第三十二話 祝福の笑み
和也は、優斗とセリスを伴って砂漠を疾走する。
肩に担いだライサンには、応急処置としてセリスが治癒を行使した。
十分に治癒をしている時間はない。
治癒を途中で切り上げて、また疾走。
応急処置のお陰で、なんとか命は繋いでいるが、予断は許されない状況。
ライサンの為にも急がねばならない。
もうすでに砂漠地帯に突入していた。砂に足を取られ、走る速度が落ちても構わず疾走。
流石に疲労が限界だが、目的地はもうすぐそこ。
隣を走る優斗が声を上げた。
「見えた! あれだ!」
視線の先には、砂に半分埋もれ、朽ち果てた遺跡。
石の壁と柱は、極度の乾燥によりひび割れている。
トランスポートは、ちょうど遺跡の中央部。
半分以上が砂に埋もれた、この遺跡で一番大きな壁。
あの壁の裏側にトランスポートがある。
壁が目前に迫った時、壁の裏側から、誰かが飛び出してきた。
「兄さん!」
灰色のポニーテールをなびかせ、エイナが駆け寄ってくる。
エイナに続き、セブナも壁の裏から現れる。
良かった。二人とも無事だな。
和也は安堵した。アルバトロン家の人達は、和也にとっては恩人だ。
どうにかアルバトロン家は全員、助けられそうだ。
ライサンの状態を見て、エイナとセブナに動揺が走るが、セリスがライサンの状態を説明した。
応急処置は完了した為、生命の危機は脱出したが、予断を許さぬ状況。
すぐさま安全な場所で、本格的に治癒を受ける必要がある。
「イーリス! トランスポート頼む!」
「はいです! 準備いいです!」
流石だイーリス。和也は心の中でイーリスに感謝する。
あとで、ちゃんと礼を言おう。
和也はその後、周囲を見回した。
ベナンテスや他の獣人の面々が来ていない。
もう少し待つか? ……いや、駄目だ。敵に追いつかれ、全滅するのだけは避けねばならない。
救える命は、確実に救わねばならない。
戻って体勢を整えた後、必ず救出する。
強く、そう誓う。
和也がトランスポートの準備が出来た旨を、この場の全員に伝えた。
その後、優斗が口を開いた。
「じゃあまず、和也、ライサン、セリス、先に行って」
このトランスポートは、一度に大人数転送できない。一度に三人のみ。
口惜しいがこればかりは仕方がない。
満身創痍の俺、怪我人のライサン、そして、治癒を行使出来るセリスが優先。
妥当な判断だ。
和也は優斗の提案に頷いた。続いて、他の者もそれに了承。
和也は肩にライサンを担いだまま石板の上に立ち、転送を待つ。隣にはセリスがいる。
隣にいるセリスがそっと呟いた。
「叔父上、申し訳ございません。必ず助けにいきます……」
当然、和也も同じ気持ちだ。
それに、あいつら……只じゃ済まさない。
和也は強く、パルテノとリーラに復讐心を燃やす
そして、石板の上の三人は光に包まれ、消え失せた。
光が消えた後、優斗が言った。
「さあ、僕達も行こう!」
「うむ」
セブナが浮かない調子で答える。
優斗には、察しがついた。
セブナは恐らく、獣人の同志のことを心配しているのだろう。
それはそうだろう。
詳しくは聞いてないが、特にあのラウとロソンと言う獣人族の代表者達は、セブナとは子供の頃からの付き合いだと聞いた。
そのような家族とも言える者達を残していくのだ。
その気持ちは、察するに余りある。
優斗達三人が、石板の上に並ぶ。
石板が輝きだし、転送が準備期間に移行したことを伝える。
更に輝きが強まり、最終フェーズに移行。
その時、想定していた中でもトップクラスの最悪の事態が起きた。
大量の影が突然、現れた。石板を影の軍勢が円状に取り囲む。
その影にエイナが叫んだ。
「もう! しつこいわね! あと少しなのに!」
優斗も全く同じ気持ちだった。
それでも、優斗は苛立つ気持ちを抑え、冷静に影を観察。
なんだ……何もしてこない?
影は何をするでもなく佇んでいる。
何もしてこないのであれば好都合。もう少しで転送が完了する。
そして、光の発光が最高点に到達。
よし、このまま―――
その時、何もしてこなかった影が、急に動き出した。
影の腕が優斗達に迫る。まるで胴体と腕が、それぞれ別の生物であるかのように、腕だけを三メートル以上伸ばし、優斗達に襲い掛かる。
人間には絶対に真似出来ない、異形の怪物に許された特権。
人体の構造を完全に無視した、悪魔の腕。
その悪魔の腕が、エイナに向かって伸びる。
セブナはエイナの前に飛び出し、エイナを庇う。
悪魔の腕は、セブナの腕を掴んだ。そのまま、影はセブナを引き寄せる。
セブナの体が影の引力に引き寄せられ、石板から離れた。
「父さん!」
エイナが石板を飛び出そうとする。
優斗がエイナの体を羽交い絞めにし、それを阻止。
「ちょっと! 離して!!」
「駄目だ!!」
ここで飛び出しては、敵の思うつぼ。それだけは阻止しなくてはならない。
すでにセブナの体は、半分以上影に飲み込まれていた。
優斗は、影に捕らえられたセブナと目を合わせた。
セブナは優斗の目を見つめたまま、ゆっくりと頷く。
優斗はそのメッセージを受け取った。エイナを頼む、と。
次にセブナは、喚きたてるエイナを見た。
そして、セブナは最後に―――
笑った。
「いやああああああああああああッ!!!」
エイナの叫び声を残して、石板に立つ二人は消えた。




