフ…………。


 セピロスの言葉を思い出し、一先ず怒りの矛を収めることにした。


 落ち着け。冷静にならなくては、情報を聞き出すこともままならない。

 

 「じゃあ、もう一つだ。俺はあんたの仲間であるパルテノを殺した。俺が憎くないのか? そんな俺に何故、頼みごとをする?」


 「貴方だからこそですよ。私はパルテノを破った貴方を高く評価しているのです。パルテノのことは、私達にとってはとても残念でした。ですが、いつかこういう時が来ることをパルテノも私も覚悟していました。私はパルテノという男を破った貴方に、憎しみではなく、あえて称賛を送ります。パルテノもそれを望んでいることでしょう」


 正直、こいつの言っている理屈はよく分からない。

 俺の仲間が殺されたら、俺は絶対に許せないだろう。

 だけど……。


 和也にはネフェリオの理屈が理解出来なかったが、不思議と感情は伝わってきた。

 こいつは、本心で俺に称賛を送っている。

 まるで、そうすることがパルテノへの手向けだとでも言うように。


 和也は、これ以上は何も引き出せないだろうと判断し、話を進めることにした。

 

 「それで、あんたは俺に何をさせたいんだ?」


 「それは、私の依頼を受けて頂ける、ということでよろしいでしょうか?」


 「まずは聞かせてくれ」


 「分かりました。突然ですが、カズヤさん。この国をどう思われますか?」


 その質問は……。


 和也の頭に、ある女性の顔が浮かんだが、思考がそっちに流される前に言葉を口にする。


 「率直な感想だけど、皆幸せそうで、豊かで、まるで幸福の国……そういう印象かな」


 「ええ、そうでしょうね。ですが、ご存じですか? この国は二十年前までは、とても貧しい国であったことを」


 「ああ、それは知っている。とても信じられないけど……」


 「そうでしょう。そして、うまい話には必ず裏があるものです。この国は、その裏の部分によって危機に立たされているのです」


 「どういう意味だ?」


 「ここからは、私の紹介する人物から話を聞いて頂けますか?」


 「あんたからの依頼を正式に受理しなければ、その人物に会えない?」


 「ええ、そうなります」


 「じゃあ、あんたの依頼を達成したとして、俺達にもたらされるメリットは何だ?」


 「私達の目的の一端をお話しします。依頼に見合う内容であることをお約束します」


 「あんたが、その約束を守る保証がない」


 ネフェリオは笑顔を崩さないまま、ジャケットの内側からある物を取り出した。


 それは、掌に収まるサイズの魔石だった。


 無色に輝くダイヤモンドのようなその魔石を机に置き、和也に見せた。


 「これは?」


 「これは、言霊石と言います。この魔石に封じた言霊を違えた時、この魔石を砕けば、それは呪いとなって言霊の主に還ります。言霊は魂との結びつきにより発生するもの。呪いは魂を侵し、やがて言霊の主を死滅させるでしょう」


 「あんたが約束を反故にした時に、俺がこれを砕けば、あんは死ぬってことだな」


 「その理解で問題ありません」


 「……分かった。だけど、俺にはこれが本物か鑑定するスキルが無い。悪いけど、それを確かめてからだ」


 「フフッ、用心深いですね。いいでしょう。では、お気持ちが決まったら連絡頂けますか?」


 ネフェリオはそう言って、またジャケットの内側をまさぐり、ある物を取り出した。

 

 「これは?」


 机の上に置かれたそれを見て、和也はまた同じ質問をした。


 机の上に銀色に輝く指輪が置かれている。装飾の少ないシンプルな物だ。


 「これは、呼び声の指輪。これを指に嵌めた者同士は、離れていてもこれを通じて会話することが可能です」


 そう言って、自分の指に嵌めてある指輪を見せるネフェリオ。


 「そんな便利な物があるのか……。これはまるで……」


 「ケータイデンワ、のようですか?」


 「なっ!」


 まさか、ネフェリオからその言葉が飛び出すとは思わなかった。

 和也が思っていたのは、まさしく携帯電話だ。

 この世界は、離れた者同士が連絡を取り合う手段が乏しい。

 和也とイーリスはテレパシーでそれが可能だが、他の者とはその手段が無い。

 常々、こういう物を欲していたのだ。


 和也はもう一度、鋭い目つきでネフェリオを睨んだ。


 「何で、あんたがその言葉を知っている?」


 「簡単な話ですよ。貴方と似たような境遇の方が、知り合いに居るというだけですから」


 驚いたな。

 俺と似た境遇。それは、異世界からの来訪者が俺達以外にもいるということだ。

 それと、驚いたことがもう一つある。

 俺達が異世界から来た人間だとは、こいつには話していない。

 何故それを知っているのだろうか。

 何を切っ掛けに気付かれた?


 あまり長居すると、余計なことを読み取られるような気がして、和也はこの場から退出することを決めた。


 言霊石と指輪を受け取り、椅子を引いて立ち上がった。


 「おや? もう行かれるのですか?」


 「ああ。また後日、この指輪で連絡する」


 「分かりました。分かっているとは思いますが、その魔石と指輪はとても貴重ですから、なくさないでくださいね」


 「ああ」


 笑顔で忠告するネフェリオに、あくまでぶっきら棒に返事をする。


 そして、和也は「じゃあな」と言って踵を返した。


 「ああ、そうそう」


 和也の背後から声が掛かり、足を止める。

 怪訝な顔をする和也に、ネフェリオは言う。


 「天空の宮殿の住み心地は、如何ですか?」


 「……それは、どういう意味だ?」


 「いえ、他意はありません。ただ、元管理者として気になっただけのことですよ」


 「なに?」


 和也は、足を組み座るネフェリオを上から見下ろした。

 その表情には、笑みが浮かんでいる。余裕とも言える笑みが。


 「あんた、何者だ?」


 ネフェリオは、そこでようやく笑みをしまって、少し不思議そうな顔して立ち上がった。 


 「おや、お気付きではなかったのですか?」


 そう言い終えた時、ネフェリオの背から翼が現れた。

 巨大で真っ白な、魔力で編まれた翼だ。

 その翼の美しさに、周りにいた客達の注目が集まり、感嘆の声が上がる。

 中には拍手をする者まで居る始末だ。


 「私は有翼族です。そして、かつては渾名で呼ばれていたこともあります。―――セラフ、と」

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