第四十話 秘めたる力
「あ、あの、ゼピロス様! これ、どこまで続くんでしょうか?」
「様はいらん。ゼピロスで良い。もしくはセラフと呼べ」
和也はゼピロスの後ろをついて歩きながら、頭の中を整理する。
ゼピロスと名乗る少年。この少年がセラフだったとは驚いた。
どこか不思議な雰囲気を纏っていた為、只者ではないような気がしていたが、まさかここに来た目的、大本命とこんなにも早く会えるとは。
牢獄でゼピロスは言った。「お主の事が気に入った。余について参れ」
勿論、和也に断る理由はない。だからこうやって大人しく、後をつけているという訳だ。
和也は釈放され、ゼピロスに言われるがままついて行った。
牢獄を出て、大通りを横切り、教会のような建物を幾つも通り過ぎ、やがて巨大な塔の扉をくぐった。
螺旋状の階段を永遠と昇る。巨大な塔はどこまでも上に伸びており、歩けども歩けども目的地に着かない。
途中、和也はゼピロスへ、セリスとパメラの恩赦を頼んだが、ゼピロスは「分かっておる」の一言。
「分かっておる」とは、助けてやるから大丈夫だ、の意だと和也は理解した。
もっと確実な答えが欲しかったが、あまりしつこく聞いて、逆上されては敵わない。
和也は結局、この都市の盟主を信じることにした。
やがて辿り着いた頂上は、何も無い白い空間だった。円状の広大な空間だ。
ゼピロスが口を開いた。
「すまんのう。他に暴れることが出来る場所がなくてのう」
暴れる?
「あ、あの、セラフ。俺の話を聞いてください。急がないとまずいんです!」
ゼピロスは、和也の言葉に返事をせず、首をパキパキ鳴らしている。
「セ、セラフ! 本当に急いでるんです!」
「分かっとる、分かっとる、カズヤ。だから早く始めるとしようか」
「始める? なにを?」
ゼピロスは構えを取り、人差し指でクイクイっと和也を挑発する。
「さあ、かかってきなさい」
戦闘の構えを取るゼピロスを見て、和也は焦った。
戦えということか? 何で? くそっ、時間が無いってのに。
「時間が無いんです! 貴方と戦っている暇は無いんですよ!」
和也は激昂してしまった。目の前の人物こそが希望だと言うのに。
「俺は貴方に、知恵を授かりに来ました! 敵を倒す為の―――、いや、仲間を守る為の知恵をです。いきなり押し掛けて無茶なことを言っているのは分かってます。無礼も承知してます! それでも、それでも……」
ゼピロスは何も言わず、構えを崩さない。
「セラフ! どうか!」
「カズヤ、お前は面倒な奴じゃのう。若者は勢いが肝心じゃぞ」
ゼピロスは軽く溜息を吐き、また口を開く。
「―――ごちゃごちゃと五月蠅い。さっさっと、かかってこい」
和也はブチッ、と自分の血管が切れる音を聞いた気がした。
頭が真っ白になり、身体が勝手に動いた。
和也の右拳が、ゼピロスの顔面に迫る。
ボコッ、と言う音を聞いた。
「あれ?」
和也の足がぐらつく。脳が揺れ、平衡感覚が消え失せた。
たまらず膝をつく。
なっ、なんで? 殴ったのは俺だ、何で俺が崩れてる。
和也は膝をついたまま、ゼピロスを見上げる。
ゼピロスは、右拳を前に突き出して残身を取っていた。
俺は今、カウンターを喰らったのか?
