第三十六話 悪意の母
ソルランド王国、玉座の間。
その玉座は、国家の長たる王のみに座ることが許された権力の象徴。
銀色に縁どられた玉座に王は深く座り、目の前に並ぶ者達を眺めた。
今この玉座の間には、この国の中枢たる者達が集まっている。
王直轄軍の長たる軍総司令。領を治める貴族達。内政、外政を司る大臣。そして、それに連なる者達。
その全ての長たる存在、アドラ・アズル・ソルランド国王は、ここに集う者達を一通り眺めた後、口を開いた。
「軍総司令よ。ここに集った者達へ情報を共有せよ」
王の命を受け、軍総司令が答えた。
「はっ! 獣人達に大規模な反乱の兆しあり。これに対抗する為、軍の編成を行うべきと判断します。ここにいる方々にも協力をお願いする!」
玉座の間に動揺が走った。ついに来たか、と冷静にその事実を噛みしめる者。
驚きを隠せぬ者。事前に情報を掴んでいた者。好戦的な者。
反応は様々だが、ついにその時を迎えたのである。
王宮のとある一室。
赤のカーペットが床に敷き詰められ、その上に高価そうな調度品が並び立つこの部屋で、パルテノは笑った。
「よく育ったわね」
パルテノから独り言が漏れた。
そしてパルテノは再び、王と感覚を共有し玉座の間の情報を拾う。
今まさに内戦の口火が切られた。
パルテノは一人、達成感に打ち震える。
長かった……。
パルテノはここまでの道程を思い返す。
パルテノの使役する影の悪魔。汎用性が高く、応用が利くパルテノの手駒たち。
だがそれは、万能と言う意味ではない。
パルテノの能力影喰み。これは他者の体を影で乗っ取り操る能力であるが、ある欠点があった。
影が乗っ取った者の体に馴染み、浸透するのには時間がかかる。
馴染まぬ内は、ごく簡単な命令しか受け付けることができない。
他者の体を思うがままに操るようになるには、時間が必要なのだ。
パルテノは十年前、影にアドラ国王の体を乗っ取らせた。
前述の理由で、王の体に影が馴染むまではパルテノが影を纏い、王に扮して代役を務める必要があった。
王の記憶、思考は影を通して拾い上げることが出来る為、パルテノ扮する王は、王そのものと言えたかもしれない。
だが、いくら王とは言え、王一人だけでは国は動かせない。他の者にも悪意を芽吹かせる必要があった。
だからパルテノは待ち続けた。影の王の成長を。
それはまるで、我が子の成長を見守るように、ゆっくりと、丁寧に、優しく、愛を込めて。
機が熟し、影の王が自らの意志で立ち上がった時、パルテノは感動のあまり打ちひしがれた。
パルテノは邪悪な悪意を育て上げたのである。
そして、王の権力で反乱分子を粛清。
時にはパルテノ自ら手を汚して邪魔者を消し、土壌を完成させた。
その後は過激派と言われる獣人達も同様に乗っ取り、同じく影を育て上げた。
その後は簡単であった。パルテノが何もせずとも悪意が悪意を呼び、瞬く間に悪意が広がいく。
パルテノはまた笑う。
影の王の堂々たる風格を、上に立つ者の威厳を。それを私が育て上げたのだと。
パルテノは目を閉じ、両腕を大きく広げた。もう一度、この感動を噛みしめる為に。
―――ドスッ。
「あら?」
突然、胸に感じる違和感。
目を開けると、胸に突き刺さるナイフが見えた。
ナイフ柄の先に視線を向けると、見知った顔。
「…………あんたは……ベナンテス」
ベナンテスが突然、虚空から現れた。パルテノの胸にナイフを突き立たのはベナンテスであった。
パルテノは白目を剝き、背中から倒れた。
心臓にナイフを突き立てられたのだ、これで無事な者はいないだろう。
ベナンテスは荒い息を落ち着かせながら、パルテノの死体を凝視した。
「ハァ……ハァ……神よ。お許しください。いかなる罰も謹んでお受けします」
ベナンテスは神に許しを乞うた。殺人の罪を。
「あ~危なかった。本当に危なかったわ」
突如、ベナンテスの背後から声が聞こえた。
ベナンテスは即座に振り向いた。そして、信じられぬものをみた。
今、殺したはずのパルテノがそこに立っていたのだ。
ベナンテスは再び、足元に転がる死体を見た。死体は闇の粒子と化し霧散を始める。
ベナンテスはパルテノに問う。
「貴様、本体も影か?」
「違うわよ~失礼ね。アタシの体は正真正銘、人の体よ。ナイフを胸に突き立てられれば死ぬわ」
「では、今殺したのは、影の身代わり。貴様が本体という訳か」
「その通り~。あ、でも、あんたの襲撃を読んでた訳じゃないわよ。この通り、左腕を黒髪の坊やに斬り落とされてね。できるだけ、影の中で体を癒していたのよ。黒髪の坊やに感謝しなくっちゃ」
「…………くっ。無念じゃ」
パルテノはベナンテスが左手に握っている物を見た。
「なるほど。アーティファクトを使って、ここまで忍び込んだわけね。アーティファクトの情報を失念していたわ。いけない、いけない」
その瞬間、ベナンテスは駆けだした。急いで扉に腕を伸ばす。
しかし、その手がドアノブに触れる前に、影の壁が扉を覆った。
「逃がさないわよ~。アタシを追い詰めたのだから、敬意をもってちゃんと殺してあげる」
ベナンテスは小さく嘆息し、観念したようにパルテノに向き直った。
「死ぬ前に教えろ。何が目的だ? 何がしたい」
「なにって? そりゃあ―――、世界を救う為よ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「セリス、すまない」
「カズヤ、そう何度も謝るな。私がお前を誘ったのだ、責任の所在は私にある」
セリスは和也を背負いながら、大空を羽ばたく。
和也は謝っているが、実際なんの問題もない。身体が軽い。翼が唸りを上げる。
和也から魔力が供給され続ける。身体に力が漲っている。
途轍もない速度で滑空を続けるセリス。もう半日は経過しているが、身体に疲労はない。
この調子なら、明日にでも着く筈だ。
セリスは思った。もしこの賭けに負けた場合、恐らく和也と会えるのはこれが最後だ。
ならば、もう少し素直になるべきかもしれない。
「カズヤ」
「ん?」
「お前を供に選定した理由は、二つあると言ったろ?」
「ああ」
「実は三つ目がある」
「え?」
「…………お前についてきて欲しかった。それが三つ目の理由だ」
少しの静寂。翼が風を裂く音が間を取り持つ。
「セリス、俺もだよ」
「俺も?」
「ああ、もしライサンが選ばれた場合、意地でもついていくつもりだった。セリスと一緒に居たかったんだ。だから、気持ちは同じだ」
再びの静寂。
「フッ」
「ハハッ」
最初にセリスが笑い、和也がそれに釣られた。
「ハハハハハッ!!」
「アハハハハッ!!」
二人とも堰を切ったように笑い出した。笑いが笑いを誘い、止まらない連鎖。
そして、ひとしきり笑い合ったあと、和也が言った。
「この作戦、絶対成功させよう。それで帰って、また笑い合うんだ。今度はさ、皆も交えて!」
「ああ、必ず」




