第四十四話 天空事変
天空の宮殿、エントランス前広場。
「あらあらあら~、立派じゃなーい」
パルテノが巨大な白い宮殿を見上げ、厭らしく笑った。
「こういうの見るとテンション上がっちゃう! ねえ、リーラ?」
「……私には何とも」
「もう! 楽しまなきゃ駄目じゃない」
パルテノはそう言って人差し指でリーラを刺し、軽く窘める。
その後、軽く溜息を吐き、おもむろに懐から魔石を取り出した。
真っ赤に輝く魔石を口元に運び、声を発した。
「あー、あー、聞こえてるかしら~。聞こえてるわね? 聞こえてると思ってしゃべるわ~」
魔石はパルテノの声を拾い、その声を何倍にも拡大して辺りに響かせた。
「あー、貴方たち、大人しく出てこない? そうすれば優しく殺してあげる。あ、悪いけど殺すのは確定よ。どうせ死ぬなら楽に死にたいと思わない? ねえ、そうでしょ?」
パルテノの影が何倍にも膨れ上がる。その影から悪魔達が産まれる。
悪魔達は次々と産声を上げ、広場があっと言う間に影の悪魔で埋め尽くされた。
その数、五百。これがパルテノの全力。一度に召喚できる最大である。
ギイィィィ、と正門が軋む音。
ゆっくりと宮殿の正門が開いた。
「あら、随分素直じゃない。感心、感心―――、んん?」
ガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッ。
正門の解放と共に、金属が擦れる音が聞こえる。
ガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッ。
その音はどんどん大きくなり、止むことはない。
ガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッガシッ。
やがて、それらは姿を現した。
陽光に照らされ、白銀のボディが輝いている。金属音を響かせながらの大行進。
白銀の騎士が、とめどなく正門から溢れだす。
その数、百五十。
白銀の騎士、ガーディアン百五十体がエントランス前広場に集う。
白銀の騎士達の後方に、一体の白銀の騎士が鎮座している。
その騎士の肩を足場にして、イーリスが堂々と立つ。
そして、イーリスは人差し指で目の前の敵をビシッと指し示し、号令を掛けた。
「密集陣形! なのです!」
その号令で百五十体のガーディアン達は、手にした大楯を床に打ち付け、鉄壁の陣形を取る。
一糸乱れぬその動きは、魂なき騎士の技。騎士達は、忠実に指揮官の命令を実行した。
続けて、イーリスは人差し指を天空にさした。
「特別式イーリス結界発動! なのです!」
イーリスの言葉と共に、空が虹色に覆われる。
球状の虹色結界が、天空の大地をまるごと囲う。
パルテノは流石に面食らっていた。
「……この結界は、アタシ達を逃がさない為のもの? かしら?」
そして、パルテノは目の前に並ぶ白銀の騎士と、イーリスを睨みつけた。
イーリスも負けじと睨み返す。
お互いを三秒以上睨みつけ、イーリスは―――、ピョンと騎士の肩から飛び降りて、宮殿内部に引っ込んでいった。
パルテノの迫力に負け、鼻水を垂らしながらの逃走。
指揮官は持ち場を離れ、騎士達へ現場を託したのである。
「はぁ~。これって、またまた、アタシ達の襲撃を読まれてた?」
パルテノの予想通り、和也は敵の襲撃に備えて保険を掛けておいたのだ。
和也はイーリスに二つの事を命じた。
一つは、宮殿のガーディアンの全機稼働。
もう一つは、虹色の結界を発動する準備。
これは、敵を封じ込める結界。
この宮殿が敵に攻め込まれた場合、攻め込まれた側の逃走は困難と言っていい。
その時点で背水の陣。
ならば、もっとも危惧すべきは敵に逃げられること。
和也はそう考えた訳である。
「いいわ~、いいじゃない。やりましょう。どちらかが滅ぶまで! とことん!!」
パルテノが影の軍勢に命令した。
撃滅せよ、と。
白銀と影の衝突が始まった。
騎士は大楯で影の爪を防ぎ、隙を見つけては槍で突き刺す。
一対一の戦闘力では、騎士の方が圧倒的に上。
だが、数は影が騎士の三倍以上。その数は強力な武器だ。
白銀と影の戦場は拮抗状態であった。
「とう!」
白と黒の戦場を飛び越えて、一人の戦士が現れた。
獣人族、狼人最強の戦士、ライサン・アルバトロンである。
白と黒の戦場を背に、パルテノとリーラの前に立ち塞がった。
