第三十話 西へ
和也はライサンを肩に担ぎ上げたまま、脇目もふらず全力疾走。
プランE。最悪の事態を想定して、考えていた作戦。プランEscape。
上空に放った三つの閃響石がその合図。その合図が仲間にも届いたことを信じ、和也は駆ける。
力押しでは勝てない強敵。そして、恐らくだが影の悪魔によって扇動されている、武装した過激派達。
この盤面、和也達は詰みかけていた。逆転の手は今のところ、思いつかない。
ならば、一度ゲームから降りることを和也は選択。
一度、天空まで引き返し策を練る。それが今思いつく最善。
和也は担ぎ上げたライサンの様子を窺った。
辛うじて息はある。回復させたいが、和也の精神力は尽きていた。
もし奴らに追いつかれれば、確実に殺される。
和也は後ろを振り返らず駆け抜ける。
「イーリス! イーリス聞こえるか! 救急事態だ! プランE発動!」
「は、はい! なのです!」
和也からの緊急回線。
和也の只ならぬ雰囲気に気圧され、イーリスは余計な言葉を吐くことなく了承。
イーリスはトランスポート稼働の準備に入った。
和也はとにかく西を目指した。
天空へのトランスポートがある場所は、砂漠地帯の忘れられた遺跡。
遥か遠い昔、古代人は砂漠地帯に文明を築いたという。
文明は栄枯盛衰。栄えたその文明も、他民族に征服され滅びを迎える。
征服した民族も外来の民族と戦争となり、その数を大きく減らした。
そして、各地から集まった獣人達が徐々にその勢力を伸ばし獣人の国を建国するが、人と大きな戦争を繰り返しながら、しだいに人と獣人は交じり合い、一つの道を歩むこととなる。
そのような転換点を迎えながら歴史が刻まれてきたが、ここに来て新たな転換点を迎えようとしている。
邪悪で悪辣な徒の企みによって。
それは歴史への冒涜ではないか、と和也は思う。
確かに、今までも戦争で多くの血が流れて来た。だが、それも人の営みの一部であり、人の業だ。
土地を得る為に、資源を得るために、金を得るために戦い、戦場に屍が築かれてきた。
目的の為に戦う。決して戦うことが目的ではない。
これから起こり得る戦争は違う。あの悪辣な徒は、争い自体を目的としている。
和也はそんな気がしてならなかった。
多くの血が流れ、多くの屍が築かれることを目的とする。
そんな物は人の道理ではない。
和也はそんなことを考えながら走り続ける。かれこれもう三十分は全力疾走している。
体に漲る魔力に物を言わせた力技。並みの人間であれば、とっくに力尽きていよう。
砂塵が巻き上がる。和也は、その砂塵の量から砂漠が近いことを意識した。
その時、嫌な気配を感じた。
その気配の方に目を向ける。
二つの影が地面を滑りながら、こちらを追いかけていた。
「追っ手か!」
和也は焦る。平素なら手こずる相手ではないだろう。
だが今は、戦闘に続く全力疾走で、体が万全ではない。
しかも担ぎ上げているライサンを庇いながらの戦闘は、圧倒的に不利。
速い。
二つの影はスピードを増した。このままでは追いつかれる。
影は大鎌のような形へと変わり、地面を滑る。
大鎌が和也を射程圏内に入れ、狙いを定め始めた。
しかたない。時間のロスだが、ここで撃退する!
和也が肩に担いだライサンを降ろそうとした、その時。
「迅なる風の刃 」
「はあッ!」
風の巨大な刃と鋼の銀閃が、二つの影を切り裂いた。
和也は影を切り裂いた人物を視認し、叫んだ。
「優斗! セリス! 無事だったか!」
和也に笑みがこぼれた。思えばそれは、今日初めての笑みであった。




