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せっかくの異世界ですが全力で帰らせて頂きます  作者: ヨシ
第二章   砂の国の争乱
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第四十一話  濁流の中に

 爽やかで、心地よい風が吹く。下界の喧騒など我関せずと、そよ風が吹き抜ける。


 天空の宮殿、左翼棟二階。左翼棟の一室、バルコニーのある部屋に優斗は居た。

 

 優斗はこのバルコニーが気に入っていた。

 何か事あるごとにここに赴いて、ボーッと空を見上げる。

 全くもって意味のない行動だが、その意味のなさこそが、何よりも価値があるように感じて。


 この日も同じように空を見上げる。

 暖かな陽光が降り注ぎ、吹き抜ける風から自然の息吹を感じる。

 そのような穏やかで、晴れやかな昼下がりであったが、優斗の心が晴れることはない。


 優斗は湧き上がってくる感情に頭と心を支配されていた。

 次から次へと溢れる感情の濁流。

 その濁流を押しとどめておくことは、もう出来ない。


 そのような状況にありながら、濁流の中で時折、光を見る。

 その光が何なのか必死に手を伸ばすが、激しい濁流に流され、それは叶わない。


 その時、不意に背後から声が聞こえた。


 「ユウト」


 後ろを振り向く。

 声を掛けてきたのはエイナだ。


 優斗はエイナに返事をする。それぐらいのことは出来る。上っ面で、形だけ取り繕うのは得意だ。


 「……やあ、エイナ」


 エイナは何やら不安げにこちらを見ていたが、そのまま言葉を続けた。


 「ユウト……私、貴方にお礼を言わなきゃ」


 「お礼?」


 「ええ。あの時、私を止めてくれてありがとう。あの時はユウトのことを憎いと思ったけど、私が飛び出してたら父さんの覚悟が無駄になっていた。それは父さんの本望じゃない。だから…………ありがとう」


 天空への脱出劇の際、セブナが影に囚われてしまった。

 あの時は無我夢中でエイナを止めたが、今となってはそれすらも、正しい行いだとは思えなくなっていた。たった今、エイナにその行動を肯定されたにも関わらず。

 心の中で誰かが言う。

 お前は正しいことをしたんだ。たった今、肯定されたじゃないか。

 ある者は言う。

 本当に正しかったか? あのまま行かせてやることも優しさだったんじゃないのか?

 お前の勝手な判断で一生、心に傷を負うことになったら責任とれるのか?

 一生モノのトラウマは、心を殺す。

 それはある意味、生きることより辛いのでは?


 相反する自分の意見に心を乱される。もう何が正解か分からない。


 「ユウト!」


 また声が掛けられた。今度は力強く。


 「貴方も知っての通り、私は貴方を避けてた。だから、貴方のことは何も知らない。…………でも、今の貴方が普通じゃないことは分かる。ねえ、それって私のせいなの?」


 「…………何を言ってるんだい? 誰のせいでもないさ、ましてやエイナのせいでもね。さあ、もう僕の事は放っておいて、皆のところへ行ってくれ」


 「どうして? どうしてそんなことを言うの? 確かに私は貴方のことを知らない。だけど、今までの貴方なら、そんなこと言うはずない。一体どうして…………」


 またそれか。会議の間でも言ったじゃないか。僕ですら僕のことが分からないんだ。

 だから、他人に僕のことが分かってたまるか。

 ああ、そうか。あの時エイナは居なかったか。


 「エイナ、すまないが僕にも分からないんだ。もう自分が自分じゃないみたいだ。自分が自分じゃないのなら、もうどうだっていい。どうだっていいんだ」


 「な、なによ…………どうだって良いって。皆、必死で戦っているのよ!? どうだって良いとは何よ!!」


 煩いな。本当に煩い、この娘は。何故、早くどこかへ行ってくれない。

 こっちは自分の相手をするので精一杯なんだ。


 「煩いな。どこかへ行ってくれ」


 心で考えていることが、そのまま口に出てしまった。

 普段の優斗なら絶対にあり得ないことだ。


 「ねえ、本当にどうしちゃったの! 正気に戻ってよ! ユウト!」


 エイナが優斗の肩を揺すって、必死に叫ぶ。

 

