第三十九話 牢獄の少年
仄暗い魔石灯に照らされながら、和也は必死に作戦を考えていた。
まずは、ここから脱出しないとな。
ここは神聖都市の地下。
石の壁、石の床。寒々しい雰囲気のその場所は、まぎれもなく独房であった。
和也は目の前の、網目状に張り巡らされた牢獄の格子に目を凝らす。
その牢獄の格子は、鉄の格子ではなかった。
白銀の輝きを放つ光の線が、牢獄の一面に網目状に張り巡らされていたのだ。
その光の格子に触ろうと試みるが、不思議な力で弾かれてしまった。
なるほど。力技で脱出するのは不可能か。
これは恐らく、特殊な結界だろう。神聖力で編みこまれた、聖なる光の格子だ。
正式な手順を踏んでこれを解除しなければ、真正面からの脱出は不可能。
ならば、この石の壁と床を破壊するか? 出来ないことはないかもしれない。
拳も破壊されるだろうが、俺にはそれは問題ではない。
何回か拳の再生と壁の破壊を繰り返せば、穴をあけることは出来るかもしれない。
和也はそこまで考えを巡らせたが、一度冷静になる。
いや、うまく逃げさせたとして、それでどうなる。
第一、セリスの居場所が分からない。
だから、ここから逃げ出せたとしても、追ってくる兵士達を倒しながら、都市中を駆け回らなければならない。
それは無謀すぎるな…………くそっ。
だが、早くしなければ最悪セリスが処刑されてしまう。すでに作戦は失敗したと見て良い。
ならば、全力で逃走しなければならない。
和也は焦った。セリスが処刑されるなど考えたくもない。急いで何とかせねば。
「くそっ!!」
苛立ちが声となり、牢獄に響いた。
床に叩きつけた右拳が痛む。
「おー、おー、荒れておるのー」
その時、独房の外から声が聞こえた。高く、綺麗な声だ。
誰だ?
和也は、光の格子の隙間から外を覗き見る。
その声の主は少年であった。
仰々しい祭服のような物を纏った少年だ。人間で言えば、十歳前後に見える少年。
その少年は、格子の外からこちらを覗き込んでいる。
白銀の髪、翠の瞳。
有翼族であることは明らかだが、牢獄と子供、あまりに不釣り合いな組み合わせが、和也の頭を混乱させる。
和也は、その子供に訊いた。
「君は……誰だ? どうしてここに?」
それを聞いて少年は地面に腰を落とし、胡坐をかいてから答えた。
「おお、すまんかったのう。挨拶が遅れた。余はゼピロスという。ここに来たのは…………そうじゃのう、何やら面白い気をお主から感じたからじゃ」
和也は少年の妙な言葉遣いが気になったが、同時にこれはチャンスかもしれないと思った。
「そ、そうか、ゼピロス。俺は和也、よろしく。それでさ……お願いなんだけど、この格子を解除する方法を教えてくれないか?」
解除方法が分かれば大きな利を得る。
自分のタイミングで脱出できるのだとしたら、活路が開けるかもしれない。
大人よりは子供の方が言う事を聞いてくれるかもしれないという淡い期待から、和也は少年にお願いをした。
しばらくの沈黙。
やっぱり無理か。
相手が子供であるならば、回りくどい説明は不要と思ったのだが、失敗してしまったようだ。
逆に子供であるが故に、順を追って懇切丁寧に説明すれば、言うことを聞いてくれたかもしれない。
そうした方が良かったか。
「よいぞ」
「え?」
少年から意外な答えを聞いた。
「良いと言ったのじゃ」
「あ、ありがとう! じゃあ、さっそく教えてくれ! 解除方法だけで良い。タイミングはこちらで考えるから」
少年は人差し指を立て、その指を左右に振りながら答えた。
「チッチッチッ。まあ、そう慌てるでない。少し聞かせてくれ、お主の思いを」
「思い?」
「そうじゃ。お主は何故、ここに来た?」
「あ、ああ。簡単に説明するとだな。下界で悪い奴らがいて、そいつらを倒す為の力が欲しくてここに来たんだ」
「ふむ。その悪い奴らは、どのように悪い?」
「それは……。とびきり悪いやつらさ。沢山の人を殺そうとしている。そんな奴らが良い奴な訳はないさ」
「確かに、その一点だけを見れば悪と言って良いかもしれんな。しかしな、そやつらに何か事情があって、そうせざるを得ないのだとすれば、それを邪魔しようとするお主の方が悪という事になる」
「なっ、なに言ってんだよ。沢山の人がそいつらのせいで殺されるんだぞ。そいつらが悪に決まっているじゃないか」
和也はいい加減、この少年との問答が嫌になってきた。今更、悪だ正義だと論じてる時間はない。
問題は差し迫っている。もっと現実に即した建設的な考えをしなくてはならない。
「わ、分かったよ。君の言う通り、そいつらが善で俺が悪でいいさ。分かったから早く、解除の方法を教えてくれないか?」
「余の言いたいことはな、カズヤ。本質を見失うなと言う事じゃ。この世に混じりけの無い悪などない。ある視点から見れば、悪も善に変わる。善もまたしかりじゃ。さればこそ、さればこそじゃ、自分の心を偽るでない。悪も善もないのだとしたらあるのは、人の意志、真の心。それだけじゃ。よいか、もう一度問うぞ、カズヤ。お主は、何故ここに来た?」
和也は、少年の翠の瞳に射竦められた。
和也はそこでようやく理解する。この人物は子供なんかじゃない。
それはそうだ。相手は長命の有翼族。
見た目と年齢がずれていても何ら不思議はない。
であれば、ここからは相手を対等な大人として扱わねばならない。
和也は考えた。ゼピロスの問うている意味を。
ここに来た理由。それは、悪を討つことにあるのは間違いない。
でも、それは確かにゼピロスの言う通り、本質ではないのかもしれない。
心の靄が少しクリアになる。どうやら、敵に復讐するという悪意で、心が曇っていたようだ。
そうだ、俺は。
和也は思い浮かべる。仲間の顔を。
楽しそうにはしゃぐイーリスを。修練に汗を流すライサンとエイナを。
もはや自分の半身と言える優斗を。獣人達の顔を。
ベナンテスや、その他沢山の人達の顔を。
最後に、大切な、ある有翼族の女性の笑顔を―――。
「守りたい。俺は…………大切な人達を守りたい! だからここに来た!!」
少しの静寂。
「フッ」
ゼピロスが笑った。
「よいな。余はお主のことを気に入った」
「じゃ、じゃあ、早く解除方法を!」
その時、独房の外で足音が聞こえた。コツコツ、とこちらに誰かが近付いてくる。
足音の主は、ゼピロスの前で立ち止まり、口を開いた。
「…………ここにいらっしゃったのですか」
和也は、その声の主を見た。
この人は…………セリスの父親、クラメトスか。
エクセルラン家で見かけた。兵士に指示を出していた男だ。
セリスが「父上」と言っていたから間違いない。
ゼピロスは胡坐をかいたまま、クラメトスを見上げた。
「アウゼ卿か。このような所に、何用かな?」
「はっ、セラフの恩赦を賜りたく…………」
クラメトスはそう言って、膝を折ってゼピロスに敬服した。
セラフ!? 今、セラフって言ったか!
和也はゼピロスの顔を凝視した。
その和也の視線に気づき、ゼピロスが和也に対して告げる。
「ああ、そうじゃった、そうじゃった。別に隠すつもりはなかったんじゃ。余は、ゼピロス・レヒム・メリクリフト。この神聖都市の者達からは、セラフと呼ばれとる」




