第五十四話 白い男
天空の宮殿ウラノス。左翼区画地下。
和也達は、左翼区画の一室から、地下へと続く階段をコツコツと降りていた。
光沢のある白い階段を一歩一歩下る。
先頭には和也。その後に優斗、イーリス、ライサンが続く。
会話はない。
皆、少し顔が強張っており、楽しくおしゃべりという雰囲気ではなさそうだ。
長い階段を下り、開けた空間に辿り着いた。
軽く走り回れそうな程の広い空間の奥に、四角形で仕切られた部屋がいくつもある。
その仕切られた部屋もこの宮殿の例にもれず、白い壁で囲まれているのだが、一点だけ異質な点があった。
仕切られた部屋の一面だけは、透明な障壁が張られており、外から中の様子が覗けるようになっている。
透明な障壁以外の左右、上、奥、床の面は白い壁で出来ており、部屋の中に居る者を逃がさない役割を担っている。
そして、その中に居る者に、和也は声を掛けた。
「話す気になったか?…………リーラ」
そう問われたリーラは、微動だにせず無反応。
リーラは白い床に腰を落とし、白い床をただ一点に見つめている。
呼吸しているのかも怪しいぐらい、生命活動を感じられない。
糸の切れたマリオネットのように、脱力し放心状態であった。
捕らえて以降、ずっとこのような状態が続いている。
リーラから情報を得ようと、今まで色々と呼びかけを試みたが、返事が返ってきたことすらない。
最近は食事もまともに取らず、このままだと命の危険があるかもしれない。
さて、どうするか……。
「ねえ、こういう場合ってさ、映画とかだと拷問とかしてるイメージあるんだけどさ……」
恐る恐る声を上げたのは優斗だ。
確かに、このままだといずれリーラは死んでしまうだろう。
何も情報を得られないまま死なせるぐらいであれば、そういったことも案の一つに入れないといけない。
だけど、そんなこと本当に出来るのか? 俺達に……。
俺も優斗も当然、拷問の経験などない。
イーリスに至っては、その可能性すらないだろう。
和也は、最後に候補者として残ったライサンを見た。
「お、おいおい。俺も拷問を行った経験なんてないぞ。戦士として、そんなことはしない」
思った通りの回答だった。
誇り高き獣人族の戦士が、拷問を行っている姿は想像できない。
「ライサン、もし俺が拷問を試してみると言ったら、それを止めるか?」
「止める。すまないが、それを見過ごすことは出来ない。友にそのようなことをさせる訳にはいかない」
ライサンの意志は固い。ならば、拷問の選択肢は無くなった。
ライサンと争う選択など無いし、そもそも素人が下手にやったのでは、相手を殺してしまう危険がある、と考えを改めた。
だが、これでまた振り出しに戻った。
さて、どうするか。
「拷問を取りやめて頂き、ありがとうございます」
牢屋の中にいるリーラの方向から、突然声が聞こえた。
若い男の声だ。
皆、一斉にリーラの方を見た。
驚いたことに、リーラでさえ目を見開き、驚愕の表情を顔に浮かべている。
リーラの体から、白い影が立ち上る。
その白い影は、やがて形を取り始め、若い男のシルエットが浮かび上がった。
蜃気楼のようにぼやけて見えるが、確かにそこに、謎の男が現れた。
「ひっ、ひえ!? なんなのです!?」
幽霊を見たかのように驚くイーリスを横目に、和也は突然現れたその男を観察した。
その男は、とても整った容姿をしていた。
顔にあるパーツ全てが、精巧に作られた物であるかのように。
肩口まで伸びた白銀の髪と相まって、神秘的な雰囲気を纏っている。
恰好は、白いジャケットに、白いスラックスで白一色。
ジャケットには細かな装飾が施された金のブローチが付いており、首元には藍色の宝石を首飾りとしてぶら下げている。
その容姿と格好から、一流のモデルを想起させる。
この男が街を歩けば、きっと誰もが振り返る。そんな印象だった。
和也達が呆気に取られてる中、その男が口を開いた。
「皆様方、突然失礼しました。私はネフェリオと申します。以後、お見知りおきを」
ネフェリオと名乗る男は、胸に右手を当て、深く頭を下げた。
「あんたは何者だ?」
「はい。私はここに居るリーラの上司……のような者、そう捉えて頂いて構いません」
なるほど。リーラの上司と言うが、パルテノの上司でもあるのだろう。
つまりは、こいつが敵の親玉。和也はそう理解した。
「ネフェリオ様、申し訳ございません…………」
リーラは、自身の後方に出現した白い影の男に向かって謝罪をした。
とても弱々しい、無理やり絞り出したような声だ。
「リーラ、パルテノのことは残念でした。……ですが、貴方のそのような姿をパルテノが望んでいるでしょうか? 貴方は、パルテノの分まで生きなければなりませんよ」
リーラはネフェリオの言葉に小さく返事をし、また床に視線を落とす。
和也はそのやり取りを見て思った。
これで少しでもリーラが生きる意志を持ってくれれば良いのだが、と思うと同時に、このネフェリオという男への疑問が大きくなる。
この男は、終始丁寧な言葉遣いで、こちらへも礼儀を見せてくる。
それに、仲間のことを思いやる気持ちもある。
だからこそ、余計に疑問だった。
この男が悪の親玉で、俺達の敵であることは間違いない。
だが、この男は、俺がイメージする悪の親玉像からかけ離れている。
こんな物腰柔らかい悪の親玉がいるのだろうか。
それに、こういう態度を取られるとやりずらいではないか。
いや、これはすべて俺達を油断させる為の演技かも知れない。
和也は油断せず、警戒を継続することにした。
「さて、改めてお礼を申し上げます。リーラへの丁重な扱い、感謝申し上げます」
「それは構わない。それで、率直に尋ねるが、あんたは何がしたい? 目的は何だ?」
「そうですね。今はまだ、我々の目的の全貌をお話しすることは出来ません。ですが、ある事に協力して頂けるのであれば、それを成し遂げた暁には、その一端をお話しすると約束しましょう」
「ある事?」
「はい。まずは、あなたと一対一でお話がしたい。お手数ですが、私が指定する場所まで、お越し頂けますか? お一人で」
和也は相手の思惑が理解できず、黙り込む。
「和也、これって明らかに罠だよ」
「俺もそう思う」
「あたしもです!」
仲間達から口々に忠告の声が上がった。
確かに罠の可能性がある。だけど、こんなにもあからさまな罠があるだろうか?
「何故、俺一人だけを指定する?」
「それは、私が貴方に興味があるからです。他意はありません。まあ、罠を疑われるのは当然でしょう。ですが、罠ではありませんから安心してください。もっとも、それを裏付けるものは、何もありませんけど」
ネフェリオは、悪意など微塵も感じさせない完璧な笑顔で答えた。
もし罠でないなら、これは俺達の目的に近付く大きなチャンスだ。
俺達は敵の情報を殆ど持っていない。だから後手に回らずを得ない。
情報は何としても欲しい。
もし、罠だった場合、損害を受けるのは俺一人だけ……。
俺達全員が罠に嵌るよりかは百倍マシ。
悪くない話かもしれない。
ならば、誘いに乗るべきか。