 煩いな。頭に響くんだよ、その声は。


 「煩いって言ってんだろ! 早く立ち去ってくれ!!」


 ―――パチン。


 エイナの右の掌が、優斗の左頬を叩いた。

 乾いた音を響かせた後、一瞬、この場から音が消え去る。


 「ユウト、貴方が何か悩みを抱えているのは分かる、辛いのは分かる。だったら、誰かを頼りなさい。私を頼りなさい。一人で闇の中に蹲っているだけじゃ、何も始まらないわ。私もそうだった……。だから分かる。ねえ、ユウト…………貴方はそれで終わりなの?」


 「くっ」

 

 ああ、もう駄目だ。感情の渦が襲ってくる。もう限界を迎えようとしている。

 このままでは、完全に自分を見失う。

 エイナが立ち去ってくれないのなら、自分が立ち去るしかない。


 優斗はバルコニーの手すりに足を掛け、二階から飛び降りた。

 そしてそのまま、全力で駆けだす。目的地は特にはない。とにかくここを離れなくては。

 

 「ユウト! 待って!!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 エイナは必死で追いかけた。そして後悔する。

 優斗に立ち直って欲しかった。その一心で精一杯、励ましたつもりだ。

 だけど、あまりに考えなしだったもしれない。

 誰しも放っておいて欲しい時ぐらいある。

 それでも、どうしても放っておけなかった。

 あの優斗という人間を見ていると、心がざわつくのだ。

 一目見た時から分かった、この人間は何かを隠している。

 裏に隠された何かがある。エイナの獣の勘は、それをはっきりと感じ取っていた。

 だから、慎重に観察したのだ。いずれ尻尾を現す可能性があったから。

 注意深く、少し距離を取って。

 

 だけど、観察している内に分かった。

 何かを隠しているというより、隠れた物を見ないようにしていることを。

 言葉で表現するのは難しいが、そのような感覚。

 だから、余計に気になった。その隠された物を見つけようと、時間を見つけては監視を続けた。

 気が付けば自然と、優斗のことを目で追うようになっていた。

 ある時、不意に気付いてしまったのだ。

 これは、優斗のことをただ、見たいだけなのではないのかと。

 その時は、そんなことある筈ない、と自分の感情に蓋をした。

 でも今は、蓋の隙間から、感情が漏れようとしている。

 だからこそ、どうしても、どうしても放っておけなかったのだ。

 

 エイナは未熟な自分に活を入れる。


 「ええいッ! 考えるのはあと! 今、ユウトを一人で行かせるのは不味いわ」


 優斗は大森林へ向かって全力疾走。速すぎて引き離されそうになるが、なんとか食らいつく。

 だんだんと優斗の背中が小さくなっていく。


 やがて優斗は大森林の中へ。優斗の姿を完全に見失ってしまった。


 エイナは暗い森の土をゆっくりと踏みしめる。

 この森は危険な怪物が出ると聞いた。せめて兄さんを呼んでくるべきだったかもしれない。

 今からでも呼んでこようか。

 いや、そんな時間はない。

 すぐにでも優斗を見つけなければ、取り返しのつかないことが起こる予感がある。

 これは、幼少時から研ぎ澄まされてきた直観。

 その直観が言っている。今の優斗は何をしでかすか分からない。

 自暴自棄になり、最悪、自分を傷つけかねない。

 

 エイナは精神を集中し、聴覚を研ぎ澄ませた。音が様々なことを伝えてくる。

 獣人の聴覚は人より優れている。それは、人よりも小さな音を拾えるというだけではない。

 音を聞き分け、情報を拾うことができるのだ。

 土を踏みしめる音から、その者の凡その体重、体格が分かる。

 空気の流れる音で、周囲で動く生物との距離、数が読み取れる。


 一見静かな森だが、耳を澄ませば、様々な音が聞こえてくる。

 小動物が駆け回る音。遠くの川で魚が跳ね、捕食者がそれを捕らえる音。

 虫が鳴き、仲間に情報を発している。

 風が木の実を揺らす。

 やがてその実が地に落ち、動物がそれを食んだ。


 そして、聞こえた。直立する二足歩行の生物の足音が。それが指し示すところは一つしかない。

 エイナはその足音の方へ駆けだした。

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