第三十七話 神聖都市
「見えて来たぞ!」
セリスが叫んだ。
天空に浮かぶ大地。ここは、セリスの故郷。
セリスは翼を広げ、ゆっくりと降下。
大地の縁に足を付ける。
「セリス、ここまでありがとう」
「ああ」
和也は辺りを見回した。
遠くに建造物が見える。天空の宮殿と同じく、白い石で作られた建造物だ。
神聖都市カルデラド。
幾つもの高い塔が聳え立ち、ドーム状の屋根の巨大な建物が並んでいる。
もし天国があるのなら、それは、あのような都市のことを言うのかもしれない。
ん?
和也の目線の先に、小さな点が見えた。大空に小さな点が現れた。
なんだ? あれは?
その点は、徐々に大きさを増す。
和也はやがて理解した。
あれは人だ。いや、人と言うよりは、有翼族の何者かだ。
その有翼族は、翼を使って飛び、こちらに向かって来ている。
「セリス! まずい、隠れよう!」
いきなり見つかる訳にはいかない。和也は咄嗟に茂みに隠れた。
だが、セリスは動かない。空を見上げ、こちらに近付く人物を一心に見つめる。
「何してる!」
和也が叫ぶが、それでもセリスは動かない。
セリスはちらっと和也を見て、少し笑う。
「カズヤ、大丈夫だ。あれは―――」
「お姉さま!!」
その人物は、空から舞い降りた。着地と同時にセリスに抱き着く。
和也は、突然の展開に驚いた。
「セ、セリス、今、お姉さまって言われたか? という事は……」
「ああ、紹介しよう。私の妹、パメラだ。さあ、パメラ、挨拶を」
パメラはセリスの胸に顔をうずめた状態で「はい」と返事をした後、顔を上げて和也の方を向いた。
「初めましてカズヤ様。貴方のことは、姉からのテレパシーで伺っております。わたくしはパメラ・アウゼ・エクセルランと申します。セリスの妹で御座います」
パメラと名乗ったその女は、セリスに負けず劣らず美しかった。
長い白銀の髪を後ろで三つ編みにしており、それが風になびいている。
格好は白を基調とした神官服を纏い、頭には宝石が嵌め込まれた黄金の額あて。
顔立ちはセリスに似てるが、纏う雰囲気はセリスより柔らかく、柔和な笑みは他者に安心を与える。
「あ、えっと、パメラ……様。和也です。よろしくお願いします」
セリスと最初に会った時みたいに緊張してしまった。我ながら情けない。
そんな和也の緊張を察したのか、パメラは微笑みながら和也に答えた。
「ふふっ。カズヤ様、どうぞわたくしのことはパメラとお呼びください」
「わ、わかりました。ありがとうございます。パメラ」
まだ固い和也にパメラは再び微笑んだ。パメラはその後、セリスの方を向く。
「お姉さま、よくぞご無事で。心配しておりました……本当に」
パメラの目には涙が滲んでいた。
それもそうか。
セリスとは五十年会っていなかったんだ。それも安否不明で。
もしかしたら、諦めていたのかも知れない。
セリスがパメラの背中に腕を回し、パメラの額に自分の額を近づけた。
「パメラ、すまない。心配をかけた」
セリスはパメラを落ち着かせてから言った。
「それで、パメラ。早速ですまない。事情は先ほどテレパシーで伝えた通りだ」
「はい、分かっております。都市へと通じる抜け道を開放してあります。行きましょう」
そこで和也が口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、セリス、パメラ。抜け道に案内してくれるのはありがたい。正直、パメラの助けがなきゃ、なにも出来ないのは事実。だけど、本当に良いのですか? パメラ」
和也は危惧していた。セリスは禁を破った重罪人。
それを手助けするならば、その者も罪人になるだろう。
パメラにその覚悟があるのか、確認する必要がある。
パメラは和也に頷いた。
「はい、カズヤ様。わたくしは覚悟できております。そもそもの話、わたくしは、お姉さまと一緒に天空の宮殿に行くつもりだったのです。……それをお姉さまが」