「あら、狼ちゃんじゃない。無事だったのね」
「さあ、俺が君達の相手をしよう!」
パルテノはリーラに言う。
「リーラ、頼めるかしら? 影は全部、吐いちゃったから、今のアタシでは荷が重いわ」
「承知」
リーラが前に出て、ライサンと対峙する。
そんなリーラに、ライサンは言う。
「確か君は、リーラと言ったな。戦う前に、問答に付き合う気はないか?」
リーラは、黒曜の瞳でライサンを見た。数秒間の後、返事をする。
「……構いません」
「感謝する。一つ聞きたい。君は何故、このような悪事を働く?」
「私は、自分の任務を全うしているだけです」
「任務? それはつまり、善悪の区別はなく、私利私欲で動いている訳でもないという事か?」
「そう取って貰って構いません」
「ふむ。ならば一度、考えてみて欲しい。今の君の行いは、本当に正しいのだろか? 決して恥じない行為だと言えるだろうか?」
「不要です。考えても、結果は同じですから」
「…………そうか。どうやらこの話は平行線のようだ。では、もう一つだけ良いだろうか?」
「ええ」
「これは問答と言うより、俺の独白なのだが……思い出したんだ。君のその力を見て」
リーラは少し首を傾げるが、口を挟むことはせずライサンの言葉を待った。
「子供の頃、母によく、聞かせてくれとせがんだ、ある英雄の御伽噺だ。その英雄は、唄で自らを鼓舞し、あらゆる苦難を乗り越えたと言う。凱歌を鳴り響かせ、戦場を駆るその様は、俺の憧れだった」
ライサンは言葉を続ける。
「だけど、忘れていたんだ、その英雄の話を。所詮、御伽噺だと、子供騙しだと、いつの間にか忘れていた。それを思い出した。君のその力を見て。俺は自分の可能性に蓋をしていた。……君のやっていることには、絶対に賛同出来ない。それでも、好敵手としては君を認めようと思う。だから、これはその証。それを見せよう」
その瞬間、ライサンの雰囲気が変わった。
ライサンの身体に熱い血が駆け巡り、熱を帯びる。
心臓の鼓動を加速させ、肉体の枷を解き、野生の血を暴走させる。
身体のあらゆる安全機能を外し、戦闘に必要な全てを自身に集約。
「あああああああああああああああああッ!!!」
猛獣の如き雄叫びを上げ、高らかに響き渡らせた。
それは、自らを鼓舞する獣の唄。獣人族英雄ベイオルフが見出した禁断の技。
極限まで身体能力を高める代わりに、自らの肉体を破壊する、諸刃の剣。
ベイオルフの賛歌
ライサンは毛を逆立たせ、荒い息を吐き、敵を定める。
「待たせたな―――、やろうか?」
リーラは黒曜の瞳で、ライサンを見つめる。
ライサンの豹変を見ても、表情を変えることはない。
しかし、その実、その心は、目の前の強者に突き動かされていた。
目の前の敵は、全てを捨てて戦う覚悟だ。
ならば正々堂々、全力を持って受けて立たなければならない。
もう出し惜しみはしない。そうしなくてはいけない。一人の武人として。
「『月輪』ライサン・アルバトロン! 参る!!」
「使徒『天秤』リーラ。征きます」
リーラは即座に「変異・狂戦士」を発動。
理性が解き放たれる代わりに、爆発的な力が身体から溢れだす。
ライサンの右拳が迫る。
リーラはそれを右拳で迎撃。
互いの右拳が衝突し、途轍もない衝撃が周囲に吹き荒れる。
拮抗する、互いの拳。
狂戦士に意識を支配されたリーラは、愉し気に笑う。
どうやら力は同等。相手にとって不足はない。
ならば、速さはどうか。
リーラは地面を蹴り、ライサンの左側面に回る。
それに合わせて、ライサンの左拳が迫る。
ライサンの左拳を搔い潜り、つま先をライサンの顎にめがけて突き上げる。
ライサンはそれを身体を反らすことで躱し、そのままバク転で距離を取った。
リーラはライサンを追撃。拳の連打を繰り出す。
ライサンも負けじと拳の応酬。
お互いノーガードの拳の連打。
顎が殴られれば相手の腹を。腹が殴られれば顔を。顔が殴られれば頭蓋を。
肩ならば鎖骨を。鳩尾ならば鳩尾を。
相手の肉体に、己の力を叩き込む。
「うあああああああああああッ!!」
「ぐっああああああああああッ!!」
お互いの右拳を相手の顎に叩き込んで、二人は静止。
数舜の後、お互い後方に飛び、距離を取る。
荒い息を整え、睨み合う。
そして、また始まる。
野獣の戦士と黒衣の狂戦士、その命の衝突が。




