第三十四話 熾天使
会議の間は、また重苦しい空気が漂い始めた。
優斗が退出したので、円卓に座るのは和也、セリス、イーリス、ライサンの四名。
その重苦しい空気の中、堰を切ったのはライサンだった。
「ユウトのことは心配だが、今は時間が惜しい。もう少し話し合った方が良いと俺は思う。そして、すまないが、俺には良い作戦は思いつかない。俺は作戦を立てることは苦手だ。だから、皆に頼ることになる」
ライサンの発言を聞いて、イーリスが慌てて右手を上げた。
「あ、あたしもです! 考えたですけど、良い作戦は思いつかないのです」
人に頼る、というのも立派な意見の一つか。
ライサンとイーリスの発言を聞いて、和也は二人に頷いた。
「分かった。二人とも、意見ありがとう」
そして皆の目は、まだ発言していないセリスに集まる。
セリスは皆の視線を受けて、口を開いた。
「……正直に言うと、案がない訳でもない。だが、これはある種の賭け、それもかなり分の悪い」
分の悪い賭け。
今は、その分の悪い賭けにも縋らないといけない状況……か。
「とりあえず、聞かせてくれ」
「分かった。カズヤ、有翼族のことはどれぐらい知っている?」
有翼族。今更確認するまでもないが、セリスもその有翼族だ。
そして、セリスからある程度のことは聞いている。
人間とは比較にならない程の長命種で、魔術の他に、法術を行使することが出来る種族だ。
体に内包する神聖力を力に変え、法術という奇跡を行使する。
これは、他の種族には不可能な、有翼族固有の能力である。
「まあ、セリスから聞いていることは大体、覚えてるよ」
「うむ。ならば知っての通り、我々有翼族は長命種だ。故に、何か物事を決めるとき、遠い未来のことまで考えて決めることが常だ」
遠い未来のことまで考えて決める。
なるほど確かに、人間の十倍以上の寿命である有翼族は、長いスパンで物事を考える必要があるのだろう。
和也は、口を挟むことなく黙って続きを聞くことにした。
「それ故だろうが、人との感覚のズレが大きい。例えばだが、五百年後を見据えて政策を打ち出す為政者は、人間にはいないだろう。だが我々は違う。最低でも百年単位で物事を考える。それは別の視点から見れば、それだけ遠い未来を見据える力があるということ。そして未来とは、過去の連続である。未来を正確に予測するのならば、過去をよく知らねばならん。我々有翼族は、その膨大な過去の情報を記録、管理しているのだ。そして、その現管理者は私の父、クラメトス・アウゼ・エクセルランその人だ」
「セリス、言いたいことは分かった。セリスの父親に会って、知恵を貸してもらおうってことだな。…………だけど」
「ああ、察しの通りだ。私は禁を侵している為、何らかの罰を受ける可能性が高い。良くて永遠の牢獄生活。悪くて死刑」
「……セリス。それじゃあ、意味がないよ。情報を得ても持ち出せないのじゃ、リスク以前の問題だ」
セリスは和也の言葉に頷いてから、返答をした。
「分かってる。だが、危険を冒してまで故郷へ帰るべき理由がもう一つある」
「聞かせてくれ」
「我々有翼族の長い歴史の中で、あることを達成した者が四人いる。その者達は、その身に秘めた血を覚醒させ、存在のステージを一段、神に近付けた者達だ。神の代理人と言われるその者であれば、盤面を覆す一手を授けてくれるかもしれん」
神の代理人……。なるほど確かに。そんなにすごい奴ならばあるいは。
だが、それでも、やはり最大の障壁は立ちふさがったままだ。
「すごい人がいることは分かった。でもやっぱり、同じことを言うが、情報を持ち出せないのじゃ意味がないよ」
「全くもってその通りだ。だが、その者こそが、とても細い一筋の光明。その者は最大限の敬服を込めて、こう呼ばれる。―――熾天使と。当然、その熾天使が我らの盟主だ。盟主が白と言えば黒も白になる。つまり、私の父と熾天使から知恵を授かった後、熾天使を説得し、情報を持ち帰る。それが、私が提示する分の悪い賭けだ」
「その熾天使、話が通じる奴なのか?」
「…………可能性はあると思う」
和也はそれを聞いて思った。やはり、リスクが大きすぎる。この話を日本の場合で例えるならば、こうか。
大きな犯罪を犯した極悪人が、総理大臣や皇室の恩赦を得て無罪放免となる。それぐらいのあり得ない話に聞こえた。
和也がそのように考えている横で、ライサンが意見を口にした。
「セリス様、俺は貴方の身が心配です。ここにいる誰かの命と、逆転の一手たる情報。俺はそれを天秤に掛けることはできない……と思っています」
「ライサン、ありがとう。お前の気持ちは嬉しい。だが、私はこれに賭けるしかないと思っている」
「……分かりました、決意は固いようですね、セリス様。そうであれば、俺を連れて行ってください。この命を懸けて貴方をお守りします」
そのライサンの発言を聞いて和也が口を開く。
「勿論、俺も行く」
「あ、あたしもです!」
最後にイーリスが慌てて便乗した。
「ふふっ、皆ありがとう。私とて、一人では無謀だと思っている。……しかし、人数が増える程、私の同族を刺激してしまうだろう。…………なので」
セリスは少し間を置いた後、また口を開いた。
「カズヤ、頼む。…………私と、一緒に来てくれないか?」




