第四十二話 カッコつけの代償
囲まれてるわね……。
エイナは、はっきりと感じていた。
いつの間にか周囲を囲まれている。相手は恐らくこの森の怪物。
注意を怠った訳ではない。それ以上に相手が上手だっただけ。
エイナは今、自然界の過酷な弱肉強食に晒されている。
その怪物が、茂みの影から姿を現した。
太い四肢を持つ四足歩行の怪物。金色の毛に、青と黒の斑模様が浮かぶ。
口元から伸びた二本の太い牙は、獲物を確実に仕留める殺戮の凶器。
怪物と目が合った。豹のようなその怪物は、確実にこちらを狙っている。
エイナは、怪物から視線を外さず、ゆっくりと半円を描くように動く。
視線を交差させ、お互い間合いを探る。
―――来る!
怪物が牙を剝き、エイナに飛び掛かった。
エイナはそれを、サマーソルトで迎撃。怪物の顎にクリーンヒット。
顎を蹴り抜かれた怪物は、大きく仰け反った。
その後、体勢を立て直すが、顎の骨が砕けた痛みで顔を大きく顰める。
それでも怪物は戦意を落とさない。一旦後退するが、機を見てエイナに襲い掛かるつもりだ。
エイナの右後方、真正面と同種別個体の怪物が、エイナのうなじに噛みつこうと飛び掛かる。
「はっ!!」
エイナはそれを足捌きで躱し、つま先を怪物の腹に突き入れる。
内臓まで届く衝撃により、怪物の口から吐瀉物が溢れた。
その怪物は、痛みで顔を歪めた後、「ぐるっ」と低く唸ったが、あまりの痛みに退却を選択。
一匹怪物が減ったが、それでも不利な状況は続く。
まだ複数の怪物に取り囲まれている。
何故か怪物は、一斉に襲ってこない。一匹一匹が、慎重にエイナの隙を窺っている。
恐らくこれは、この怪物の生存戦略。
怪物が蔓延るこの弱肉強食の森で、この怪物は群れることを選んだ。
一匹一匹はそこまでの強さではない。それを群れることでカバーしている。
そしてそれは成功し、この怪物は、この森で強者の地位を得た。
自然選択により、群れることを好まぬ個体は、他の怪物との争いでその数を減らし、結果的に群れることを好む個体が生き残る。
そして、その血は脈々と受け継がれ、やがて最も効率の良い狩りの手段を得た。
群れることで生存競争に勝ち抜いてきた怪物、それが群集の牙豹である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「くそっ、消えてくれ、消えてくれよ!」
大森林へ全力疾走で駆けた。
無我夢中で走り、頭から少しだけ、余計なことを追い出すことに成功する。
しかし、それも数舜の間。ソレがまた頭と心を埋め尽くす。
決して消えてくれない。次から次へと湧き出してくる。
だけど、あれは……。
優斗は、感情の濁流の中で輝く光が、一瞬大きくなったことを感じた。
それは、エイナに叩かれた時だ。
エイナから感情が伝わってきた。他人を思いやる、強く暖かな意志を。
自分が傷つくことを顧みず、ただ一心に相手を思うその心は、何といっただろうか。
優斗はそれを知っている。それを教えられたからだ。
……愛、か。
そうだ。それはカンナに教えて貰ったものだ。
あの少女に教えられ、育まれた物だ。
だが、それは失われた。最愛の少女の死によって。
優斗はそこで、ようやく気付く。
自分の奥底に閉まって、自分でも見失ってしまった、他人には決して見られたくない、真実の切れ端。
その切れ端が、今見つかった。
……そうか、僕は、寂しかったんだな。
和也に恰好つけて吐いた、「もう吹っ切れている」
「ハハッ、なにが吹っ切れてるだよ」
吹っ切れてなんてなかったんだ。ズルズルズルズル、ここまで引きずってきた。
目を背けてた。ちゃんと向き合うことをしなかった。
自分の心を偽り、何でもないふうを装ってきた。
きっと、その付けが回ってきたのだろう。
「なんだ……僕って……だっさいなぁ…………」
辛い過去から目を背けてきた。それは、ある一定の効果はあったのかもしれない。
目を背けることで苦しまずに済んだ。自分を壊さずに済んだのだ。
だが、それと同時にその曇った瞳では、何も映せない。
光さえも暗く濁って見える。その濁りをそのままにして、ここまで進んできたのだ。
なんと言う事だ。これはすべて、自分の弱さが招いたもの。
そして、その弱さによって人を傷つけてしまった。
和也に罵声を吐いてしまった。
エイナを突き放してしまった。
これは全て、自分の弱さが故。
これをださいと言わずして、なんと言おう。
また最愛の少女の事を思い出す。
その少女がこちらを見ている。笑顔で、こちらを見ている。
少女の口が動いた。何かを伝えようとしている。
それはまるで、別れの言葉を告げるように。
「カンナ、僕は先に進もうと思う。君を置いて、君の分まで。―――許してくれるかい?」




