第四十九話 戦場より出でて
「驚いたな……」
優斗は、事のあらましを聞いて驚いていた。
緊急事態を告げる虹色の空。敵からの襲撃の合図。
それを大森林で確認し、エイナと共に全速力で帰ってきたのだが、到着した時には全てが終わっていた。
ライサンが教えてくれた。和也がパルテノを斬ったこと。
パルテノが死亡すると同時に、全ての影が消え失せたこと。
そして、パルテノの相方リーラは、戦意を無くし、抜け殻のような状態になってしまった為、殺さず拘束するに留めたこと。
気が付けば、全てが終わっているではないか。
それもこれも和也だ。和也が全てを終わらした。
優斗は和也を探した。言わなければならないことがあったから。
そして見つけた。中央区画の回廊で。
和也の後ろ姿が見えた。
和也は、イーリスと何事か話している。
話しはすぐに終わったようで、イーリスは、足早に何処かへ行ってしまった。
「和也!」
和也はその声に驚いて、後ろを振り向く。
「優斗」
お互いの視線が合った。
「「ごめん」」
まったく同じタイミングの謝罪。
予め、取り決めてあったかのように重なる声。
しばらくの沈黙があった。
「…………ぷっ」
「…………ハハッ」
二人は同時に吹き出し、笑いあった。その笑いで、全てを帳消しにするように。
「お帰り、和也」
「ああ、ただいま、優斗」
二人は、謝罪の内容については多くは語らなかった。
お互い、色々と言葉を考えていたが、それはもう不要だと感じた。
もうすでに、相手の気持ちは理解していたから。
「それにしても流石だね、和也は。全部一人で終わらしちゃうんだから」
「俺だけで終わらした訳じゃないさ。皆の協力があったからだ。勿論、そこにはお前のことも入ってるぞ、優斗」
「ありがとう」
二人は拳を重ね、勝利を分かち合う。
その余韻も束の間、少女の声が回廊に響き渡る。
「たっ、大変なのです!!」
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ソルランド王国、アルダイル荒野。
岩と土と砂の大地。荒れ果て、乾いた過酷な大地である。
ここには、生存に勝ち抜いた強靭な生命力を持つ植物と、特殊な環境下で生きる知恵を付けた、昆虫、爬虫類などの、ごく僅かな生物が存在するのみ。
そのような、選び抜かれた種のみが生存を許される過酷な大地でありながら、今日この時は、かつてない程の人と獣人で埋め尽くされていた。
西側には獣人族一万。東側には人族五万。
両者隊列を組み、すでに一触即発の事態であった。
数では圧倒的不利な獣人族であるが、怒りに突き動かされ、数の差に怯む気配はない。
対して人族も、獣人達の怒りに呼応するように熱を帯び、士気が高い。
ここが王都メジャ・アルダジルを守護する、最後の防衛線であることも士気の高さを後押ししている。
そして、いよいよその時が訪れる。
先に獣人族が飛び出した。
獣の咆哮を上げながら、武器を振り上げ、人族の軍に迫る。
大量の砂煙を上げながらの一万の大移動。
人族は、弓と魔術の間合いに入った獣人達へ、一斉に矢の雨と魔力の粒を降らせた。
獣人達は、大量の矢と魔力の粒にも怯む様子はない。
獣人達の勢いは止まらない。
そして、人族も動き出す。
獣人を迎え撃つべく、前線の隊が先陣を切る。鬨の声を上げ、敵へ向けて突き進む。
地響きと怒号が戦場に響き渡る。
両軍の接触はもう目前。両軍、勢いを落とすことはない。
ただ目の前の敵を粉砕する殺戮者と化す。
このまま両軍がぶつかり、大量の血が流れると思われた。
それを疑う者は、この場にはいなかった筈だ。
この瞬間までは。
ソレは、突然現れた。
この場の誰もが自身の目を疑った。
両軍の中間の大地に、突如として闇が出現。
その闇は、黒いシミが広がるようにジワジワと大きくなり、やがて円を形作る。
その闇の円から、闇の悪魔が産声を上げる。
まずは、人の形をした巨大な腕が現れた。
闇から巨大な腕が二本現れ、その腕が大地に叩きつけられた。
その衝撃で大地が揺れる。
そこから、腕の力でゆっくりと身体を這い出した。
ゆっくりと、ゆっくりと、どこまでも闇の身体が高く伸びて行く。
最後に足が闇から出でて、完全に人の形を成した。
それは、全長六十メートルの巨大な影の悪魔。
大いなる影の魔神
その大魔神は、パルテノが十年掛けて準備した闇の結晶。
パルテノの命と引き換えに顕現された、凶悪な暴力装置。
解き放たれた魔神は、際限なく災厄をまき散らし、この国を破壊しつくすだろう。
「ば……ばけもの……」
ある人間の男が声を発した。
「な、なんだよこれは……」
ある獣人の男が呟いた。
「逃げろおおおおおおおおおお!!!」
誰かが、声を荒げて言った。
戦場で阿鼻叫喚が巻き起こる。
先程までの憎悪は、とうに消え失せ、皆一目散に戦場から逃げ出した。
我先へと。方向も定めず。兎に角、この場から離れようと全速力で。
それは、根源的な恐怖。超常的な存在を前に、思い出したのだ。
自分はちっぽけで、微弱な一つでしかないと。
このような化け物を前にしては、自分はあまりに無力であると。
この戦場で命を捨てる覚悟であったというのに、今はもう、その雄々しさは見る影もない。
そして、ついに魔神が動き出す。
巨大な足で、地上の小さな生物どもを無作為に踏みつけた。
巨大な腕を、地上で絶叫する下等な生き物達へ叩きつけた。
魔神が動くだけで、大勢が死んだ。
次第に戦場は血の色に染まり、屍が増えていく。
それでも魔神が止まることはない。
すべてを壊し、すべてを殺し、この国が闇に染まるまでは。