パメラはセリスを恨めし気に見る。
「パ、パメラ、その話は今度にしよう。……それと、手助け心から感謝する。もしこの先、同胞に捕らえられたとしても、お前のことは全力で私が守る。この命に変えて、お前の罪の許しを請うつもりだ」
パメラとセリスの言葉を聞いて、和也が言う。
「二人の気持ちは分かった。ならばこれ以上は何も言わない。パメラに感謝を」
浮遊する光で足元を照らしながら進む。
神聖都市カルデラドの有事の際、緊急避難用としての脱出口。それがこの洞窟の抜け道だ。
本来は脱出用である抜け道を逆に利用し、都市に侵入しようとしている訳だ。
この抜け道は、神聖都市の地下に通じている。
地下から都市に侵入し、エクセルラン家の屋敷に一旦身を隠す算段だ。
そこまでの侵入経路をパメラが確保してくれた。パメラには本当に感謝してもしきれない。
三人は砂利を踏みしめながら慎重に進む。
見張りはいないようだが、見つかればその時点で終わりだ。
和也はセリスとパメラの顔を覗き見た。
二人の顔が随分険しい。
当然だ。今行っている行為、これはもう、只の犯罪ではない。
重罪人を国に招き入れる行為。
その事実だけ見れば、国家に対しての重大な反逆行為。
捕まれば極刑は免れない。
和也の中で不安が溢れるが、歩みを止めることはない。
やがて、目の前にいくつかの分岐点が現れた。
パメラは迷いなく「こちらです」と言って、道を指し示す。
分岐点の先、やや狭くなった道を更に進む。
そして、ついに出口に到着。
普段は封印されている鉄の扉をパメラが解いてくれていたので問題なく通過。
その先も封印が解除された鉄の扉を幾つか通過し、ついに目的の場所に到着。
そこは白い空間だった。白い壁で囲まれた部屋。
白い壁には黄金で模様が描かれており、辺りには高価そうな調度品が立ち並ぶ。
ここはエクセルラン家の屋敷だ。抜け道が屋敷と通じているらしい。
エクセルラン家当主クラメトスは、有翼族の中でも責任ある立場だと聞いた。
この都市においては、高位の存在ということになる。
それでも、いくら高位の存在だとは言え、抜け道が屋敷に通じている事には驚いた。
つまりはそれ程の人物。有事の際、優先的に命が守られるべき存在。
王国で例えるならば、上級貴族、あるいは王の血族と言うところか。
そして、その血を引くセリスとパメラも、いと高き存在。とびっきりのお嬢様という訳だ。
「お姉さま、カズヤ様、ここでお待ちください。今、お父様を呼んでまいります」
パメラはそう言って、部屋から出て行った。
さて、ここからが勝負だ。まずはセリスの父親を説得する必要がある。
失敗すれば、それは、すなわち死を意味する。
和也の額から汗が流れる。動悸が激しくなる。
「カズヤ、大丈夫だ」
セリスがそう言って、左手を和也の右手に重ねる。
「……セリス」
和也は確かに感じた。セリスの手が震えていることを。
表情には出ていないが、内心は不安で一杯なのだ。
和也はセリスに笑いかけ、右手の力を強めた。セリスの左手を強く握り返す。
二人は見つめ合い、笑い合う。
和也はセリスを見つめながら思った。
不思議だ……。さっきまでの不安が消えた。
気が付けば、セリスの震えも止まっているように感じる。
セリスの左手から伝わる温もりが、和也を包み込む。自然と力が湧いてくる。
もうここまで来れば、観念せねばなるまい。
これはきっと―――
コンコンコン。
ノックが聞こえた。
ノックの主は声を上げない。
セリスと和也は、すぐに臨戦態勢を取った。
ガチャリ。
扉が静かに開く。
「捕らえろ!!」
突如、扉が勢いよく開かれ、大勢の兵士が押し入ってきた。
兵士達はセリスと和也を取り囲む。
和也の頭に、パメラの顔が過る。
これは、まさか―――、ハメられたのか……。




