第五十一話 手紙
セリスティナ。
このような手紙を残すことは、お前の重荷になるやもしれないとも思ったのだが、私は結局、筆を執ることにした。
このまま破り捨ててくれても構わない。
だが、もし、ほんの少しでもその気があるのなら、どうか読んでみて欲しい。
この手紙が、少しでもお前の一助になることを祈る。
ここに記すのは、私の懺悔と後悔だ。
私はずっと思っていた。神とは何と無慈悲なのだろう。神は私達を決して助けてくださらない。
私達は見捨てられているのだと。
それは、神の使い最大の禁忌。忌むべき思想だと理解していたが、若き日の私は、ずっと思っていたのだ。
私は若き日、父の命で下界へ降り、そこで目の当たりにした。
ここでは詳細は省くが、それは私の人生観を変えるには十分であった。
私には、この世界が地獄に見えたのだ。
人々の思惑が入り乱れ、悪意が人を殺し、際限のない負の連鎖が続く、地獄のような混沌の世界。
それなのに何故、神は救済の手を差し伸べてくださらない。
私は神を疑った。
だから、私は己に課した。私がこの世界を救わなければならないと。
神が居ないのならば、私が神になればよいと。
セリスティナ、私も人のことは言えぬのだ。若き日の私は、お前と似たような考えであったからな。
そのような考えから、私は教会を興し、自分を大きく見せることに邁進した。
次第に教会は大きくなり、それと同時に私の名も上がっていった。
その時の私は、もうすでに道を見失っていたのだろう。
人々を救うと謳っておきながら、その心はとうに無く、私は教会を大きくすることのみに没頭するようになった。
その頃であった、お前と下界を廻ったのは。
私はお前に道を示すと言いながら、その実、他国へも我が教会を広めようという欲望を秘めていた。
私のことを軽蔑するか?
それはそれで構わない。これは、ある意味ではお前への忠告なのだから。
諸外国を歴訪する最中、お前は言ったな。
私は、この為に生まれたのですね。神から私は使命を与えられたのでしょう。私が世界を変えねばなりません、と。
その時のことは今でも忘れられない。
何という傲慢さか。何と青く、未熟で、何と愚かか。
だがな、私はその時思い出したのだ。私の原点を。
笑えるであろう?私は、傲慢で青く、未熟で、愚かな、その言葉で正気に戻ったのだ。
それと同時に気付いた。もしかすると一生とは、このような気付きを増やして行くことなのかもしれないと。
もしかするとそれこそが、神の啓示ではないのかと。
そこから私は、気付きを増やす為、よく隣人を見るように努めた。今まで、見ていたようで見ていなかった本質を。
そうすると見えて来たのだ。今まで見えていなかったものが。
人々の悩みは千差万別。ならば、幸せの価値観もまた違う。
私は初めから間違えていた。世界の救済と言う言葉の、何と空虚なことか。
人により幸せの定義、形が違うのだから、世界を一括りにすることは出来ない。そのことに気が付いた。
世界の救済では駄目なのだ。世界の救済ではなく、個人の救済をしなければ、真に世界は変わらない。
恐らく、それこそが、我ら神の使いに与えられた神からの使命。私はそう思っている。
セリスティナ、お前はまだ若い。ならば、これから気付きを増やしていけばよい。
お前なら出来る筈だ。なにせ、お前こそが、私の啓示の神なのだから。
お前ならばどこまでも羽ばたける。お前ならば、私がついぞ到達できなかったその場所へ、辿り着ける。
私の大切な、可愛い、唯一無二の天使よ。
心からの愛と祝福を。
「叔父上…………」
その呟きは、アガペウス教会の室内でひっそりと響き、やがて消え失せた。




