第四十七話 価値を持つもの
「セリス!」
「カズヤ!」
こちらに駆けてくるセリスの顔を見て、和也の顔が綻ぶ。
ここは都市の外縁。二人はセラフの恩赦を賜り、無事に都市から出立する事となった。
「セリス、本当に良かった。セラフから無事だとは聞いていたけど……本当に良かった」
「カズヤ……迷惑を掛けてすまない。それと、ありがとう。私を助け出してくれて」
「それについては、セラフに感謝を」
和也とセリスは、和也の後ろに控えるセラフに向き直った。
「うむ。お主達、しっかりやるのだぞ」
「はい。本当にありがとうございました」
「私からも感謝を申し上げます」
セラフはうんうんと頷いている。
和也はセラフにもう一度お礼を言ったあと、セリスの方を向く。
「それじゃあ行こうか。急がないとな」
「ああ、そうだな」
そう言って駆けだそうとする二人の背に、セラフの声が掛かる。
「そうそう、セリスティナ。急いでいるとこすまんがのう、お主に伝えることがある」
セリスは不思議そうな顔で、セラフに向き直った。
「はい、何でしょうか?」
「クラメトスのことじゃ。お主は、こう思っておるじゃろう。父親は、禁を破った娘を見捨てたと」
「そ、それは……」
そんなことはない、と言い返せなかった。実際、そう思っていたのだから。
「お主が禁を破ったことが発覚したその日にの、クラメトスは余にこう言った。私に、救援に行くことをお許し下さい、とな。あやつは自らの立場も、地位も名誉も、何もかも捨てて行くつもりじゃった。じゃが、高位の立場の者が禁を破っては、都市の規律が乱れる恐れがある。それに、あやつに辞されては、余が困るではないか。余はこの都市の運営をあやつに丸投げしとるんじゃから。……んん、ゴホン。話が逸れたの。じゃから余は諫めたのじゃ。セリスティナが生きている事を余には感じ取れることが出来たでの。セリスティナは生きておる。じゃから、機を見て助けに行くことを許そう、とな」
「そ、そんな……」
絶句するセリスに、セラフは尚も告げる。
「信じられんかの? 親が子を思う気持ちはの、それほど深いということじゃ」
セリスは心底驚いた。あの父親が、まさかそんな。
何よりも規律を重んじ、自らを厳しく律し続けているあの父親が禁を破るなど想像もつかない。
セラフの言葉で、今になって気付いた。父の思いを。
父は何かと私の事を諫めていた。夢幻の魔晶性のこともその一つだ。
それは、禁を破ることへの忠告、一族の立場が揺らぐことへの危機感からの言葉だと思っていた。
だけど、違った。父はいつも私の事を思って、私の為に、忠告してくれていたのだ。
父上に言われた通りだ。私は…………何も視えていないのだな。
「教えて頂いて感謝します」
少しだけ晴れやかに。少しだけクリアな心持で、セリスは感謝を告げた。
今ならば、もっとよく視えるかもしれない。もっと色々なことが。
セリスは和也に言う。この都市に来て、一番の良い笑顔で。
「カズヤ、行こうか」
「ああ、行こう」
その時、和也の頭に声が鳴り響いた。虹色の少女の高い声が。
「マ、マスター! マスター!」
「イーリスか!?」
「マスター! 良かった! ようやく繋がった!」
和也は理解した。
イーリスの口ぶりから察するに、今まで複数回、通信を試してくれていたのだと。
こちらがそれを受信出来なかった理由は、もしかしたら、あの塔に何らかの結界が張られていて、テレパシーを妨害していたからなのかもしれない。
「すまない、イーリス。こっちから連絡を取れば良かったな。色々あってそこまで気が回らなかったんだ。許してくれ」
「い、いえ。そんなことより大変なのです! 敵です! 敵の襲撃なのです!」
「なに!?」
想定していた最悪の事態。和也は焦った。すでに天空の宮殿は戦場と化している。
あそこは逃げ場の無い背水の陣。すぐにでも戻らなければならない。
「セリス! 緊急事態だ! 敵の襲撃を受けている。全速力で戻ろう!」
「なっ、なに!? よっ、よし、急ごう!」
そう言って、急いで駆けだそうとする二人の背に、再びセラフの声が掛けられた。
