第四話 偽りの怒り
黄金の障壁が優斗を中心に半円状に展開していた。
優斗は確信する。これが神の力だと。
だが騎士は、そんなことは意に介さない。騎士は連撃を繰り出す。
その悉くを障壁でガードする。―――しかし、このままでは……。
「まずいぞ」
早く目の前の敵を何とかしなければ。和也が虫の息だ。
―――邪魔だ。
ふつふつと怒りが込み上げてきた。敵と、不甲斐ない自身への怒りだ。
「ふざけんじゃねえぞ! 邪魔だああああッ!」
その瞬間、騎士の頭上に、黄金の障壁が展開した。
自分でもどうやったのか分からない。だがこれは―――。
「潰れろ! 鉄くずがああああッ!」
頭上の障壁を叩きつける。
ミシッミシッと鎧が軋みを上げる。
圧力は緩まない。ついに耐えきれず、騎士は膝をつく。
まだ緩めない。騎士の鎧に亀裂が入り、ついには―――。
「終わりだあああああああッ!!」
金属の軋む音が激しさを増す。鎧に亀裂が入り、破片が飛び散る。
耐久度を超えた騎士の兜が砕け散り、騎士は活動を停止した。
勝利も束の間、優斗は和也の元に走り出した。
「和也! 待ってて! 今、助けを!」
そのままセリスを探す為に走り出そうとする。
その優斗の手が掴まれた。
「まっ、まってくれ」
掴まれた握力の強さに驚いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
優斗は先ほど、騎士にぶつけた以上の怒りを覚えていた。
驚いた……。まだ自分の中にこんな感情が眠っているとは。
そう言えば、こちらの世界に来てから変だ。いや、正確に言うのであれば、ある人物に出会ってからだ。
その人物は、三体の騎士のいる部屋に佇んでいた。
「騎士の制御を奪い返したんですね……セリス様」
その人物―――セリスは笑った。
「ああ、君たちのお陰だ。―――それにしても、よく生き抜いたな。驚いたよ」
慈母の如き雰囲気は消え去り、その声の鋭さだけで人を傷つけそうだ。
驚いた。本当に同一人物か。
「もう一人は……意志の力を感じない。死んだか」
氷の如く冷たさで、あっさりとそう告げた。
「あなたは、初めから僕たちを助ける気なんてなかったんだ……」
「……その通りだ。お前達のような怪しき者を信用しろと? お前たちも目的は同じなんだろう?」
目的? 一体なんの話だ……。
「だとしたら何故、僕たちに力をくれたんですか?」
「意志の力だ」
「意志の力?」
「そうだ。この騎士は人の意志に反応する」
セリスは邪悪に笑い、言葉を続ける。
「神意さえ手放せば、私は法術で己の意志を抑え込める。少しの間だけだがな……。まあ、そういうカラクリさ」
優斗の中で、また怒りが込み上げる。セリスは尚も言葉を続ける。
「そうそう、ついでにお前達の怒りの感情を少し弄らせてもらったよ。闘争の根源は怒りだ。その方が囮としては都合が良いと思ってな。フフッ」
「…………」
「さて、お喋りはここまでにしよう。君の処遇をどうするか……。君はそれなりに有能であることを見せた。私に忠誠を誓うなら生かしてやっても良い。どうだ?」
「―――クソくらえだ、クソババア」
「残念だよ。では殺せ、ガーディアン」
優斗は駆けだした。相棒を信じて。
優斗とガーディアンが消えた部屋。セリスは笑う。
しかし、惜しいことをしたか……。あの人間は普通ではない。有効活用すべきだったか……。
まあ、良い。有能な者を御するには得てしてリスクが大きい。
もっと御しやすい者を探すさ。
セリスはまた笑う。
「悪い顔ですよ。セリス様」
「なっ、なに!?」
セリスは驚愕した。死んだはずの和也がそこに存在したから。
驚愕と同時に思考をフル回転させる。騎士を呼び戻す。
意識を騎士とリンクさせ―――
その瞬間、銀の閃光が走った。
「なっ―――!?」
気が付けば、セリスの喉元に剣が突き付けられていた。
「まずは騎士を停止させてください。さもなくば殺します」
「なにをバカなっ、やれるものなら―――」
セリスの身に戦慄が走った。目を見れば分かる。これは脅しではない。―――殺される。
「……分かった、お前たちの勝ちだ」
※ ※ ※ ※ ※ ※
優斗は騎士三体の猛攻を必死に耐えていた。
黄金の障壁は精神力を擦り減らす。恐らく、精神力のゲージが可視化できるならば、あと三割といったところだろう。攻撃に転じることはできない。どうやらあれはマグレのようだ。
だが、不安はなかった。あいつはすごいやつだ。自分の勘が言っている。あいつを信じろと。
やがて騎士の猛攻が止み、騎士は活動を停止。
やったな。そう呟き、少し前のことを思い出していた。
場面は、優斗が黄金の障壁で騎士を破壊した直後に遡る。
「和也! 今はしゃべらなくていい! 絶対助かる! 待っててくれ!」
「ちっ、ちがうんだ……」
「いったい、なに―――」
突如、和也の体が淡い緑の光に包まれた。
優斗は自身の目を疑った。まさに神の力だ。確実に死に至る傷だった。
「傷が塞がっていく!?」
「どうやら―――当たりを引いたようだ」
和也はニヤリと笑い、力を行使する。
和也は立ち上がる。
かなりの血を流しているはずだが、それすらも奇跡の力で何とかなっているのだろうか。
「これ、精神的な疲労がすごいな……でも大丈夫だ、動ける」
「奇跡だ……。僕は今、奇跡を見ている」
「……少し考えがあるんだ……優斗」