第三十八話 天と地と
とある白い部屋。窓が無く、殺風景な部屋。
この部屋にあるのは、白い机、白い椅子のみ。
セリスは両腕を後ろで拘束されたまま、椅子に座らされていた。
そして、目の前に座る人物を見据え、呟く。
「…………父上」
セリスの目の前に座る人物、クラメトス・アウゼ・エクセルラン。
ベナンテスの兄であり、エクセルラン家現当主であるその男は、セリスを見つめ返した。
クラメトスの相貌はベナンテスと似ているが、纏う雰囲気はベナンテスとは別物である。
神経質そうな雰囲気が、他を寄せ付けつけるのを拒んでいる。
クラメトスは、低くよく通る声で、セリスに話しかける。
「何故、帰ってきた? 帰ってきたからには、お前の罪を裁かねばならん。父親に娘を裁かせるというのか? これに勝る罰はない」
「父上、パメラは裏切ったのですか?」
セリスは、クラメトスの言葉を無視して問いかけた。
クラメトスは小さく嘆息し、指で眉間を抑えながら言葉を返す。
「パメラ……。あやつのこともそうだ。どうしてお前達はそうなのだ。だが、パメラならばまだ間に合う。私はセラフにパメラの許しを請うつもりだ」
父の反応からセリスは理解した。パメラは裏切っていないと。
恐らく、パメラの不審な行動から気付かれたのだ。パメラの企みを。
パメラの疑いが晴れたことで、少しだけ心が軽くなったと同時に、パメラへの心配が襲ってきた。
パメラを全力で守ると約束した。だが、結果はこのありさまである。
自分の不甲斐なさに情けなくなるが、一先ずその気持ちを抑え込んで、父親に向き直った。
「父上。パメラのことは……どうかお願いします。パメラは私に唆されただけ。何も罪はないのです」
「そう願うが、セラフの沙汰を待たねばならん。勿論やれるだけのことは尽くすつもりだ。しかし、セリスティナ、お前のことは……」
「分かっております。私は罰を受け入れます。ですが、その前に聞いてください。今、下界で邪悪な輩共が蠢いているのです。どうか、その者どもを討つ知恵をお授けください。そして、邪悪を討った暁には、潔く裁かれることを約束します! どうか!」
クラメトスは、数秒間セリスを見つめた。
セリスの表情から何かを読み取ろうとしているように。
そしてセリスに尋ねる。
「それは何故だ?」
何故? 何故とはどういう意味だ。邪悪が蠢いているのだ、それを討つのに理由などいるだろうか。
しかも、奴らは夢幻の魔晶石に関する情報を持っている可能性が高い。
邪悪を問い詰め、情報を吐かせなければならない。
もし奴らが夢幻の魔晶石を所持しているのだとしたら、それを奪わなければならない。
邪な者たちが夢幻の魔晶石を持っていていいはずがないのだ。
だからこれは、平和の為。世界の為の戦いだ。
セリスは答えた。
「それは勿論、世界の為です。この世界を変えねばなりません。すべての不条理を正すのです」
「セリスティナ、何度も言っているではないか。世界の変革に近道はない。夢幻の魔晶石などという、まやかしを追うのは、もう止めなさい」
「しかし父上!」
クラメトスは、椅子を引いて立ち上がった。
「父上!」
セリスの呼びかけを無視し、セリスに背を向ける。
「セリスティナ、よく覚えておきなさい。自分すらも変えられぬものに、世界は変えられない。―――大人しく、ここで沙汰を待つんだ」
その言葉を最後に、クラメトスは部屋から居なくなった。
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ソルランド王国、人族の居住区画。とある屋上。
パルテノは影の王と感覚を共有し、厭らしく笑う。
たった今、情報が入ってきた。
各地の獣人の隔離地区から、獣人達が挙兵したのだ。
その数、約一万。
獣人達は人族の駐屯地を襲った後、ソルランド王国の王都メジャ・アルダジルへ進軍中。
迎え撃つ人族の連合軍は五万。
両者が接触するのは数日後。ついに始まるのだ、大規模な殺し合いが。
恐らく、この戦争はしばらく続くだろう。大規模な戦闘がこの先も続く筈だ。
もうこの国は、暴力の世界に足を踏み入れた。終わりのない暴力の世界へと。
「さ~て、アタシ達の仕事もいよいよ終わりね。終わってしまうとなると、少し寂しいものね。そうじゃない? リーラ」
後ろに控えていたリーラが答える。
「……そうでしょうか?」
リーラの淡白な反応にパルテノは肩を竦めた。
そして、右の人差し指を天に突き上げて言った。
「さあ、ここでやることはもうないわ。あとは、気になる異分子ちゃん達を潰しにいきましょう。念には念をね」
「彼らの場所は捕捉できていますか?」
「ええ。坊やに取り付けた、親指ほどの影の悪魔の発信位置から場所は割り出せたわ。距離が離れすぎて途中でリンクが切れちゃったけど、目星はつけてある。でも、まーさか、上に逃げるなんてね。驚きだわ~」
パルテノの影の一部が細長く伸び、やがて大きな円の形を成した。
その円が立体化し、円柱型の影が顕現する。
そこから円柱型の影がまた形を変え、鳥の翼のような形状を取り始める。
「ん~。もうちょっと時間かかるわね。アタシ、鳥の影を作成するのは初めてなのよ。これが出来たら、行きましょう」
「はい」
リーラはそう返事をして、天空を静かに見つめた。




