第二十九話 狂暴
和也とライサンは同時に駆けだした。
黒衣の少女へ同時に攻撃を仕掛ける。
和也は右から斬り込み、ライサンは左から蹴りを見舞う。
少女は冷静に二人の動きを観察する。
そして、二人の攻撃が少女に届く前に少女が消えた。
―――消えた!? どこだ?
和也は少女を見失った。
「カズヤ! 考えるな! 感じろ!」
そのライサン檄により、和也は冷静になる。
そうだ。目で見えなければ、音で聞け。感じろ、大気の揺らぎを。和也は感覚を研ぎ澄ます。
次の瞬間、和也の背後に突如として現れる刃。少女は和也の背を斬りつけるイメージを頭に描いた。
鳴り響く鋼の音。
和也は右手だけを後ろに回し、背後から迫りくる刃を手に握る剣で防いだ。
仕留めそこなった少女は、大きく下がり距離を取る。その表情は崩れない。
「カズヤ、彼女はとても速い。だが、視えるな?」
和也はライサンにそう問われ、小さく頷く。
「ああ、視える」
少女のスピードは尋常ではない。
だけど、対応できる。俺とライサンがお互いカバーすればいける!
和也は勝機を見た。
ライサンが空高く飛び上がった。
少女に踵落としを見舞おうと、踵を大きく上げる。
少女はライサンを見上げる。感情の読み取れない黒曜の瞳は、ただ、ライサンを見た。
振り下ろされる必殺の踵落とし。当然、その大振りの攻撃は少女には当たらない。
少女は飛び退いて、それを躱す。
少女の動きを正確に予測した和也は、少女が飛び退いた場所に出現し、素早く斬り付けた。
少女は、和也の剣を刀で受け流し、再び距離を取る。
その背後に現れるライサン。少女の頭を脛にあてたグリーヴで蹴り抜こうとする。
少女は驚異的な反応速度と、素早い身のこなしでライサンの蹴りを躱す。
そこにまた出現する和也。ライサンとの阿吽の呼吸で、少女を追い詰めていく。
今度は和也の剣を受け流しきれず、少女は刀でもろに受け止めてしまった。
和也の驚異的な膂力で振るわれる剣の力に耐えきれず、少女の体が浮く。
少女は力を逃がそうと、後ろに飛びあがり大きく距離を取る。
そこで初めて、少女の表情が少し崩れたのを和也は見た。よく観察しなければ分からない程の変化だが、確かに少女は眉をしかめたのだ。
勝てる。
少女の反応に和也は、殊更に勝利の確信を得た。
その時、少女が呟いた。
「…………あまり使いたくないのですが、仕方ありませんね」
その瞬間、少女の纏う雰囲気が変わる。
―――なんだ!?
少女から膨れ上がる殺意。その妖気とも言える強大で邪悪な気配に、和也はたじろいだ。
「カズヤ、何か来るぞ」
ライサンからの危険信号。和也はそれを受け取る前に、自ら危険を感じ取っていた。
肌がひりつく感覚。背筋が凍り、冷や汗が流れた。生物としての生存本能が訴えかけている。
逃げろ、と。
「変異・狂戦士」
少女の黒曜の瞳が紅く変化し、白目が黒に塗りつぶされていく。
犬歯を剥き出しにし、腰を低く構えるその少女は、先程までの凛とした少女とは別人であった。
たじろぐ和也を置いて、ライサンが飛び出した。
邪悪を纏う少女の気配を前に、ライサンの毛が逆立つ。
獣の本能は逃走を要求。その要求を根性で捻じ曲げ、ライサンは雄叫びを上げる。
「ああああああッ!!」
ライサンが真正面から正拳突きを放った。それはライサンの全力。
鋼鉄をも穿つ、極大の破壊力。
あろうことか、少女は片手でライサンの拳を受け止めた。ライサンの拳が少女の掌に阻まれる。
「なにっ!?」
ライサンが戸惑いの声を上げた瞬間、その体が浮いた。
少女は片手の握力と腕力のみでライサンを持ち上げ、住居の壁に叩きつけた。
盛大に飛び散る、砂と土。
凶悪な暴力と破壊を巻きを起こした少女の攻撃は、それで終わらなかった。
少女は尚も、ライサンの拳から手を放していない。拳を握る圧力を弱める事なく、再びライサンを叩きつける。
途轍もない衝撃がライサンに襲い掛かる。