「待つのじゃ、お主ら」
和也は、踏み出した右足に急ブレーキを掛けた。
「すみませんが、急がなきゃ!」
「分かっておる、分かっておる。しょうがないのう。出血大サービスじゃ」
その瞬間、和也とセリスの足元に輝く陣が出現。
「こ、これは!?」
「余がお主らを送ってやる。しっかりイメージしろ、目的地を」
「送る? そんなことが!?」
和也は驚愕した。この都市から天空の宮殿まで、どれぐらい離れていると思っている。
全速力で飛び、丸二日以上かかったのだ。
それ程の距離を一瞬で飛び越えるというのか。なるほど、それは確かに神の御業。
世界中探しても、セラフにしか出来ないことだろう。
「何から何まで本当にありがとうございます。この御恩は絶対に忘れません」
「うむ。しっかりな。カズヤ、セリスティナ」
セラフのその言葉を最後に、和也とセリスは光に飲み込まれ、この場から消え失せた。
暫くの後、セラフの背後に近付く人影があった。
セラフはその人影の方を見ないまま、しゃべり掛けた。
「行きよったぞ。良かったのか? ……アウゼ卿」
アウゼ卿、そう呼ばれたクラメトスは、セラフに跪いた。
「セラフよ。此度の恩赦、真に感謝します」
そのクラメトスの後ろに控えていたパメラも同様に跪く。
「わたくしとお姉さまへの数々の恩赦、心より感謝を申し上げます」
「まったく、お主ら親子には困った者じゃ」
セラフはそう言いつつも、少し嬉しそうに笑った。
そして、思い返す。クラメトスから聞かされた計画を。
セリスがこの天空の大地に降り立った日、クラメトスは屋敷の者からあることを聞いた。
パメラの様子が妙だと。
クラメトスはパメラに問い詰めた。何か良からぬことを企んでいないのかと。
パメラは観念した。白を切ったとしても、後を付けられては元も子もないと思ったから。
パメラはクラメトスに話した。姉が帰還する。自分はその帰還を手助けするのだと。
クラメトスは考えた。
もし、ここでパメラを無理やり拘束し、セリスの手助けを阻止したらどうなるか。
あのセリスのことだ、手助けがないとしても、無理やり都市に押し入るに決まっている。
そうなるとどうなるか。その光景が目に浮かんだ。
都市を警備する兵に捕まり、その後、私の預かり知らぬところで審問に掛けられるだろう。
クラメトスの中ではそれが最悪のパターン。それだけは阻止しなくてはならない。
では、セリスの事を一旦屋敷で匿うのはどうか。
屋敷で大人しくしておけば、いずれセラフに目通りを乞うてやると。
その約束をセリスと交わすのはどうか。それも難しいことのように思えた。
あの利かん坊のことだ。すぐにでも屋敷を飛び出して、セラフを探しに行くだろう。
そうなると、都市を警備する兵に捕まってしまう可能性がある。
それでは結局、パメラを無理やり拘束するパターンと同じこと。
だから、自分の権限が及ぶ範囲で、まずは無理やりにでもセリスを拘束する必要があると考えた。
クラメトスは自分の考えをパメラに伝え、セリスを屋敷まで誘導するよう指示した。
その後は、クラメトスの息の掛かった私兵を使い、セリスと和也を拘束。
自分の領地で拘束しておけば、一先ず、最悪のパターンは防げるだろう。
そして、その計画は実行され、概ね上手く行った。
ただ、誤算、というか想定外であったのは、セラフが自ら和也の元に赴いたこと。
そして、とんとん拍子で事が運び、セリスとパメラの恩赦が得られたことである。
それが、セラフがクラメトスから聞かされた全貌であった。
「アウゼ卿、一つ訊かせてくれ」
「はっ、なんなりと」
「セリスティナは、お主の誇りか?」
「勿論でございます。人の言う事を聞かないところは玉に瑕ですが、あの意志の強さは、やがて世界を変革し得るかもしれない。私はそう考えております」
世界の変革は一朝一夕には行かない。
それはもしかすると、果てのない旅。目的地に着くことはないのかもしれない。
だが、それでも、歩みを止めてはならない。
その試みこそが、何よりも価値を持つのだから。