ダメージを受けたことで少し冷静さを取り戻す。立ち上がり、ゼピロスを見据え、構えを取った。
セラフが何を考えているか分からないが……やるしかなさそうだな。
覚悟を決める。頭は冷静に、身体には熱い血を滾らせた。
和也は左の上段蹴りをゼピロスに放った。蹴りが大気を切り、轟音が鳴る。
ゼピロスは一歩下がってそれを躱し、そっと和也の踵に手を添えた。
手を添えたまま左側に流す。
「―――なっ!?」
和也の左足は見えない力に引っ張られ、体勢が大きく崩れる。
隙だらけの右の脇腹に、拳が叩き込まれた。
「ぐふっ!?」
体に響く衝撃。その衝撃を利用し、転がって距離を取る。
再び構えを取り、ゼピロスと対峙。
和也はこの時点で、完全に冷静になっていた。そしてはっきりと感じた。
これは……遊ばれてるな。
ここまでの攻防、ゼピロスは速い訳でも、力が強い訳でもなかった。
それなのに、太刀打ちできない。こちらの攻撃は最小限の動きで躱され、隙があれば最短の動作で攻撃を叩きこんでくる。
今まで様々な強敵と戦ってきたが、これ程、得体のしれない相手は初めてだった。
和也は気合を入れ、感覚を研ぎ澄ます。
和也は踏み込んだ。今度は右拳を放つ。身を捻り躱される。
左の下段蹴り。足捌きで躱される。
空を切る左足を、ゼピロスの右脚に踏みつぶされた。骨が軋む痛みに、身体が一瞬固まる。
その隙に叩き込まれる掌底。鼻が折れる音がし、鼻血が飛び散る。
矢継ぎ早に叩き込まれるゼピロスの拳の連打。
顎が殴られ、鳩尾を殴られ、胸を殴られ、最後に足払いが放たれた。
足払いをもろに食らい、受け身を取れず、後頭部が地面に直撃。
「うっ」
たまらず漏れる呻き声。
…………強い。
和也は理解した。このゼピロスの強さ、これは日々の修練の賜物だ。それも生半可な物じゃない。
元々才あるものが、人生の大半をそれに捧げ、それでも尚、到達できない領域。
ゼピロスはその領域にいる。
それは既に、神の領域と言えるかもしれない。
仰向けで倒れ込む和也に、ゼピロスは声を掛けた。
「どうじゃ? カズヤ」
「……どうと言われましても……滅茶苦茶ですよ」
ほんと滅茶苦茶な強さだ。
「ほほっ、そうか、そうか」
ゼピロスは満足そうに笑っている。
何がそんなに可笑しいんだろう?
「……どうやって、そんな力を?」
「ん? そうじゃな。ざっと三千年ほど修行しとったからのう」
……三千年。滅茶苦茶だ。そんなの卑怯じゃないか。……ん?
「三千年!?」
「ん? そうじゃ。どうした、そんなに驚いて?」
「い、いや、そりゃ驚きますよ! っていうか、そもそも有翼族は長くても二千年ほどの寿命では!?」
「なんじゃ? 知らんかったのか? 余ら覚醒者はな、この物質世界から少し浮いた存在なんじゃ。じゃから、物質世界の枷が一部外れておる。余に寿命という概念はない」
なんだそれは。本当に滅茶苦茶だ。
つまり何事もなければ、永遠に生きるということか。それはもう、生物と言えないんじゃないだろうか。
そんなのチートだ。チートすぎる。チート子供。いや、チートじじい。
「カズヤ、お主が焦る気持ちは分かる。じゃがな、答えは外にはない」
「外?」
「そうじゃ。答えは内にある。お主の内にの。すでに下地は整い、種も蒔かれておる。あとは芽を出すだけじゃ」
答えは内にある。
何となく言っている意味は分かる。アスクレピオスが呼応しているような気がする。
多分、この力が鍵なんだ。あとは芽を出すだけ……か。
「余を信じるか? 信じれなければ、帰還しても構わない。この都市から安全に出れるよう手配しよう。勿論、セリスティナの安全も保障する」
和也は考える。
何も収穫無く帰っても仕方がない。目の前にセラフが居るのは奇跡に近い確率の筈だ。
それに、たった今、セリスの安全は保障された。
今後、セリスに極刑が与えられるというのならば、そんな提案はしないだろう。
「信じます……セラフ」