骨と内臓に大ダメージを受け、盛大に吐血する。
暴力はまだ終わらない。少女による叩きつけは終わらない。何度も何度も。
「やめろおおおおおッ!!」
そこでようやく和也の身体が動いた。自分の不甲斐なさを呪う。だが、反省は後だ。
少女は和也が向かってくることを視認した後、そこで初めて、ライサンの拳から手を離した。
ライサンは、地面にうつ伏せで倒れ、微動だにしない。
和也は怒りに突き動かされ、剣を振るう。
少女はライサンを掴んでいた手と逆の手に持っていた刀で、剣を受け止めた。
和也は、鋼鉄の塊を斬ったような錯覚を覚えた。
和也の強大な膂力を受けても、少女はピクリとも動かない。
刀と剣が鍔迫り合い、力が拮抗する。
しかし、それも長くは続かなかった。少女の膂力に和也が押され始める。
そこから少女は更に力を入れ、刀を薙ぎ払った。
その強大な威力に和也の体が吹き飛ぶ。和也の体が壁に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
肺の空気がすべて外に押し出され、息が出来ない。
壁に叩きつけられた衝撃で背骨が軋む。
少女の追撃が和也を襲う。和也に少女の拳が炸裂。
壁を背にしている為、衝撃の威力が分散することなく和也を襲う。骨に響く衝撃。
少女が邪悪に嗤った。
そこから少女の暴力が続く。型など一切無視した、野獣のような猛攻。
和也の腹を、顔を、頭蓋を、何度も拳で殴る。
和也の内臓が破裂し、顔が潰れる。尚も少女の猛攻が続く。和也は神意で体を再生させ続けるが、再生が追いつかない。
そして、和也の体が動かなくなり、息が途切れたところで暴力の嵐が止んだ。
少女から邪悪な気配が消え、野獣の如き雰囲気が霧散した。
砂を踏みしめる足音を伴い、褐色肌の男が少女に近付いてきた。
「あら、そっちも終わったの? こっちも今、終わったとこよ」
獣人の戦士達は精鋭の筈だが、数の暴力の前に為すすべがなかったようだ。
無惨にも、砂の上に戦士達の躯が散らばっている。
黒衣の少女は、黒曜の瞳で褐色肌の男を見据えた。
「ええ、少々優雅さには欠けますが……」
「もう! そんなの気にしなくていいじゃない。それも立派なあなたの力よ」
黒衣の少女と褐色肌の男は、一仕事終えたことで、少しだけ身に纏う空気が緩む。
和也はこの時を待っていた。
神意、アスクレピオスの力を全開放する。
即座に始まる再生。身体が動くようになった和也は、地面に落ちた自分の剣を即座に拾い上げ、少女を斬り付けた。
鮮血が飛び散った。剣が敵の左腕を刎ねた。左腕が空を舞う。
和也の体に返り血が飛び散る。
和也は息を呑んだ。驚愕し、目を見開いた。
空を舞った左腕と鮮血は、少女のものではなく、褐色肌の男のものだ。
パルテノがリーラを庇ったのだ。
意外だった。この男は数々の残虐を働いてきた筈だ。
そんな奴が、身を挺して仲間を守るとは思わなかった。
黒衣の少女が叫んだ。
「パルテノ!」
「ぐっ……、痛いじゃない」
和也の中での危険度は、パルテノより、リーラの方が上。
そのリーラを打ち取れなかった時点で、和也は思考を切り替えた。
しかたない、プランEだ。
懐の革袋に入れた閃響石を三つ上空に放り投げ、そして、残りの閃響石を一斉に地上で爆発させようとバラまいた。
「ちょ―――」
パルテノの制止する声が形になる前に、上空で巻き起こる爆音と閃光。
そして地上では超至近距離での爆発。いくら殺傷能力が低かろうが、この至近距離では死に至る衝撃。
だがそれも、和也ならば問題はない。即座に身体を再生させ、行動を開始。
倒れているライサンを拾い上げ、全力の逃走。
パルテノは咄嗟に影の悪魔を盾とし、自分とリーラを守ったが、完全に意表を突かれた形。
こめかみに血管を浮き上がらせ、怒声を張り上げた。
「くっ、やりやがったなあッ! あのガキがああッ!」




